11月の第1週、5社目の面接を受けた。
北町の設備工事会社だった。従業員40人。施工が主で、営業は3人しかいない。
面接官は専務だった。50くらいの人で、現場に出てるらしく、作業着を着てた。
「城之内さん、東地区やってたんですね。」
「はい。A街区の資材で。」
「あそこ、大変でしょう。工程がきつい。」
「きついっす。」
「うちも一部入ってますよ。C街区の給排水。」
話が続いた。前の4社と違った。
前の4社は、俺の3年を5行で読んで、その5行について質問した。ここは違った。専務は現場の話をした。どこの搬入口が狭いとか、雨が降った週にどこが遅れたとか。
俺は答えられた。全部知ってることだった。
それは、現場の話だった。
30分の予定が、1時間になってた。
「城之内さん、うちは大きくないですよ。」
「はい。」
「給料も、多分今と同じくらいか、少し下がる。」
「はい。」
「ただ、残業は記録してつけますし、休みも取らせます。取らせるっていうか、取ってもらわないと困る。うちは人が少ないから、誰か倒れたら回らない。」
俺は専務の顔を見てた。
「持ち帰って考えてもらって構いません。うちも、今月中には結論を出したい。」
「あの。」
「はい。」
「今、返事してもいいすか。」
専務が笑った。
「駄目です。」
「え。」
「勢いで決める人は、勢いで辞める。一週間は考えてください。」
俺は帰った。
帰りの電車で、窓を見てた。
給料が下がる。
下がるのに、なんで俺は、その場で返事しようとしたんだろう。
その週から、俺は夜にカードを触るようになった。
10時に帰って、30分。11時に帰った日は、15分でもやった。
去年の秋と同じだ。
同じだけど、違う。
去年は大会に出るためだった。今回は、出る大会は決まってない。
闘う予定が決まってないのに、やってる。
日曜にカードショップに行った。高校の時によく行ってたの店だ。3年は空いてた。
「あ、優勝した人だ。」
高校生が言った。
「去年のKC杯の、決勝の動画見ました。」
「動画あんの。」
「公式が上げてます。あと、マイクのやつも。」
「……あれもか。」
「あれが一番回ってますよ。」
俺は少し黙った。
「一戦やるか。」
「やります。」
その日は四戦して、二勝二敗だった。
負けた二戦は、どっちも守った。
守って、負けた。
負けたあとで、ずっと考えてた。
守るのが悪いわけじゃない。守らなきゃいけない盤面はある。
だが、そうじゃない。
俺は、守るしか選ばなくなってる。
選んでるんじゃなくて、そこに落ちてる。
11月12日、木曜。
俺は有給を取った。
4年目になって初めてだった。
申請を出したら、課長が二回聞き返した。
「有給?」
「有給っす。」
「なんでだ。」
「用事っす。」
「用事って。」
「私用っす。」
課長は何か言いかけて、やめた。
やめたのは、多分、是正計画のせいだ。有給の取得状況は報告項目に入ってる。取らせないと数字が悪くなる。
「1日だけか。」
「1日っす。」
「まあ、いいだろ。」
32日のうちの、1日だ。
木曜の朝、俺は7時に家を出た。
スーツじゃない。作業着でもない。私服だ。去年の秋に着た、季節の合ってないパーカーじゃなくて、この秋に買ったやつを着た。
背中にリュックを背負ってた。
中にデュエルディスクが入ってる。副賞の新しいやつだ。
KCのビルの前に着いたのは7時40分だった。
正面入口の前は広場になってる。石畳で、ベンチが並んでて、真ん中に植え込みがある。去年の秋、受付で断られたあと、俺はここに座ってた。
今日は座らなかった。
立ってた。
入口から20メートルくらいの所だ。歩道と広場の境目で、ここは誰でも入れる。ビルの敷地内ではあるけど、公開空地ってやつだ。看板に書いてある。
人が来る。
8時前から、増え始めた。
首からカードを下げた人が、次々に入っていく。皆前だけ見てて、歩くのが早い。去年見たのと同じだ。
俺は立ってた。
8時。8時半。9時になった。
来ない。
来ないかもしれない、とは思ってた。今日来る保証はない。海外にいるかもしれないし、別の拠点にいるかもしれない。今日じゃなくて明日かもしれないけど、明日は有給じゃない。
