オカルト社長08b

DREAM


現代の子に破られた支配。
アテムはまだ、戦いの余韻で心が揺れていた。
正気や自立を取り戻せていない状態。再び支配しようと思えばそれは容易い。
ただ、どのように歩むにせよ、関係は一から作り直さなければならなかった。
そこで提案されたのが、茶会だった。
内容は、いつかの茶会のように、広間で茶と菓子を楽しみながら話をするだけ。





広間に用意された茶会の場。
その日、アテムは少し緊張の面持ちで席についた。
「現世ではサ店でやるんだが、ここでいいよな。」
アテムが果実を摘む。
「サ店、ですか。」
サ店とは現世における喫茶店の、かなり古風な言い回しである。
近代化されたついでに現世の調査を行ったセトの感覚は、どちらかと言うと既に瀬人に近かった。
これは「教育」が必要か、と小さく息を吐いた。
「サ店…。」
「そんなに行きたいのか?それならやっぱり作るか…サ店。」
「おやめください。王のすることではありません。」
すかさずセトが差し込む。
民営ならまだしも、王にさせるわけにはいかない。
セトからの圧に、アテムが果実に伸ばした手を止めた。
「あ…ああ、やめておく。」
アテムが現世のサ店を模したため、広がるのは現世の茶に現世の菓子。ティーカップなども、現世のものが使われている。
アテムは心のどこかで、現実と非現実の境目が揺らぐのを感じた。ティーカップを握る手が、微かに震える。
「現代の子は、ティーカップまで送り込んでいるのですね。」
薄い焼物の器の縁を、セトは指先で確かめる。
「俺が頼んだんだ。サ店の気分を味わいたいって。」
「そしてこの設えですか。」
広間は異国にでも入り込んだような様相だった。
冥界に似つかわしくないこの設えはソリッドビジョンによるもの。
それは、今では城でも街でも至る所で見ることが出来る。
アテムの姿を立体映像化することは禁じたため、見ることは出来ないが、大抵のものは映し出すことが出来る。
とんでもない技術だ。
これだけでも戦争に勝てる、とセトは思った。
だが実際は、瀬人によって軍事利用は出来ないように設定されてはいた。
「俺達の闘いを見ているんだ。今更驚くことでもないだろ?」
「闘い…そうですね。」
セトの目には、お互いに、本当に相手を捻じ伏せようとしているようにしか見えない瀬人とアテムの闘い。
挑発もすれば罵倒もする。そして瀬人もアテムも非常に口が悪くなる。目付きも、見詰めるのではなく、睨み付けている。
実際にそうなのだが、だからこそ、どこに愛が紛れているのか理解に苦しむ所だった。
「随分と、元気の良い闘いですね。」
「俺と海馬はずっとあの感じだ。」
「そうですか。」
セトとはどうなのだろうか。とアテムが思案する。
そのアテムの瞳の奥に見える、僅かな警戒と混乱を、セトは逃さず読み取った。
「怖がることはありません。私があなたを害すなど、考えられますか?」
セトの言葉は柔らかく、しかし視線の奥には静かな熱が宿っていた。
「いや。お前はいつも、守る者だった。」
戦いの残響が、甘く、不穏な空気を残したまま、静かに広間を包む。



