04 貸切


連絡は火曜の午後に来た。
会社のメールの受信ボックスに、重要とラベルがついて入ってた。海馬コーポレーション、事業推進部、磯野。
11月8日、日曜、午後2時。会場は海馬ランド内スタジアム。無観客。取材なし。所要時間は2時間を見込む。当日は正面ゲートではなく西側の関係者用ゲートから入場すること。
俺は3回読んで、日曜の予定を確認した。11月8日は空いてた。空いてたというか、その週の日曜には棚卸しの立ち会いが入ってたんだけど、月曜の朝には別の人間の名前に変わってた。
誰が変えたのかは聞かなかった。



10日間、接待が一件も入らなかった。
こんなことは入社以来なかった。週に2回か3回、多い週は4回入る。それが、何故かゼロだった。
「城之内は当日まで体調管理だ。」と課長が言った。真顔だった。
代わりに別のことが降ってきた。
「城之内、スーツだが、新しいのを作れ。」
「え?」
「経費で落とす。上限は決めとくから、駅前の紳士服屋に行け。話は通してある。」
「デュエルするのにスーツは着ないっすよ。」
「行き帰りだよ。あと、写真も撮るかもしれないだろ。」
「取材なしって書いてありました。」
課長が黙った。それでも、いいから作れ、今から行ってこい、と言った。
俺は指定の店に行ってスーツを作った。採寸されて、生地は向こうに選ばれて、2週間かかると言われた。事務所に戻って課長に報告した。
そしたら数時間後に連絡があって、スーツは1週間で仕上げると言われた。誰かが電話したんだと思う。
スーツの目処が立ったら、当日は社名を出せと言われた。
「デュエルの前でも後でもいい。南設備の城之内です、って言え。」
「無観客ですけど。」
「先方の耳には入る。」
そんなことをあいつの耳に入れたところで、何になるって言うんだ、と思ったが、言わなかった。
木曜には、部長が俺のデスクまで来た。部長が営業のフロアに降りてくるのは月に一度あるかないかだ。
「城之内君、頼むよ。」
肩を叩かれた。
金曜には、事務の子が差し入れをくれた。栄養ドリンクが2本。
「頑張ってください。」と言われた。
「おう。」
俺はドリンクを一本飲んで、一本はデスクの引き出しに入れた。
家に帰って床にカードを並べた。並べたけど、1時間しか触れなかった。頭の中に会社の言葉が残ってた。社名を出せ、体調管理、頼むよ。
こいつら、俺が勝つと思ってんのかな。
思ってないと思う。
思ってないのに、何かが起きると思ってる。何が起きるのかは誰も言わないけど、接待ゴルフか何かと思ってるのかもしれない。あいつは手加減されて勝っていい気分になるような奴じゃない。寧ろ、めちゃくちゃキレる。
俺は明かりを消して、寝た。






11月8日は晴れてた。
海馬ランドの西側ゲートに着いたのは1時40分だった。新しいスーツを着て行かされてて、首の所が少しきつかった。
ゲートには警備員が2人立ってて、名前を言うとすぐに通された。中に入ると、係の人が待ってた。カートに乗せられてスタジアムまで園内を移動した。
日曜なのに、客がいなかった。
「……静かだな。」
「本日は貸切でございます。」
係の人が言った。
「貸切って、海馬ランド全体っすか。」
「はい。」
日曜の海馬ランドを、丸ごと。
観覧車も、ジェットコースターも止まってた。売店のシャッターは下りてて、風で旗だけが靡いてた。
俺は乗り物の間を通り抜けながら、これ、いくらかかってんだろう、と考えた。また嫌な気持ちになった。ロビーの床のタイルの値段を考えた時と同じだ。
俺の頭は最近、何を見てもそれをやってる。
カートに乗ってからは、ものの数分でスタジアムに着いた。
中に入って、フィールドに出た瞬間、足が止まった。
客席が全部空いてた。
2週間前、俺はここで四千人だか五千人だかの前でデュエルをして、マイクを掴んだ。皆が見てた。その席が全部空いてる。座面が上がったままの列が、ぐるっと囲んでいた。
今日は天井が閉まってたけど、照明は全部ついてて、フィールドは真昼みたいに明るかった。
「城之内様。」
磯野さんが来た。
「お待ちしておりました。準備が整い次第、開始いたします。」
「あの、海馬は。」
「まもなくお見えになります。」
俺はデュエルディスクを装着した。副賞でもらった最新モデルじゃなくて、高校の時から使ってる方のやつだ。新しいのを持ってくるかどうか迷って、使い慣れてるこっちにした。
新しい方は箱に入ったまま部屋に置いてある。