来なかったら、また取ればいい。
あと31日ある。
9時半に、警備の人が来た。
「お客様、どちらかにご用でしょうか。」
「待ってるだけっす。」
「どなたをお待ちですか。」
「海馬。」
警備の人が止まった。
「……お約束は。」
「ないっす。」
「申し訳ございませんが。」
「ここ、公開空地っすよね。」
看板を指した。
警備の人が看板を見て、俺を見た。
「そうですが。」
「じゃあ、立ってるだけならいいすよね。中には入らないんで。」
警備の人は困った顔をした。無線で何か話して、それから、少し離れた所に立った。
見張られることになったらしい。
俺は立ってた。
10時。11時。
時間が過ぎて、昼になった。
腹が減ったので、リュックからパンを出して食った。買ってきてたやつだ。
警備の人が交代した。新しい人が来て、また少し離れた所に立った。
1時。2時。
3時を過ぎたころ、脚が痛くなってきた。
現場に立ってるのとは違う。現場は動く。ここは動かない。
4時。
日が落ち始めた。
11月の4時半は、もう暗い。
ビルの窓に明かりがついていく。上から下まで、全部ついてる。
5時。
6時。
出てくる人が増えてきた。定時なんだろう。ただ、去年見た時より、出てくる人が多い気がした。
俺はまだ立ってた。
7時。8時。
腹が減ったが、パンはもうない。
9時。
警備の人がまた交代した。
3人目だ。
「お客様。」
「はい。」
「本日はもう、お戻りにならない可能性が……。」
「そうすか。」
「よろしければ、明日また。」
「明日は仕事なんで。」
警備の人が黙った。
黙って、少しして、言った。
「私からは何も申し上げられませんが。」
それだけ言って、離れていった。
10時になった。
10時半。
ビルの明かりが、少しずつ減っていく。フロアごとに落ちていく。上の方は、まだついてる。
11時。
俺は石畳に直接座った。冷たかった。
これ、何やってんだろう、って考えてた。こんな時間まで働いてるあいつも、何考えてんだろう。確証はないけど、多分このビルに居る。
有給を1日使って、15時間立って、それで会えなかったら、明日も同じことをしないと会えない。明日は仕事だ。明後日も金曜で、土曜は現場が入ってる。
日曜は、来ないかもしれない。
効率が悪いのは分かってる。それでも、俺はここにいる。
待て、来ないかもしれないってなんだ、会いたいのか、俺は。
息を吐いた。去年の秋と同じだ。大会に出れば会えるかもしれない、という根拠のない話に2ヶ月かけた。あの時は、当たった。
今日は、外れるかもしれない。
外れたら、また来る。
そう決めたら、少し楽になった。
11時20分。
正面入口から、人が出てきた。
4人。
前を歩いてるのが、背の高い白いコートだった。
俺は立ち上がった。
立ち上がる時に、脚がふらついた。15時間立ってたからだ。ふらついて、リュックを取って、中からデュエルディスクを出して、腕に装着した。
4人が広場を横切っていく。正面のロータリーに車が停まってる。
俺は走った。
走って、10メートルくらい手前で止まって、息を吸った。
「海馬ぁ!」
夜の広場に声が響いた。
4人が止まった。
白いコートが振り向いた。
俺はデュエルディスクを着けた腕を上げた。
「俺と闘え!リベンジマッチだ!」
静かだった。
車のエンジン音だけが聞こえてた。
磯野さんが一歩前に出た。出て、何か言おうとした。
それを、白いコートが手で止めた。
こっちを見てる。
見て、それから、俺の腕のデュエルディスクを見た。
「……そのデュエルディスクは。」
「去年の副賞だ。」
「1年前のものか。」
「うるせえ、開けたのが最近なんだよ。」
暫く、何も言わなかった。
警備の人が離れた所に立ってる。俺が朝からここにいたのは、多分報告してる。
報告があいつの所にまで上がってるかどうかは知らない。多分、知らなかったんだろう。知ってたら、摘み出してるかなんかしてる。
「何時からそこにいた。」
「7時40分。」
「朝のか。」
「朝のだよ。悪いか。」
黙って、それから、車の方を見た。