別の日、広間には再び茶と菓子の匂いが満ちていた。
アテムは前回より少し落ち着いているように見えたが、それでも心の奥は揺れている。手にしたティーカップが微かに熱を伝え、指先に緊張が走る。
「今日は現世の紅茶に加えて、俺の好きな果実も添えてみたんだ。」
アテムの声は穏やかで、微かな笑みが含まれる。
「果実…ですか。お好きですね。」
セトはそっと目を細める。
だが、アテムの瞳の奥には、まだ警戒の影が残る。
セトは言葉を途切れさせず、アテムの気配を探るように続けた。
「私たちは、こうして話すだけで構わないのです。戦う必要はありません。」
しかしその穏やかさの奥には、確固たる意思が隠されていた。アテムはそれを感じ取り、心の奥で微かに揺れる。
「…戦う必要は…ない…。」
アテムの声は小さく、問いかけるようで、同時に自分に言い聞かせるようでもあった。
「はい。現世の子ほど、私は厳しくありません。」
セトの視線は柔らかい。だが、そこには静かで深い熱が潜んでいて、アテムの心をじんわりと締めつける。
アテムは小さく息を吐き、ティーカップに口をつける。温かい茶が口の中に広がり、思わず肩の力が抜ける。
だが、その温かさの中に、前とは違う緊張が混ざっていることにも気付いた。
「王…あなたの目には、何かがありますね。」
「俺の目に?」
セトは微かに首を傾げ、優しく答える。
「あなたの視線が私を見つめる時、静かに迫る力があります。」
アテム少し、視線を下に落とす。
セトは微笑を抑え、そっとアテムの前に果実の乗ったケーキを差し出した。
「恐れることはありません。あなたを害すことはありません。」
その一言だけで、アテムの胸の中に、安心と不安が入り混じる。熱く、甘く、しかしどこか恐ろしい。
アテムはそっと顔を上げ、セトの目を見る。
「また…守られる、のか?」
「はい。ですが、それはあなたが選ぶことです。」
その声に、アテムの瞳が僅かに揺れる。選択はまだ自分の手の中にある。それを感じる瞬間、胸が強く脈打つ。
広間の空気は静かで、しかし密度の濃い緊張を帯びていた。
茶の香り、果実の甘さ、そして互いの視線。
全てが混ざり合い、現世でも冥界でもない、どこか夢のような時間を作り出していた。
アテムは小さく笑みを漏らす。
「…次は、俺の話でも、聞いてみるか?」
「勿論です。あなたの声を、私は待っております。」
セトの声には静かな優しさがあり、その熱はアテムの心にじわじわと浸透する。
その瞬間、アテムは漸く理解するのだった。
自らの意思で立ち、自らの意志で選べる安心感。そして、どこか甘美な恐怖。これこそが再構築の茶会なのだと。



広間には前回同様、果実と紅茶の香りが満ちていた。
アテムは前回よりも落ち着いて席に座る。ティーカップを両手で包み込みながらも、視線は自然とセトの顔を追う。
「今日は、現世の焼き菓子を少し取り入れてみたんだ。」
アテムの言葉にセトは小さく微笑む。
「なるほど…前回より彩りが増えましたね。」
見回したセトが軽く頷く。それから小さく笑った。
「あなたは、少し表情が柔らかくなりました。私が見逃すことはありません。」
「…まだ、油断は出来ないけどな。」
アテムの声には少しだけ余裕が混ざる。前回よりも自分を保てている自覚がある。
セトはその微かな警戒を意識して、静かに前に手を差し出した。
「恐れる必要はありません。私はただ、あなたの話を聞きたいだけなのです。」
その手は柔らかい温かさを伝えるものだと知っている。
アテムの手は一瞬迷うが、やがてそっと重ねられた。
「…セト。」
アテムの声は小さく、しかし決意を帯びていた。
自ら選んで手を重ねたのだと、胸の奥で確かめるように。
「では、今日はあなたが前回話せなかったことを、聞かせてください。」
「ああ…。」
アテムは深呼吸をして、自分の言葉を整える。過去のこと、迷い、そしてこれから進みたい道。少しずつ口に出す。
セトは黙って頷き、言葉を遮らず聞き届ける。
「あなたの思い、全てを受け止めます。」
その声の温かさに、アテムは胸の奥で小さく震え、安堵と甘さが入り混じる。
広間には、静かで落ち着いた時間が流れる。
今までの茶会で生まれた信頼が、少しずつ確かなものになっていく瞬間だった。
そして互いの視線や仕草に、言葉には出さなくとも「歩み寄り」が生まれているのを、それぞれが感じ取っていた。
「…次回は、もっと色々と話せそうだな。」
アテムの声には、自分から関係を構築していく意思が滲んでいた。
「はい。私も楽しみにしております。」
セトの微笑みは、静かで確かな熱を帯びていた。
茶会は静かに幕を閉じる。
だが、確かに変化は起こっている。関係の再構築はまだ始まったばかり。それでも2人の距離は、少しずつ確かなものになっていた。



