22 王、記念日を祝う


マンネリ研究が一段落した翌日、アテムは急に立ち止まり、真顔で呟いた。
勿論その手にはピンクの表紙の雑誌を掴んでいる。
「……そういえば、俺達は記念日を祝っていない。」
瀬人はタブレットを操作していた手を止める。
「…今さら気付いたのか。」
「世の中では記念日を祝うらしい。夫婦、恋人、あるいは量子婚でも。」
「最後のカテゴリーはお前と俺以外存在しないだろう。」
しかしアテムは本気だった。
「俺達が唯一の事例であるなら、なおさら模範であるべきだ。記念日とは“愛情の可視化”だと◯クシィに書いてある。」
瀬人は軽く目を閉じた。
「…お前は、まだ懲りずにあの雑誌の編集の餌にされているのか。」
「必要な情報を得ているだけだぜ。取材を受けているだけで、搾取ではない。」
「それを搾取と言う。」
だがアテムはすでに別の方向を向いていた。
手帳を取り出し、真剣にページをめくっている。
「記念日は“2人で過ごす特別な時間”…だが、具体的に何をするんだ?」
瀬人は肩をすくめた。
「日常で充分だろう。」
「日常は“特別”ではない。」
「お前の場合は量子婚で特別だ。」
「だが世の中の“常識”ではそうは言わない。」
瀬人は呆れつつも、その真面目さも気に入っている自分に軽く溜息を吐いた。
「それで、どうするつもりだ?」
アテムは早速A.R.E.S.を呼び出した。
『アテム様。LOVE-OSと連携し、記念日情報は整理済みです。』
瀬人が即座に眉を潜める。
「…また余計なことを。」
しかしA.R.E.S.は誇らしげに続ける。
『代表的な“ベタな記念日の過ごし方”をランキングにしておきました。』
アテムは満足そうに頷いた。
「流石だ、A.R.E.S.。」
『第1位:花束を贈る。
第2位:夜景を見に行く。
第3位:特別なディナー。
第4位:ペアリングやネックレスの交換。
第5位:サプライズ演出。
なお、◯クシィ編集部は“フォトスタジオでの記念写真”を強く推奨しています。』
瀬人は額に手を当てた。
「…記念撮影はやめておけ。」
アテムは無垢な顔で問いかける。
「何故だ?」
「……何かが起きるからだ。」
写真の件で数々の前科があるアテムは、少し考えながら目を逸らす。
しかしすぐ真面目な顔に戻り、ページにメモを書き込んだ。
「なら花束、夜景、ディナー、アクセサリー、サプライズにしよう…。うん、現世は儀礼的に忙しいな。」
瀬人は深く凭れながら息を吐いた。
「それで、お前はどれをやりたいんだ?」
「もちろん全部だ。」
「全てだと?同時にか?」
「同時に祝うことに問題でもあるのか?」
「ある。タスクが多い。」
アテムは深く頷き、さらにメモを追加した。
「よし“黄金比的に最適な記念日の祝福方法”を研究する。」
瀬人は小さく笑った。
「…結局、黄金比と研究になるのか。」
「研究は人生の中心だ。愛も含めて。だからお前も協力してくれ。」
瀬人はその言い方に、僅かに胸を掴まれる。
「…仕方ない。」
アテムは明るく微笑んだ。
「心強い。“記念日は2人の構築物”とも◯クシィに書いてあった。」
「…その雑誌社、そろそろ俺が買い取った方が早いか?」
「やめてくれ。情報源がなくなる。」
瀬人は苦笑しながら、アテムの頭にそっと手を置いた。
「記念日などより、お前がいれば充分なのだがな。」
アテムは、その言葉にふと呼吸を止めた。
「…瀬人、お前は時々、俺を研究不能にする。」
「それでいい。」