「磯野。」
「はい。」
「次の予定を潰せ。」
次の予定って言ったか、こいつ。何時間働くつもりだよ。
「明日の朝に回すのは……早朝になります。」
「潰せ。」
磯野さんが頭を下げた。
白いコートがこっちに歩いてきた。
3メートルくらいの所で止まった。
「貴様、有給か。」
「なんで分かんだよ。」
「今日は木曜。C街区が施行中の筈だ。規模の割に報告にある人数は少ない。誰かが現場に出ていると考えるのが妥当だ。」
知ってんのかよ。
「来い。」
それだけ言って、背を向けた。
行き先は海馬ランドのスタジアムじゃなかった。
本社のビルの中だった。
エレベータで地下に降りて、廊下を歩いてた。並んで歩くのは、妙な気分だった。
扉を開けると、広い部屋があった。地下なのに天井が高い。床はツヤツヤで黒くて、四方の壁に機材が並んでる。
「テストプレイルームだ。」
「テスト?」
「新型の検証を行う。ソリッドビジョンの出力は本番と変わらん。」
あいつはコートを脱いで、椅子の背にかけた。
白いコートを脱いたのは、初めて見た気がした。
「用件はなんだ。」
「デュエルだよ。」
「それは聞いた。その先だ。」
「先はねえ。」
俺はデュエルディスクを構えた。
「デュエルをしに来た。それだけだ。」
あいつが俺を見た。少しの間があった。
「……そうか。」
自分のデュエルディスクを装着した。
「ならば、行くぞ。」
「おう。」
ソリッドビジョンが立ち上がった。
最初の手札、5枚。
1枚目を見た。
出せる。攻撃力の高いカードだ。
出したらより攻撃力の高いモンスターにやられるだろうか。
そう警戒しながらも、俺は表側攻撃表示で、置いた。
あいつの動きが、一瞬止まったのが分かった。
「……ほう。」
2ターン目、トラップで流されて返された。いきなりライフが1200減った。残りは2800。
3ターン目、俺はまた出した。削れるうちに削っておくしかない。攻撃宣言をした。それは通った。相手のライフが500減った。
4ターン目、もう青眼が出た。
早い。去年はもう少し後だった。
「もう、出して来るのか。」
「貴様が急いでいるようだからな。」
やはり火力が高い。一気にライフが1000を切った。残りは900。
普段なら、ここで守る。守って、何かを伏せて、来るとも知れない次を待つ。
けど、俺は真紅眼を出した。
そのまま攻めた。もちろん青眼の方が強い。そのままでは返り討ちにあう。伏せてあったカードをオープンした。
今度は通った。二体の龍が消滅した。
相討ちだ。
「……。」
あいつが黙った。
「一発は、入れたぞ。」
「二度目は通さん。」
5ターン目、何事もなかったかのように、二体目の青眼が現れた。
トラップカードでガードしたが、俺のライフが400になった。
6ターン目。
手札は2枚。
1枚は、出しても意味がない。もう1枚は、賭けに近いが、上手くいけば乗り切れる。でなければ終わる。
3秒、考えた。
3秒だけだった。
指が動いた。
結果は、通用しなかった。
伏せられてたやつに止められた。
7ターン目で、俺のライフはゼロになった。前より、短い。
ソリッドビジョンが消えた。
俺は立ってた。
手札はない。全部使いきった。
膝が笑ってた。15時間立ってたのと、7ターンで全部出したのと、両方だ。
「あー、くそ……。」
俺はその場にどかっと腰を下ろした。
後ろ手に、手をついた。最初に闘った時は膝をついてて、去年は立ってた。
「懲りない奴め。」
上から声がした。
「うるせえ。」
「3ターンで潰せた。命拾いをしたな。」
「潰せてねえだろ。青眼倒しただろ。」
「一体だ。」
「一体でも、撃破したんだよ。」
俺は顔を上げた。
あいつが見下ろしてた。
見下してる訳ではない様子だった。多分。
「少しはマシな顔になったようだな。」
「……は?」
「去年の貴様は、初めて闘った時よりも退屈だった。」
俺は床に座ったまま、あいつを見てた。
「貴様は負けないように闘っていたつもりだろうが、負けるまでの苦痛の時間を延ばすだけだ。」
そのままだった。
俺が先月、遊戯の店で思ったのと、殆ど同じことだった。
「……知ってるよ。」