広間には、今日も果実と紅茶の香りが満ちている。
アテムは自然に席に着き、ティーカップの縁に指をかけて静かに紅茶をすする。
視線は無意識にセトに向かい、しかしすぐに逸らす。
自分の心の動きに、まだ完全には気付いていなかった。
「今日は、俺の好きなのを増やしたんだ。お前にも気に入ってもらえるといいんだが。」
アテムの声は柔らかく、しかし内側に微かな熱を帯びている。
「なるほど…可愛らしいものがお好みなのですね。」
セトは色とりどりの菓子を眺め、マカロンを摘み上げた。
パステルカラーのふわりとした丸いもの。
その様子を見て、アテムは心のどこかがじんわりと温かくなるのを感じた。思わず笑みが零れそうになる。
「今、笑いましたね。」
「…いや…。」
アテムは咄嗟に口を噤む。セトに気付かれたくない微細な心の揺れを、セトはすぐに見抜いてくる。
「隠す必要はありません。私には、全てが見えております。」
その言葉に、アテムは少しドキリとする。見抜かれている、と同時に、守られているという安心感も湧く。
紅茶の香りと菓子の甘みの中、セトは静かにアテムに話しかける。
「先日の話の続きを、聞かせていただいても?」
アテムは少しだけ顔を赤らめ、指先でカップを握る。
「…ああ、少しずつな。」
「急ぐ必要はありません。ゆっくりで構いません。」
セトの声の優しさが、胸の奥をくすぐる。
だが、ただ甘くなるわけではない。セトは時折、軽く言葉の角を立ててくる。
「あなたはまだ、自分を縛り過ぎている。もっと自由に、素直になってもよろしいのです。」
「自由…簡単には出来ないさ。」
「私も不得手とする所です。共に練習でもしてみますか。」
アテムの頬が熱くなる。セトの柔らかい微笑みと、軽く挑発するような視線に、つい心が揺れる。
「そうだな。」
アテムは自分から少し、距離を縮める。
伸ばした指先がセトの手に触れ、軽く握られる。
「その反応は、実に面白いですね。」
セトが微笑ましいものでも眺めているように笑う。
「…別に、面白いものでもないだろ。」
小さく口を尖らせて抗うアテムを、セトは静かに見つめる。その瞳の奥に含まれる静かな熱に、アテムは知らず体を委ねそうになる。
茶会の時間がゆっくり流れる中、アテムの心は微かに変化していた。
守られる安心感、軽い挑発、そして、知らず知らず惹かれていく自分。
「今日は、これで終わりにしますか?」
「…ああ、また次回に。」
アテムは少し名残惜しそうに立ち上がった。
セトは静かに微笑みながら、軽く手を差し伸べる。アテムはその手を取り、ほんの一瞬だけ指先で絡ませた。
互いの距離感の中で、微妙な駆け引きと、まだ言葉にできない想いが交錯する。
茶会は終わるが、2人の関係は少しずつ、確かに変化していた。



何度目かの茶会の後。
アテムの胸の奥で、もやもやとした不安が渦巻く。
セトと過ごした時間は甘く、温かく、守られたものだった。だが、その温もりだけに頼っていてはいけないことも分かる。
自分の意志で選ぶ。自分の意思で行動する。まだ完全な強さではないが、確かに一歩を踏み出す覚悟が芽生えていた。
「話があるんだ。」
セトは、アテムの話なら既に把握していた。だからこそ、尋ねた。
「王、本当によろしいのですか?」
アテムは声を絞り出す。震えてはいるが、セトを見つめる瞳は揺らがない。
「…俺は、自分で選ぶ。今度こそ、お前と一緒に進む、と決めたい。」
話は分かっていた。だが、それでもセトは一瞬、驚きの色を浮かべた。そしてそれは、穏やかな微笑みとなり、アテムの目に映る。
「分かりました。あなたが覚悟を示す以上、私はそれをお守りします。」
「ああ、任せる。」
「私のものに、ではなく、私のもとに来てください。」
それは激しさではなく、甘美な誘い。
支配ではなく、共に歩む提案。
アテムは小さく頷き、目を閉じた。
まだ全てを許せるわけではない。だが、信頼して委ねてみようという意思が、静かに芽生えていた。
完全ではなくとも、自分の選択を示すこと。それは甘く、少し脆さも残る強さだった。
胸の奥でざわめく不安を振り切るように、深く息を吸い込む。
いつものように唇が落ちてこないので目を開けると、セトは微笑を浮かべて見つめていた。
「セト。」
セトの微かな笑みを見つめ、初めて安心して自分の心を預けられる気がした。
その意志が、2人の間に静かに、しかし確かに新しい関係の礎を築く。
関係が再構築され、心が繋がった瞬間だった。