翌日。
アテムは書斎に籠り、「記念日とは」「サプライズとは」と大きく書かれたホワイトボードの前で腕を組んでいた。
頭には、昨日◯クシィからもらった“記念日特集号”が開かれて乗っている。
「サプライズというのは、“予測不能性”を演出する行為か。なるほど。」
A.R.E.S.が控えめに口を挟む。
『アテム様、サプライズ成功には“相手の驚愕”が重要とされています。瀬人様は察知力が極めて高いため…。』
「つまり、瀬人には通用しない。」
『はい。加えて“記念日は共に過ごすもの”とされていますので…。』
アテムはあっさり手を広げた。
「うん、それならサプライズは却下だ。」
潔い。実に潔かった。
そこへ、瀬人がコーヒーを片手に姿を見せる。
「サプライズは諦めたのか?」
「流石にこれは攻略法が難しい。」
瀬人は微笑を隠さない。
「判断が早いな。」
「サプライズは“仕掛ける側と仕掛けられる側の情報格差”によって成り立つ。だがお前はこの頃、俺を見抜き、察し、先回りする。“情報格差”が成り立たない。」
「褒めているのか?」
「そうだぜ。」
瀬人は少し照れたように視線を逸らす。
「だからサプライズは今回は捨てる。」
だがアテムは早くも次のホワイトボードへ移動していた。
そこには
“記念日プラン案:全部盛り(仮)”
という恐るべき文字。瀬人は思わず眉間を押さえた。
「…本当に全てか。嫌な予感しかしないのだが。」
アテムは真剣そのものの声で説明を始めた。
「昨日A.R.E.S.から得た情報を整理した結果、世の中の記念日は“複数のイベントを同日にまとめること”で効果が増す傾向があると判明した。」
「そんな分析は聞いたことがない…。」
「例えば、ディナー+夜景。花束+アクセサリー。サプライズ+フォト撮影。これらを全て“黄金比的に配置”すれば、完璧な記念日になる。」
瀬人は目を閉じた。
「…黄金比が便利すぎる。」
アテムはホワイトボードに貼られた大量のメモを指し示した。
「まず“花束”。これには匂い、色、視覚的華やかさがある。
次に“夜景”。これはロマンチック指数を上昇させる。
“ディナー”はエネルギー補給とコミュニケーション向上。
“アクセサリー交換”は象徴的意味を持つ。
さらに“記念写真”は記録。」
瀬人は呆れながらも笑った。
「お前は、論文でも書く気か?」
「既に下書きはLOVE-OSに保存してある。」
「やめろ。何故記念日で論文が生まれる。せめてA.R.E.S.にしておけ。」
だがアテムは本気だった。
「瀬人、俺は“完璧な1日”を構築したいんだ。そのためにはこの“全部盛りプラン”を黄金比配列にし、時間割を最適化し、移動ルートを短縮し、記憶効率を最大化する必要がある。」
「お前…本気で当日に全てやるのか…。」
もう何度目になるか分からない呆れた呟き。
アテムはさらりと頷いた。
「もちろん。だが問題がある。」
「言ってみろ。」
「情報量が多すぎて、“初めての記念日”に詰め込むには過密すぎる。」
「見たら分かる。」
アテムは眉を寄せ、しかしすぐに挑発的な笑みを浮かべた。
「だが、俺はパズルが得意だ。」
瀬人の眉がぴくりとした。
「その顔は嫌な展開が予想される。」
アテムはホワイトボードの前でペンを回し、堂々と宣言する。
「この“記念日パズル”を解き、最適解を導き出す。黄金比より美しい“2人の記念日”を構築してみせる。」
A.R.E.S.が嬉しそうに光の演出をする。
『アテム様、既に解析モードを起動しております。LOVE-OSとの共同作業で進行します。』
瀬人は深い深い溜息をついた。
「…またお前の研究に巻き込まれるのか。」
アテムは振り返り、穏やかに微笑んだ。
「瀬人、お前とならどんな研究も楽しい。」
瀬人はその一言で抵抗を失った。いや、元から抵抗はしていない。
「…好きにしろ。」



