夏休み期間、モクバは国内ではあるが出張に行くことが多くなった。
もっとも、毎日のように学校や仕事でどこかへ出ているので、オトモダチでも来ない限り邸内は変わらず静かなものだ。
恋人同士、そう言った意味で寝たのはアテムに少しの欲を見たからだ。
残暑厳しい夏の終わり頃。
アテムは、瀬人と共に相変わらず穏やかな時間を過ごしていた。
出勤前。瀬人はソファに腰掛けて報告書に目を通していた。
その傍ら、ソファに乗り上げて背中を預けていたアテムが言った。
「平和だ…。」
「どうした。」
「こんなに心穏やかで、幸せだなと思っていたんだ。」
何もないことが幸せなのだとアテムは言う。
何もない幸せ。それが分かるようになったのか。
王族として、王として、心休まることなどなかっただろうアテムが、何もないこの時間にそれを感じられるようになった。それはまるで人間で、瀬人にとってはこれ以上なく嬉しい変化だった。
知恵の輪を外しながら、更にもたれ掛かってくる。温かい。心地よい時間だった。
読んでいた書類を一旦閉じる。読むことも、判断することも後でいい。瀬人の処理速度は速い。
「お前はどうだ?」
既に攻略されてテーブルの上に落ちているパーツを摘み上げた。1つずつ、はめ直して行く。
とても幸せである。何と伝えれば良いだろうか。
「そうだな。」
「そこはもっと、別の言い方はなかったのかよ。」
「語彙が消えた。」
「お前が?そんな珍しいこともあるもんだな。」
「俺をなんだと思っている。」
「よく言葉が出てくる奴だなと。」
「良い意味でないのは分かった。」
バレたか、などと言いながら笑う。
ふざけている唇を奪い、窘めるようにいつもより長く口付け、更に深くを探ってみた。
アテムは一瞬驚いたように目を丸くしたが、それが甘いと分かるとゆっくりと瞼を閉じた。
力が抜けていく体やぼんやりする思考、ふわふわと浮いているかのような心地よさ。
「ん…ぷはぁ。も、苦し。」
苦しいと言いつつも、離れていく唇に、アテムはもっと、と思った。
もっと。何を。
「俺、なんか変だぜ。頭がぼうっとして、よく分からないけど。」
「そういうものだ。」
聞き慣れた筈の低音に、腹の奥底がきゅう、と締まったような気がした。
アテムが瀬人を見上げた。
瞳の揺らぎ、頬の赤み、呼吸の速さ。わずかな仕草が物語っている。アテムが自覚していようといまいと、そこにあるものは確かだった。
これは、欲だ。
瀬人のその驚きは、瞬きとなって表れた。
瀬人は瞬きが少なくじっと見つめる方なので、非常に珍しい。アテムが不思議そうな顔をする。
「瀬人?どうしたんだ?」
「…続きは夜に。ここで。」
「つ、つづ、続き、ってそれはその。」
「無理はさせない。」
瀬人が耳元で囁く。
「だが、夜…。」
「今でいいのか?俺としては今すぐに奪ってしまっても構わないのだが…」
「っ、ダメだ、それは…」
アテムは慌てて止めたが頬は赤いし目は潤んでいた。
「心の準備とやらが要るのだろう。」
「明日とか。」
「そこまで待てないのはお前の方ではないのか。」
瀬人の指先が、アテムの首筋を擽るようになぞる。思わず、ゾクリと身震いした。
夜に、続きをする。現代風に言い換えるなら寝るということだ。
何をするのかは3000年前に教わったので知っている。知っているからこそ待つ時間が恥ずかしかった。
男の体ならば熱の鎮め方も分かる。だが、今の体は分からない。こんな全身に広がるような熱の入り方など知らない。
欲しい。目の前の男が欲しい。と体が叫ぶ。これは女の本能だろうか。
「待て、ない。」
「それでいい。」
瀬人は囁いているのに、声がいつもより響くような気がした。
アテムと夜の約束をした。今夜、抱く。
瀬人は本社の最上階から童実野町を見下ろしていた。
人材は資源。それが海馬コーポレーションの前身。
あの後継者教育は、教育などと名をつけられているが虐待が正しい。
交渉術、権力者の嗜みとしての知識。人は欲望に最も弱いという考え方。
相手をどう扱えば支配できるか、どう与えれば従わせられるかまで叩き込まれている。
男女問わず相手を誘惑する、あるいは誘惑を受けても支配権を失わない、といった『実習』。実際に体験させることで、感情を切り離して扱え、という冷酷な『教育』。
瀬人はそれを、生き残るための知識、としてのみ理解し、心を完全に閉ざしてクリアした。快楽も情も感じず、これはただの作業である、と切り捨てるように学んだ。
そして利用のために仕込まれたその知識は、実際に不要なものであり切り捨ててきた。
普段は思い出すことすらない、忌々しい、踏みつけるべき過去。
アテムを過去に巻き込んだりはしない。扱ったりなどはしない、心で触れる。
あと半日。あの温かい体は、夜を思い熱を溜め込むことだろう。約束は違えない。ずっとそのように接してきた。
優しく、傷をつけずに、甘く包むだけ。逃げ場はせいぜいがこの腕の中である。
無意識に口元が吊り上がる。つかまえた、逃さない。と。