夜の部屋に、静かな月の光だけが差し込む。
アテムの心臓は早鐘のように打ち、指先は僅かに震える。視線の先に立つセトは、力で抑えつけることはなく、ただ確かな、圧倒的な存在感で包み込む。
「怖がることはありません。ここにおります。」
耳元で囁かれる低く、柔らかい声が、胸の奥まで直接染み込むようだ。
体はまだ緊張しているのに、心の奥は抗えないほどに甘く揺れていた。
セトの手がそっと肩に触れ、ゆっくりと滑る。指先の力は絶妙で、強すぎず弱すぎず、アテムの呼吸を揺らすだけ。
心が張り詰めていたアテムは、思わず息を飲む。体は自然にセトの存在に寄り添い、その温度に警戒の壁が少しずつ溶けていく。
「もう、誰にも奪わせないと、約束します。」
それは強制ではない。言葉で、意志で、ゆっくりとアテムの心に触れていく。
「セト…それは…。」
アテムは戸惑いながらも、胸の奥に芽生える温かさを感じ取った。
「それは、あなたの思いによって、約束されるものです。」
手を取られ、肩に触れられ、視線を合わせる度に、心の奥に渦巻いていた不安が少しずつ解けていく。
そして、セトの柔らかな微笑みが、抗おうとする気持ちを静かに溶かしていった。
セトはその瞬間を逃さず、そっと手を伸ばし、アテムの手に触れる。
肌に触れたその温もりは、言葉以上に深く、心の奥まで届いた。
「安心してここに居ても、良いのです。」
静かに、しかし確かな意志を伴った声は、まるで体中を擽るように響く。
目を閉じると、温もりや力強さではなく、静かに心を満たす深い愛情が、身体の奥底まで広がるのを感じた。
セトは微かに笑みを浮かべ、髪や肩に触れ、存在を確かめるように指先を動かす。
一瞬ごとにアテムの呼吸や心拍の変化を感じ取り、その全てに応えるように、セトはそっと距離を縮める。
「あなたの全てを受け止めたい。恐れることはありません。」
言葉には激しさはない。だがその静かな力強さこそが、アテムを解放へ向かわせる。
身体はまだ緊張しつつも、心は完全に委ねる準備が出来ていた。
アテムは、自分でも驚くほど、自然に身体と心を預けてしまう。
指先の触れ方、肩の微かな力、吐息の交錯。
全てが、互いの存在を確かめ合う儀式のように、深く、長く、繰り返される。
セトは、力を使わず、アテムの心を揺さぶった。
そのセトの思いもまた、交錯していた。本当は塗り潰していたかった。しかし、アテムを自分に馴染ませるように触れた。
微かに触れるだけで、アテムの全身の感覚は鋭くなり、甘く、熱く、波が押し寄せる。セトがそれを見逃すことはない。
アテムは息を震わせ、目を閉じた。
抗うよりも、自ら身を預けることが自然に感じられ、心地良いということも、知り尽くしていた。
「セト…。」
信頼の深さが、過ごした夜の長さが、静かに身体を震わせ、甘さと微かな恐怖を混ぜた感覚を呼び覚ました。
顔を上げたアテムの瞳が語る。もっと強く求めろ、と。
セトはその全てを感じ取り、胸の奥の動揺を隠した。縛るのではなく、抑えるのでもなく、深く、アテムの心を掴もうとしていた。
しかし重ねた夜は、既に主導権をセトではなくアテムの身体に移していた。セトが触れる度に、アテムの快楽の記憶を刺激してしまうのだ。
濡れた瞳が、セトを捕らえて離さない。
「王…。」
また同じことを繰り返してしまう。それは再支配でしかない。
たが、セトを求めるその目に、微かな息遣い一つで呼び覚まされる支配の残響に、抗える筈がなかった。
小さくも熱い息を吐き、セトは首筋に噛みついた。
同時にアテムから吐き出される甘い吐息。
どうしても求めてしまう、セトが齎す激しい「快」。それは愛でも、服従でもない。もう、どうしようもない刻印のようなものだった。
夜が深まるほど、互いの存在だけで満たされ、言葉は殆ど不要となった。
ただ互いを感じ、身体が解け合う、甘美で、濃密な、激しい夜。
アテムは恐怖を「快」と誤認し、セトは「優しさ」を愛の証だと誤解して、その間では「快」と「優しさ」が絡み合い、再び境界が曖昧になり、溶けていく。
アテムの身体が、心が、堕ちていく姿を、セトは全て受け止め、見守った。

セトもアテムも、昼間は確かに穏やかで理性的で、互いに向き合おうとしていた。会話も丁寧で、互いに敬意すら感じられる。
しかし、夜になると、光が落ちて、静寂が訪れた瞬間。身体が嘘をつけなくなる。
それでも、以前のような支配とは決定的に違う。
そこには「互いの意思」と「未熟な赦し」が混ざっていた。






昼には理性と再構築。夜には本能と記憶の再演。
理性で築き、本能で壊し、また理性で繕う。
その繰り返しの中で、手探りで探す「支配の先にある何か」
夜が激しいのは、愛が壊れているからではなく、愛の形をまだ見つけられていないから。
見詰め合いながらも、互いの心はまだ、終わりなきまま『DREAM』
Page Top