アテムは、緻密に作り上げた“黄金比で満ちた1日の設計図”を手に、満足げに頷いた。
時間配分は完璧、動線は美しく、瀬人の好みと負荷を最適化。
愛ゆえの執念は、もはや芸術の域に達している。
そんなアテムの前で、瀬人は腕を組み、穏やかな視線を落とした。
「それで、アテム。今回は“何の記念日”を祝うつもりなんだ?」
その声音は、冷静にして柔らかい。
日付、時刻、2人の行動。瀬人は全てを把握しているタイプだ。
瀬人にとって「記念日」という概念は曖昧さとは無縁の、理性的で実証的な領域である。
対してアテムは、一瞬で固まった。
「……それは……その……。」
黄金比を操りながら、記念日の体系には微かも明るくない。
そもそも「いつ、何を祝うのか」よりも、「今この瞬間が記念日みたいな男」なのだから仕方がない。
瀬人は、言いかけた。「お前は毎日が…」
しかし、その言葉が紡がれるよりも早く、アテムは動いた。
迷いゼロの、王特有の“即断”。
「冥界の書記官に聞いてみる。」
「何だと?」
アテムは早速、冥界回線を開く。
かつての側近、冥界の記録を司る書記官は、王からの呼び出しに即座に応じた。
「瀬人が冥界に来ていた頃、何か“記念日になりそうなこと”はあったか?」
『記念日…でございますか?では、王と瀬人様の行動記録から抽出を…。』
淡々とした声で、しかし内容は淡々とは程遠い。
『まず、“王が瀬人様を生者の世界へ帰すのを渋った日”が3回…。』
「おい、待て。」
瀬人が止めるも書記官は続ける。
『そのうち1回は、王の抱き締めが強すぎて…。』
「それは言わなくて良い。」
「言え。」
しかし逆にアテムが止めると瀬人が促す。
どちらにしても書記官は止まらない。
『更に、“瀬人様が王の書庫を勝手に整理して怒られた日”が2回。』
「怒られたとは言わん。分類体系を最適化しただけだ。」
「勝手に、だ。」
『他にも、お2人が長話をして冥界の夜明けを3度越えた記録があり…。王が瀬人様の好みを調べていた“未分類メモ”も多数…。』
(未分類?)とこの心の声は瀬人。
(大量にあったのか…)こちらはアテムだ。
『以上をそちらにも送信します。』
そしてA.R.E.S.がデータを受信してしまった。
『受信完了。冥界記録と現世データを同期します。“アテム様がもぎ取った休み”に対応しうる記念日候補を検索中。』
『統合可能な候補を36件抽出しました。上位は以下の通りです。』
「36?」
「そんなにあったのか…?」
『特に重要度の高いものは
①“アテム様が瀬人様を初めて“親友”と認識した日(推定)
②瀬人様が初めてアテム様の助言を真正面から受け入れた日
③冥界の門で2人が同時に譲らず、書記官が困惑した日
④アテム様が瀬人様を“冥界特別顧問”に任命したと判断される行動の日』
「それは任命ではなく、勝手に職位を作って押し付けただけだろう。」
「お前が似合う職名だった。」
『更に、“アテム様が瀬人様に触れられて動悸が上昇した日”が…。』
「何だそれは。」
「流石にそれは記念日にしないぜ。」
『では候補から除外します。』
磐石の会話のテンポに、A.R.E.S.が静かに加わり、空間全体はおかしな方向に染まっていく。
全データを前に、アテムはそっと息を整えた。
膨大な冥界記録とA.R.E.S.の解析を見つめる瞳に、微かな温度が宿る。
「…こんなにも“2人で積み重ねた日”があったんだな。」
瀬人は、微かな微笑を隠さず言う。
「だから言っただろう。お前は毎日が記念日のようなものだ、と。」
けれどアテムは、首を振る。
「それでも、“名をつけて祝う日”が欲しい。お前が傍にいて、俺が傍にいる、その証として。」
『記念日候補、最適化完了。アテム様の確保した休暇との整合性が最も高いのは…。』
静かな間。
『“2人が最初に、お互いを“選ぶ”と同時に決めた日”です。』
「え…それは…あの日だったのか。」
「そうだ、あの日だ。」
瀬人の瞳とアテムの瞳が、ゆっくりと絡む。
冥界も現世も沈黙し、時の粒が静かに揺れた。
その名は“2人が互いを選んだ日”。
アテムは深く息を吸い、黄金比スケジュールの第一ページに美しい筆致で書き込んだ。
瀬人は、それを見て微かに目を細めた。
黄金比でも合理でもなく、ただ純粋に、互いを選んだという一点のために。
A.R.E.S.の提示した“最適解”を見届けた直後、瀬人はゆっくりと片手で額を押さえ、静かに息を吐いた。
「…冥界の書記官にまで把握されるなど、お前は分かりやすすぎる。」
アテムは胸を張る。
「王の感情を読むのは書記官の仕事だ。俺が分かりやすいのではなく、彼らの観察眼が鋭いだけだ。」
瀬人は、その堂々たる理屈に思わず笑った。
「いや、分かりやすい。冥界の書記官が“記録が豊富すぎて抽出に苦労した”と言っていただろう。」
アテムは微かに眉を顰める。
「…少しだけ、認めよう。」
もちろん、少し、では済んでいない。
アテムは、決まった記念日の名をそっと繰り返した。
「…“この関係が成立した日”か。」
瀬人の視線が柔らかく揺れる。
「あの日、お前は自分の気持ちが抑えきれずに全て晒け出してきたからな。」
アテムは咳払いをひとつ。
「俺は“晒け出した”んじゃないぜ。お前が“見抜いた”んだ。“お前の感情は、すでに丸裸だ”そう言ったのは瀬人だ。感情丸裸事件記念日だ。」
「事件にするな。」
「事実だ。」
瀬人は、肩を落としつつもどこか楽しげだった。
アテムが名前を付けた瞬間、世界がほんの僅かに美しく整うのを知っているからだ。
瀬人はスケジュールを確認しながら呟いた。
「それにしても、よくこの日に俺の休みを“もぎ取れた”な。会議2つと、スポンサーとの調整をどうした?」
アテムはさらりと答える。
「A.R.E.S.が“瀬人の最適な休息日”と解析していた。俺は、その助言に従っただけだ。後は皆に協力してもらった。」
「皆?どこまで話した…。」
溜息は深い。
「お前の場合は、運だけで全て通している可能性もある。」
「王には、時に“流れ”が味方をする。」
瀬人は呆れ半分、愛しさ半分で目を伏せた。
「…昔から悪運の強い…。」
アテムは満足げに頷く。
「これで、安心して記念日を祝える。」
アテムが晴れやかに息を吐いたその時。
瀬人は、僅かに意味深な微笑を浮かべた。
「…ただ、この日は“それだけ”ではない。」
「何かあったか?」
「あった。だが、お前が自分の記念日を見つけたように、それもいずれ自分で気付け。」
アテムは眉を寄せ、瀬人を見詰めた。
「…これが俗に言う匂わせか。」
「そんな言葉をどこで覚えてきた。」
「…俺は後で必ず思い出す。」
「その執念深さは、好ましい。」
アテムは改めて黄金比スケジュールを開き、瀬人はディスプレイを広げながら肩越しに聞く。
「まずは何をする?」
アテムは自信満々に答えた。
「“始まりの場所に立つ”。2人が互いを選んだという、あの日の中心点だ。」
瀬人は歩み寄り、アテムの手の中のスケジュールを一瞥する。
「…黄金比で構成された記念日か。お前らしいな。」
アテムは軽く顎を上げた。
「お前との一日を祝うんだ。最も美しい形でなければ意味がない。」
程なくして、磯野から、瀬人の休日の調整完了の知らせが届いた。