「そうか。」
「先月、気付いた。」
「今更か。」
「うるせえな。」
俺は立ち上がった。また膝が笑った。
こいつが強いってのは十分知ってるが、こうして負けたことが、悔しかった。
何年ぶりだろう。遊戯に負けて、何でだか悔しくなくて、この感覚が戻ってくるのに、何年かかっただろう。
「……海馬。」
「なんだ。」
あいつはコートを羽織ってる所だった。
「また、来ていいか。」
手が止まって振り向いた。
「たまにでいい。月イチでも、2ヶ月に1回でも。」
「理由を言え。」
「俺、プロになりてえんだ。」
言ってから、自分の耳に届くまで、時間差があった気がした。
3年ぶりに口に出した言葉だ。台所で1人で言った時とは違う。人に向かって言ったのは、もう3年以上前だ。
「プロデュエリストだ。高校ん時からそう思ってた。3年、ずっと言ってなかったけど、やめたわけじゃねえ。俺の中に、残ってる。」
あいつは何も言わなかった。
「そのために、強くならねえといけねえ。強くなるには、強いやつとやるしかねえ。」
俺は指を二本立てた。
「俺が知ってる中で、俺より強えのは2人だ。遊戯と、お前だ。」
「2人か。」
「2人だ。他は知らねえ。だから、まずはこの2人だ。」
数えていた。
3年で身についた癖だ。数えないと、自分が何を持ってるか分からない。
それが今日は、役に立った。悪くない数え方だった。
「遊戯には、また来なよって言われた。」
「そう言うだろうな。」
「で、お前にも言ってる。」
あいつがコートの襟を直して、こっちを見た。
「なるほどな。」
「なんだよ、悪いかよ。まあ、いつか俺に負けるのが怖いなら……。」
「良かろう。」
承諾した。まさか、承諾されるとは思っていなかった。こんな見え透いた挑発に乗った訳ではないだろう。それなら睨み付けてきてる筈だ。
「いいのか。」
自分でも、間抜けな声が出た。
「ただし、駆け込み営業はやめろ。」
「悪かったな。けど、どうすんだよ。」
「磯野に連絡先を渡していただろう。」
「……は?」
「去年、貴様の名刺を受け取っている。」
「あれは会社の名刺だ。」
「携帯電話の番号が記載されていた筈だ。」
書いてあるが、会社支給の携帯番号だ。俺の私用の番号じゃない。
「それも、会社のだ。」
「ならば寄越せ。」
俺は何も持ってなかった。私用の連絡先を書くものがない。
ポケットに手を突っ込むと、レシートが出てきた。今朝のパンのやつだ。もうこれでいい。
裏に番号とアドレスを書いた。ペンは向こうが持ってたので借りた。
あいつはそれを見て、コートの内ポケットに入れた。
「日程は磯野が調整する。」
「おう。」
「次までに、7ターンで終わらないようにしておけ。」
「言われなくてもやるっつうの。」
扉が開いて、俺は廊下に出た。
出てから、振り返った。
「海馬。」
「なんだ。」
「今日、ありがとな。」
あいつは何も言わなかった。
扉が閉まってから、廊下に黒服が3人控えているのを見て頭を下げた。
外に出たのは12時前だった。
11月の夜だ。結構冷える。
まだ終電があったから、駅まで歩いた。
電車の中は殆ど人が乗ってなくて、流石に座った。15時間立ってて、そのあとデュエルした。
明日は仕事がある。6時半に現場だ。寝られるのは、4時間くらいだろうけど、飲んだ訳じゃないから起きられる筈だ。
俺は向かいの窓の外を眺めていた。
童実野町が流れていく。
明日、専務に返事をしよう、と思った。
1週間は考えろと言われた。明日で6日目だからちょっと足りてない。
でも、考えた。いや、今日一日立ってて、それで分かったんだ。
俺は、こういうことをやりたいんだって。
効率が悪くて、一日潰れて、それで会えるかどうか分からないようなやつだ。辿り着けるかどうか分からないようなもの。
そういうことをやる時間が要る。
そのために、仕事を変える必要がある。
順番は逆かもしれない。普通は、仕事を選んでから、余暇で趣味をするんだろう。
俺は逆だけど、そんでいい。初めから、やりたいことは決まってた筈なんだ。
3年かけての5行が、これから4行になるかもしれない。それでも、構わない。
