03 二ヶ月


夜、早速申し込みをした。
アパートに帰って、飯を食う前にスマホでフォームを開いた。
氏名、生年月日、住所、電話番号。それから、緊急連絡先は本田を勝手に登録した。何かあっても本田ならまあなんとかなるだろ。
所属を書く欄があったけど、フリーがあったからフリーにしておいた。この大会、始まりは会社から言われてのことだったけど、これはもう俺個人がやってることだと思ったからだ。
日程は日曜だった。棚卸しは月末の土曜だから、今の所は重なってない。よし、いける。
送信を押したら、すぐに確認メールが自動で送られてきて、内容を確認した。後は行くだけでいいらしい。
飯を食って、シャワー浴びて、寝る前に棚の前に立った。
デッキケースと、その隣にデュエルディスクが置いてある。
拭くだけだ、といつも思う。これに埃が積もるのが嫌だから拭く。掃除はするけど開ける理由はない。開けた所で今は相手がいないから。そう思って拭いてた。
なのに今日は、手を伸ばして、指をケースの蓋にかけて、気付いたらそのまま開けてた。
中身は変わってない。それは誰も触ってないんだから当たり前なんだけど。
上から順番に見ていくと、俺が最後に組んだ順番そのままで、真紅眼から始まってた。3年前から、止まっているのか。
1枚ずつ、机に並べた。40枚全部は部屋の小さい折り畳みの卓袱台には乗りきらなくて、床に続きを置いた。
最初から、順に眺めた。このカードは、どういう時に引きたいんだったか。このカードにはいつ助けられたか。
そういうことを思い出すのに、思ったより時間がかかった。手が覚えてるんじゃないかと期待してたけど、そんなことはなかった。3年ってのは、長かった。3年近く、俺はこれを触っていなかったのか。
夜中の1時を過ぎてたけど、俺はまだ床に座っていた。






2ヶ月は短い。
まず、平日は殆ど使えなかった。帰るのが22時過ぎになる日は週に3日くらいある。接待が入ればもっと遅くて、24時になる。
それでも、帰ってから30分だけ床に座ってカードを並べてた。デッキのカードを入れ替えたり、引いてみたりして、また崩す。
日曜は2回潰れた。棚卸しの前倒しと、東地区の搬入立ち会いが入った。代わりはいないし、文句は言わなかった。
相手が居ないから、家で出来ることには限界がある。1人でやってみる練習は、カード効果を思い出すだけで、まあ筋トレみたいなもんだ。実戦とは全然違うのはよく知ってる。
3週目に、やっと駅裏のカードショップに行けた。
日曜の夜8時、遅くまでやっててくれて助かった。店に入るのは何年ぶりか分からなかった。高校の頃はよく行った店だったのに。
ショップの店主は違う人になってた。カウンターの奥の対戦スペースはまだあった。既に二卓が埋まってた。
「一戦、いいすか。」
高校生ぐらいの2人組が顔を上げた。片方が、いいですよ、と応えてくれた。
俺はそれぞれと合計二戦して、一勝一敗だった。
負けた時、相手の子が「強いっすね。」と言ってくれたけど、社交辞令だと思った。勝った子の方が上手くカードを使ってたからだ。
それから、水曜の夜と日曜の夜に、通える日は通った。けど、行けない日の方が多かった。






予選の朝も、5時に目が覚めた。
アラームは6時にかけてたのに、習慣のせいか、早く起きてしまった。それから二度寝する気にもなれず、カードの確認を何度かした。
出る時に、着るものがなかったことに気付いた。
スーツならある。私服がないわけでもない。ただ、就職してから着てないやつばっかりで、押し入れから出したパーカーは、明らかに暑そうだった。今はまだ秋で、これは冬に着るやつだ。
他に選ぶものを探すのも面倒くさくて、とりあえずそれを着ておいた。

海馬ランドに着いたのは8時前だったけど、もう列ができてた。
受付でナンバーを受け取って指定された所へ向かう。聞いた話だと、参加者は400人を超えてるそうだ。
予選はスイス式トーナメントってルールで6回戦やって、上位16人が本戦に上がるらしい。本戦は同じ日の午後にやる。凄いスケジュールだ。
列に並んでる間、周りを見回した。
若い奴が多い気がした。殆どが学生っぽい感じだった。大人もいるけど、全体の中で俺は年上の方なんじゃないかと思った。3年前ならこの中に混ざっても違和感はなかった筈なのに、なんて思った。
スタジアムに入ると、天井が開いていて、フィールドは、こんなに広かったかと思ったくらい広い。奥にはステージが組んであって、海馬コーポレーションのロゴが吊ってある。
席につくと、間もなく1回戦が始まった。