記念日当日の朝、瀬人のスケジュール表には見事な螺旋を描くように、空白が並んでいた。
アテムが「もぎ取った」休暇である。
瀬人はコートの襟を整えながら、隣で準備を終えたアテムに目を向けた。
「…本当に冥界から始めるのか。」
「当然だ。“始まり”の座標はそこだ。」
瀬人は僅かに肩をすくめた。
「お前は常に、最初から規模が大きい。」
アテムは僅かに微笑むだけで何も否定しなかった。
「お前が言うな。」
とだけ言い返しておいた。

2人が冥界の門に降り立つと同時に、静謐だった空気がざわりと揺れた。
神官達が並び、深い礼を捧げる。
「王、記念日おめでとうございます!」
「お2人の“感情の契約成立日”、心より祝福申し上げます!」
「特別な日でございます、ささやかな供物を…!」
瀬人は一度、完全に固まった。
「…お前、また余計なところに情報を漏らしていないか?」
アテムは真剣な表情で答える。
「漏らしてはいない。書記官が勝手に解析しただけだ。」
瀬人は額を押さえた。
「…優秀すぎるな、あの書記官。」
アテムは満足げである。

冥界を出る際、神官長が両手で持ち上げて渡してきたのは
この世のものとも冥界のものとも思えない花束だった。
「王の“心の色”と“瀬人様への情愛”を黄金比で配置いたしました。」
瀬人は思わず二度見した。
「…心の色を黄金比だと?」
アテムは静かに受け取りながら言う。
「美しい。」
「美しいが…お前の冥界のサービス精神はどうなっているのだ。」
「俺の冥界とはそういうものだ。」
「言い切るな。」

夜景スポット。
アテムが事前に押さえていたのは、海馬コーポレーションが管理する超高層タワーの展望フロア。
貸し切りである。
瀬人は黙ってその景色に目を細めた。
「…相変わらず、お前のスケールは容赦がない。」
「いつもはお前だってやってるだろ?それに…。」
アテムは夜景の光を背景に、静かに言った。
「お前が世界を守るために戦った日々を、お前が守っているこの場所で、俺はこうして祝いたいんだ。」
瀬人は横を向いた。
照れ隠しにしか見えないが、誰も指摘しない。