あいつは2時ちょうどに来た。
反対側の入り口から歩いてきて、フィールドの中央で止まった。
白いコート。2週間前と同じだ。3年前にこの場所で見た時と、多分同じだ。
「来たか。」
それが第一声だった。
「そりゃ、呼ばれてんだから。」
「貴様が時間を守るとは思わなかった。」
「守るっつうの。仕事だってちゃんと……。」
言いかけて、やめた。
言い訳みたいだし、デュエルに持ち込む話じゃなかった。
あいつはこっちを見てなかった。無言でデュエルディスクを起動させてた。慣れた様子で、迷いがない。何千回もやってるんだろう。
「デュエルディスクは、旧型か。最新モデルが貴様の手にはある筈だが。」
「悪いかよ。」
「いや。互換性に問題はない。」
それだけだった。
「始めるぞ。」
「おう。」



ソリッドビジョンが立ち上がった。この感覚は覚えてる。体が覚えてる。空気が動く。音が変わる。
光が床から上がってきて、フィールド全体が光ってるみたいだった。これはバトルシティの時にはなかったから、あいつの使ってる新型の効果だと思う。
俺の手札は5枚。
1枚目を見た瞬間、判断が動いた。
攻撃力1800、出せる。出せるけど、出したら次のターンで返される。あいつのデッキなら力で押し返される。そしたら、こっちのライフは削られる。
初手は伏せた。裏守備表示で置いて、リバースカードを一枚セット。ターンエンド。
あいつのターン。やはり攻撃力の高いのをを出して来たが、俺のリバースカードを警戒してか、様子を見てきた。
3ターン目で、俺の伏せてた魔法カードが通った。ライフは削れなかったが、相手のモンスターを一体撃破した。
4ターン目、真紅眼を出せる盤面が来た。
けど、出さなかった。俺の主力モンスターだ、狙ってくるに違いない。
狙われて落とされたら、そこから崩れる。今、盤面は保ってる。ライフは4000のうち3200残ってる。派手なバトルはないけど、悪くない筈だ。
だから守った。
5ターン目、あいつが場を整えてきた。モンスターを2体並べて、リバースカードをセット。そのターンは何もしてこなかった。
来る、と思った。
6ターン目で青眼が出た。リバースカードも、青眼を強化していて、貫通ダメージを食らった。
出てきた青眼は1体。2体目は出てこなかった。出てくる前に、俺のライフが1000を切った。だが、ライフはまだ残ってる、ここで持ち堪えれば、次がある。
7ターン目。
俺はリバースカードを発動して、相手の攻撃を止めた。止めて、ターンを終えた。
8ターン目で終わった。
ライフがゼロになった時、俺は自分がまだ立ってることに少し驚いた。前にあいつに負けた時は、膝をついてた。
倒れなかったし、膝もつかなかった。スーツだが、息は上がってない。
デュエルって、こんな綺麗に展開するもんだったか。
昔は、違った気がする。
昔はもっと、終わった時に何もなくなってた。全部出して、全部使って、それで足りなかったっていう終わり方をしてた。
今日は何かが残ってる。
手札が2枚残ってた。
白い龍が、ソリッドビジョンと共に消えた。
明るさの質が変わって、空の客席が見えた。
あいつがこっちに歩いてきた。
3メートルくらいの所で止まった。
「貴様、それで勝つつもりか。」
顔は上げなかった。
俺は何か言おうとした。言おうとして、言葉を探した。
「で、用件はなんだ。」
息を吐くみたいな言い方だった。
デュエルディスクを外して、腕を下ろして、そのついでに聞いた、というくらいの。
「……用件。」
「あるのだろう。」
俺は口を開けたまま、二秒くらい止まった。
隠してたつもりはなかった。
隠してたつもりはなかったけど、言うつもりもなかった。
最初はなんとかこいつに会わないといけないと言うのはあった。だけど、そうじゃなくなってた。デュエルして、それで終わりにするつもりだった。
2ヶ月かけて、ここまで来て、闘えば何かが変わるかもしれないと思ってて。負けたから、じゃあ帰るんだと思ってた。
だが、なんで分かるんだ。
俺は何も言ってない。
「なんで。」
「貴様が俺に挑む理由がない。」
あいつが言った。
「貴様は俺に勝ちたいわけではなかった。今日のあれは、そういう闘い方ではない。」
「……。」
「時間が余った。来い。」
背を向けて歩き出した。
俺はデュエルディスクを外して、追いかけた。