3回戦が終わった所で、自分が3連勝してることに気付いた。勝ち数を数えるトーナメントなのに、勝敗を数えてなかった。
4回戦の相手は同じ年頃だったけど大学生っぽい男で、何となく途中まで押されてた気がした。押されてる時に、手が勝手に動いてカードを伏せた。相手が攻めてきて、リバースカードを全てめくった。それが上手くいった。
なんであのカードを伏せたのか。後で考えても分からなかったけど、それでも勝った。
5回戦も勝ったけど、6回戦で負けた。5勝1敗で、順位は8位。本戦には上がれた。

昼休憩の時間は、外に出てベンチに座ってた。コンビニのおにぎりを買って食った。
何となくスマホを見て、会社からの連絡がないことを確認した。日曜だから当たり前なんだけど、つい確認してしまう。
遊戯からのメッセージは、3週間前のまま残ってる。こっちには、返してないままだ。



本戦のトーナメントは、予定通り午後2時に始まった。こっちは普通のトーナメントだ。
昼が終わって戻るとステージにフィールドが4台設置されていて、勝った者から順に上へに進む。準決勝からはステージの上でやるらしい。
初戦は勝った。その次も勝った。
準決勝の途中で、何故かスタジアムの空気が変わったのを感じた。
なんて言うか、音が減った。それまで客席から聞こえてた野次とか話し声が途切れた。俺は自分のターンの途中だったから顔を上げなかったけど、相手の視線が俺の後ろに向かったのが分かった。
「俺のターン、ドロー!」
それでも俺は続けた。そして、勝った。

決勝の相手は17歳だったらしい。名乗った時に高校名を言ってた。童実野高校の、2つ向こうの学校だった。俺は名前だけ名乗った。
長い闘いになった。相手の方が速かった。しかも、一つ一つが丁寧だった。俺の手札が2枚になった所で、盤面は殆ど向こうのものだった。
そこから、巻き返すのに、3ターンかかった。
伏せて、引いて、攻撃した。最後は、真紅眼が助けてくれた。
決着がついた時、俺は自分がどうやって勝ったのかを説明できなかった。勢いで逆転した気がする。
相手の子が手を出してきたので握った。汗をかいてた。俺の手も汗をかいてた。
「城之内さんって城之内克也さん、ですよね。」
「ああ。」
「バトルシティのベスト4の。」
そう言われて、そうだった、と思った。
そうだ。俺はあの4人のうちの1人だった。
バトルシティ。高校2年の時だから、4年前か。
忘れてたわけじゃないけど、卒業してから3年以上、一度も思い出さなかった。思い出す機会なんかなかった。名刺に書く欄はないし、自己紹介で言うことでもない。そもそも聞かれない。
「握手してもらっていいですか。」
「へへっ、今してんだろ。」
相手の子が笑って、俺も笑った。



表彰式はステージの上でそのままやった。
目録と、副賞の新型デュエルディスクの箱を受け取る。
フラッシュが焚かれて、写真を撮られた。撮られてる間、正面のでかいスクリーンに自分の顔が映ってた。優勝したのに、思ってたより、ひどい顔だった。
司会の女性がマイクを持って隣に立った。
「本日は、当大会の主催であります海馬コーポレーション、海馬社長にもご来場いただいております。」
客席が沸いて、皆が一斉に同じ方を向く。準決勝で相手の子が見てた方向だ。
俺は顔を上げた。
2階席の中央。区切られたブロックの最前列に、白いコートが座ってた。
来てた。
来てたんだ。
2ヶ月間、可能性があるってだけで動いてきた。根拠なんか1つもなかった。それが当たった。
距離は50メートル以上ある。表情は見えないけど、それでもこっちを見てないことだけは分かった。
「それでは優勝者の城之内選手、一言お願いいたします。」
マイクが向けられた。
何も考えてなかった。
今日までずっと、勝つことしか考えてなかった。勝ってどうするかは、勝ってから考えればいいと思ってた。
考えればいいと思ってたのに、何も思い付かなかった。
とりあえず、あいつがこっちを見ていない。
俺は差し出されたマイクを掴んだ。
「海馬ぁ!!」
自分の声が響く。
「俺と、デュエルしろ!!」
場が、一気に静かになった。
4000人だか5000人だかいる客席が、一斉に黙った。何秒か分からないけど、結構長いことその静けさがあったように思う。
2階席の、背の高い白いコートが、立ち上がった。
スタッフが慌てて何か持って走っていた。何かを受け取ったのが見えた。マイクだった。
『──ふん、懲りない奴め。』
スピーカーからあいつの声が出た。マイクなんていらねえんじゃないかって程でかい。
『だが、いいだろう。俺は挑まれたデュエルから逃げはしない。』
客席が沸いた、熱狂だ。男も女も、海馬瀬人のファンが爆発した。悲鳴みたいな声が上がって、スマホが一斉に持ち上がった。
『何度来ようと同じこと。完膚なきまでに叩き潰してやる。』
スタッフにマイクを放って、あいつは背を向けた。
出口に向かって歩いていく。黒服達がそれを慌てて追いかける。俺は、ステージの上でそれを眺めてた。
あいつを見詰めてた周りの視線が、一気にこちらを向いた。膝の裏が変な感じになってきた。
やった。
やっちまった。