A.R.E.S.監修の“黄金比コース”。
見た目・栄養価・バランス、全てが美しい。
「この比率は完璧だ。」
「…確かに美味い。が、お前がそれを言うと“比率を愛しているのではないか”と疑いたくなるな。」
「愛してはいない。敬意を払っているだけだ。」
「変わらん。」

静かな個室で、アテムは慎重にネックレスの箱を開き、瀬人に差し出した。
「これは“形に残る記念”だ。」
瀬人は言葉もなく受け取り、首にかけながら呟いた。
「…お前の選ぶものは、不思議と身に馴染む。」
「当たり前だ。お前のために選んだ。」
瀬人は目を伏せたまま、アテムの胸元にペアのネックレスを付けてやった。
「…ありがとう。」
アテムのその一言は宝物のようだった。

記念日のラスト。
スケジュールはここで終わるはずだった。
だが、瀬人が静かに立ち上がり、A.R.E.S.に何かを暗号的に指示する。
「瀬人?何を?」
呼び出されたソリッドビジョンには、海馬コーポレーションの人事部からの通知が表示された。
《アテム殿。入社一周年記念おめでとうございます。今年度の新人賞を授与いたします。》
アテムは完全に固まった。
「…新人?俺が?」
瀬人は淡々と、しかし誇らしげに言う。
「当然だろう。入社して今日で1年。社に最も貢献した新人に贈られる賞だ。」
「貢献した覚えは…。」
「“存在が最大の貢献”だった…もはや新人という括りは必要ないがな…。」
事実である。アテムが世界を動かす度に、株価は跳ねた。
アテムの瞳がゆっくりと揺れる。
「…瀬人。お前は時々、反則だ。」
「記念日だ。サプライズが必要なのだろう。」
アテムは、静かに息を吐いた。
まるで幸福が胸から溢れて追いつかないように。
「…ありがとう。」





数日後。
瀬人のデスクに、分厚い増刊号が無造作に置かれていた。
表紙には、雅やかな金箔の文字でこうある。
「理想の記念日、完全版。」
瀬人は、嫌な予感を隠そうともせずに雑誌を開いた。
案の定だった。

“量子婚の2人” 特集 全36ページ

冒頭には、冥界の門前で花束を受け取る2人の姿。
その後には、夜景の前で並んだシルエット。
黄金比ディナーの美しい皿。
ネックレスの交換の瞬間。
そして、アテムが絶対に外さなかったフォトスタジオでの一枚は特典として付属している。
瀬人は眉間を押さえた。
「…だから、あの撮影はやめておけと言ったのだ。」
アテムは雑誌を覗き込み、淡々とした声で返す。
「俺は“プラン通り”に進めると言った筈だぜ。フォトスタジオは黄金比記念日の必須項目だった。」
「そこは外して良かった…。」
「良くない。完璧は守られなければならない。」
当然の論理であるという顔だ。
瀬人は深く息を吐いた。
「それで、何故記念日の詳細がここまで漏れている?」
「◯クシィに質問をしたからだ。」
「質問をしただけで情報を“持っていかれる”雑誌とは何だ…。」
アテムは綺麗な無表情で言い切った。
「優秀な書記官が冥界で広報をしていた可能性もある。」
「冥界はもう少し情報管理を学べ。」



SNSでは「理想の記念日プランが美しすぎる」と話題となり、スタジオ写真は早くも“人生で一度は撮りたい”見本にされ、記念日ビジネスは大いに活気づいていた。
瀬人は雑誌を閉じ、ソファに身を沈める。
「…これだから、お前といると世界が騒がしい。」
アテムは瀬人の隣に腰を下ろし、ひどく自然な仕草で肩に頭を寄せる。
「騒ぐ世界は放っておけばいい。今日もまた、記念日を作ればいい。」
瀬人は横目でその顔を見つめ、口元に僅かな笑みを落とした。
「…違いない。外がどう騒ごうと、いつものことだ。お前と過ごす一日は全て“特別”だ。」
アテムは静かに目を細める。
「よし、今日の記念日を始めよう。“記念日未遂事件解決日・1日目”だ。」
「事件はやめろ。お前は名前を付けすぎだ。」
「記録をするなら、正確でなければならない。」
瀬人は吹き出し、アテムの頭を僅かに抱き寄せた。

外では増刊号が飛ぶように売れ、
世界が「理想の記念日」にざわめいている。
だが、特集されない場所で、2人は今日も新しい記念日を積み重ねていく。
それこそが、世界で最も静かで、最も幸せな祝祭だった。
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