控室は、フィールドから廊下を3つ曲がった所にあった。
扉に何も書いてなかった。カードキーで開いた。
中は、控室っていう感じじゃなかった。
床に絨毯が敷いてある。ソファが2つと、低いテーブル。奥に作業用のデスクがあって、モニターが3枚並んでる。壁の一面が棚で、書類のファイルが並んでる。冷蔵庫がある。
生活感とは違うが、ここに人がいる時間が長かったことが分かる。
出張社長室みたいなもんか、なんて考えてた。
「座れ。」
俺はソファに座った。柔らかすぎて、腰が沈んだ。
あいつは座らなかった。冷蔵庫を開けて、水のボトルを出して、こっちに放った。受け取った。
自分の分は出さずに、デスクの前に立った。モニターの一枚を見て、何かを確認して、それから振り向いた。
「聞いてやる。」
俺は水のキャップを開けた。
開けて、一口飲んで、それから話した。
隠すってことを思いつかなかった。思いついたとしても、多分隠せなかったと思う。俺は昔から、そういうのが下手だし、こいつはそういうのを全部見抜いて来る。
会社の名前を言った。建材と設備の会社で、従業員は22人で、親会社が大宮設備工業で、そのまた上に海馬建設がいること。東地区の再開発で一次に入りたがってること。
酒の席で何か言ったことになって、そのケツ拭きで本社に行かされたこと。アポなんか取れるわけがなくて、受付で名刺を置いて帰ってきたこと。
「それで、フォームの紙もらって帰った。」
「フォームか。」
「あれ、誰でも入れるやつだろ。」
「そうだ。」
「だよな。」
あいつは何も言わなかった。
俺は続けた。
大会のサイネージを見つけたこと。主催が海馬コーポレーションなら、本人が来るかもしれないと思ったこと。来る保証なんかなかったけど、受付で断られるよりは近いと思ったこと。
2ヶ月かけて準備したこと。日曜が2回潰れたことまで、全部。
「それで、優勝して、お前がいて、それで。」
「デュエルで俺に挑むことにした。」
「……ああ。」
「動画は見せられた。」
見たのかよ。
「馬鹿なことをしたものだ。」
「そうだよ。」
「貴様の会社は今、俺の名前を使って何かを取ろうとしているのだろう。」
「……。」
「スーツを新調させられたか。」
俺は自分の袖を見た。
「なんで分かんだよ。」
「そうでなければ新卒入社3年の貴様がその生地を着る理由がない。」
言い返せなかった。
あいつがデスクにもたれて腕を組んだ。
俺は膝の上のボトルを見てた。ラベルがKCのロゴだった。自社製の水まであるのか、と思った。
暫く、誰も何も言わなかった。
話せることが尽きたわけじゃない。まだある。休日が潰れてることも、帰りが遅いことも、飲まされることも。飲まされることは、多分一番ある。
でも、言わなかった。
言ってどうすんだ、と思った。
こいつに言ってどうする。この男が、下請けの下請けの営業の労働時間を聞いて、それで何かをするわけがない。
俺は同情を買いに来たんじゃない。
そもそも、何をしに来たのかも分かってない。というか、目的は途中から分からなくなってる。
「いつまで経っても貴様は所詮凡骨か。」
「なんだと?」
「だが、少しは働いているようだな。」
顔を上げた。
あいつはこっちを見てなかった。モニターの方を見てた。
「え。」
「聞いた通りだ、と言っている。」
噛み合ってない、と思った。
俺が今話したのは、そういう話じゃない。理不尽な話をしたつもりだった。うちの会社が無茶を言って、俺が突撃して、玉砕して、それでも仕事だから続けてるっていう、そういう話だ。
馬鹿なことをしたと言っておいて、そこから、働いてる、だけを取ったのか。
取ったのか、こいつは。
考えてる内に、変なことに気付いた。
こいつは、俺の話を最後まで聞いてた。
途中で切らなかった。会社の名前も、従業員の人数も、2ヶ月のことも、全部聞いた。聞いて、そこから一行だけ抜いた。
抜けるってことは、読めるってことだ。
読めるってことは。
俺はこの部屋を見回した。
使用感のあるデスクの椅子。3枚のモニター。棚のファイル。冷蔵庫の中の水。
こいつ、いくつからここにいるんだっけ。
15か。
高校で同じ教室にいた時、こいつはもう社長だった。授業中にいない日の方が多かった。あの頃、俺はそれを、金持ちの道楽か何かだと思ってた。
15から、今日まで。
6年だ。
俺は3年で、こいつは6年。
倍だ。
しかも俺は言われたことをやってるだけで、こいつは決める方をやってる。
「……お前。」
「なんだ。」
言おうとして、言葉が見つからなかった。
すごいな、とは違う。大変だな、はもっと違う。
「いや。」
「なんだ。」
「なんでもねえよ。」
あいつがこっちを見た。
見て、少しの間、何も言わなかった。
「時間だ。帰れ。」
「おう。」
俺は立ち上がった。持ったままだったボトルは、テーブルに置こうとして、でもやめて、持ってくことにした。
扉の所で、振り返った。
「海馬。」
「なんだ。」
「その…、南設備の城之内です。」
言った。
言ってから、自分が何を言ったのか分かって、耳が熱くなった。
課長に言われてたやつだ。当日は社名を出せ。デュエルの前でも後でもいい。
こんな場所で、こんなタイミングで言うことじゃなかった。しかも敬語だ。3年で染みついてる。
あいつは俺を見てた。
見て、それから、鼻で笑った。
「知っている。」
扉が閉まった。
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