ステージを降りて、通路で荷物をまとめてた。
関係者用の出入り口に続く通路で、スタッフが機材を運んでる。俺は壁際でリュックを開けて、デュエルディスクの箱を入れようとしていたが、箱が大きくて入らなかった。
「城之内克也様ですね。」
顔を上げた。
黒いスーツの男が立ってた。
確か、磯野さんだ。バトルシティの時、審判をやってた人。
「はい。」
「お久しぶりです。先ほどの件につきまして、海馬瀬人より日程の調整をさせていただきます。」
「あー、はい。」
「ご連絡先を頂戴できますでしょうか。」
リュックを漁って、名刺入れを出した。癖で、持ってきていた。
名刺入れには19枚残ってた。1枚は先週、海馬コーポレーションの受付に置いてきた。
磯野さんは両手で受け取って、目を通した。会社名の所で少し間があったように見えたけど、気のせいかもしれない。孫会社だから、知ってても不思議じゃない。
「後日、こちらからご連絡差し上げます。」
「あの。」
「はい。」
「あいつ、本当にやる気あんのか?」
男が俺を見た。
「瀬人様が、デュエルの挑戦を反故になされると思われますか?」
この人も苦労しているな、と思った。
「では。」
そう言って、頭を下げて、去っていった。






月曜、事務所に着いたのは8時15分だった。
ドアを開けた瞬間に、何故か全員がこっちを見た。
朝礼前の事務所は、皆パソコンを立ち上げて、メールを開いてたり、現場と連絡をとってたりしている。それがいつもの月曜の8時15分だ。
今日は全員が顔を上げてた。
「城之内。」
奥から課長が出てきた。なんでか分からないけど、手にスマホを持ってる。
「これ、お前だな。」
画面を向けられた。
俺だった。ステージの上でマイクを掴んでる俺だ。撮ったのは客席の誰かだろう、少し揺れてるけど、バッチリ音は入ってる。
『海馬ぁ!!俺と、デュエルしろ!!』
自分の声が事務所に流れた。
再生数の所に、7桁の数字が出てた。嘘だろ。
「昨日の夜には回ってた。今朝、大宮の安藤部長から電話があった。6時半だ。6時半に電話が鳴った。どういうことか分かるか。」
「……すんません。」
「童実野町の婦人会のグループにも回ってるらしい。うちの女房が見せてきた。」
課長がスマホを下ろした。暫く何も言わなかった。
言葉を探してるみたいだった。
「城之内。お前、うちがどこの仕事してるか分かってんのか。」
「分かってます。」
「東地区だ。あれは全部KCの計画に紐づいてる。その計画のトップに向かって、うちの人間が、公衆の面前で。」
「フリーで出てます。会社の名前は出してません。」
出してない。出してないけど、磯野さんには会社の名刺を渡した。
「出してなくたって、お前の顔も名前も出てんだよ。」
その通りだった。特定なんて、しようと思えばすぐだろう。
俺は黙った。黙ってれば終わる。3年以上、大体これで終わってきた。
「動画のコメントは見たか?」
「見てないっす。」
「見ない方がいい。」
課長がため息をついた。多分、無謀とか何とか色々書かれてるんだろう。バトルシティならあいつだってベスト4だってのに。
「安藤部長は笑ってたよ。けどな、それは話題にする価値があると思ったってことだ。うちみたいなとこの若いのの名前が、大宮の部長の口に出るってのは、普通じゃないんだよ。」
俺は課長の顔を見た。怒ってるのは本当だ。声も大きいし、厳つい。
でも、目が違った。
「で、これだけか?」
「え?」
「他にないのか、って聞いてんだ。」
どうなってんのか、言うかどうか迷った。
「……日程、組まれてます。」
事務所が静かになった。そりゃそうだろう、KCの社長とプライベートでデュエルをするなんて、と思ってるに違いない。
電話が鳴ったが、誰も取らなかった。2コール目で、事務の子が慌てて取った。
「日程って。」
「デュエルの。KCの人が名刺持ってったんで、連絡が来ると思います。」
来ると思うというより、あいつが逃げる訳がないのを俺は知ってる。
課長がゆっくり椅子に座った。それから、俺じゃなくて机の上に視線を落としてた。
「城之内。」
「はい。」
「お前、そういうことは、もっと早く言え。どうして大会の申し込みの前に相談しなかったんだ。」
さっきまで怒鳴ってたのに、声が変わってた。
叱ってる声じゃなかった。
何になったのかは、その時の俺には分からなかった。
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