一方では魅せられて捕まっているのは自分もだと分かっていた。
目を閉じてゆっくり開けばいつもの海馬瀬人の顔。片付けなければならないことは、常に山積みだ。
シャワーを浴びたアテムは、いつも通り薄いパジャマに袖を通した。
何を着るのが正解なのか分からない。勿論それは女がどうすれば良いのかを教わっていないからだ。
まだ瀬人は帰ってきていないが、無人の部屋に入る。
ここで。
昼間の記憶が蘇り、再度全身が火照る。いや、違う。これは日中燻り続けていただけで消えていたわけではない。思い出したのではなく、思っていたのだ。
どこに居たら良いのだろうか。これからする事を考えれば寝室か、しかしそれはそれであからさま過ぎる気もするしどうなのだろうと躊躇する。
部屋の中をうろうろ行ったり来たりし、結局寝室に落ち着いた。もし、いつものようにここでこのまま眠ってしまえばこの熱も消えるのだろうか。
暫くすると人が入ってきて、瀬人が帰ってきたのが分かる。知らず、体に力が入った。
「アテム、来ていたのか。」
足音は真っすぐ寝室へ向かっている。なぜ分かったのだろう。
瀬人はいつでもアテムを見つけ出す。
「アテム。」
「お、かえり。」
「ただいま。」
瀬人は、アテムを優しく見つめ、様子を伺う。
アテムは律儀に準備を整えている様子だった。覚悟は決めたのだろう。
「シャワーを浴びてくる、もし怖ければその間に逃げればいい。」
逃げられるものか、とっくに捕まっている。アテムは思った。
「怖くない。」
このままでいる方が怖かった。
「そうか。」
瀬人は、いつものように頭をかき回して、行ってしまった。
戻って来たら、そうなるのだろう。今ならまだ、逃げられる。
けれど、きっと、瀬人は待っていた筈なのだ。
男の体のことやそれに付随する気持ちならばアテムにも分かる。それに、触れ合いを求めていなかった訳ではない。
本当は、怖くないは嘘。多分それも見抜かれていることだろう、心理戦などはお互いに得意とするところだ。
それでも触れてくるのなら、大丈夫だと言うこと。
めちゃくちゃな男だが、無理なことはして来ない。強引に何かをされたこともない。全て。だからこれも、同意の上で、アテムも願ったからに他ならない。
自分がそれを願った。
そんなことまで考えてしまい、顔だけでなく頭の中が熱くなった。1人でこんなことを考えていても良いことなど何もない。
水の音が聞こえる。瀬人は何を考えながらシャワーを浴びているのだろう。
暫くして、瀬人がバスルームから戻って来た。
躊躇うことなくアテムの元へ。うろうろしていたアテムとは違い、何の迷いもない。そのままベッドに腰掛ける。距離はとても近い。先程までシャワーを浴びていたからだろうか、体温をいつもより感じる。
「間接照明。」
証明が落ちて、寝室に2人きり。
アテムは自分の鼓動が聞こえているのではないかと思うほどに緊張していた。
瀬人はアテムを抱き締めると、そのまま共にベッドへ倒れ込んだ。腕の中で硬直しているが、アテムの体は確かに熱い。体は、待っていたのだ、と瀬人に教えた。
瀬人がパジャマのボタンを1つずつ外していく。
「待て。そんな、いきなり。」
「心の準備は?」
「したさ。」
「ならば問題なかろう。」
違う。帰ってきてから、まだ、キスの1つもしていない。
体は完全に覆われて逃げることは出来ない。
「瀬人。」
それだけで意図を察したように降ってくる唇。
いきなり深く口付けられて一気に熱が広がった。今日、ずっと待っていた。
熱い舌が口内を犯す。舌先、上顎、歯の裏まで。朝のより、ずっと深い。
アテムは溢れる唾液を気にもとめず、夢中で舌を追いかけた。
「ん、…ん、ふ…」
どことも分からないが、じわじわと疼いている。
瀬人がアテムの目を覗き込めば、トロンとして、潤んでいた。
「まだ。これからだ。」
「お、お前も脱げ。ずるい。」
「分かった。」
シャツを脱げば惜しげもなく晒される逞しい体。そこには古い傷がいくらか見受けられる。
生い立ちは知っている。だが、それらを憎いとも悲しいとも思わない。これは彼が彼になる証だから。
「今日に限っては、いつもの薄着も悪くなかったな。」
「言ってくれればパジャマにしなかったのに。これでも悩んだんだぜ。」
「冗談だ。」
「こんな時に冗談なんて言うなよ。」
笑う吐息が首筋を擽る。
「緊張を解そうと思ったのだが。」
耳元で喋るな。と抗議をしたら耳を齧られた。
熱い口内、舌、水音全て。それらは全て、まるで頭の中にまで響いてくるようだ。アテムはギュッと目を閉じて、必死に耐えた。
「耐えるな、声を上げてみろ。楽になる。」
「声?」
「目も口も、そんなに力を入れていては保たんぞ。」
隣に並んで寝転んで、笑われた。
いつもの距離に、アテムにも少し余裕が戻る。
「大丈夫だ、多分。」
「多分、か。…珍しいな、夜に下着を着けているのか。」
「何を着たらいいか分からなかったんだ。」
寝る時に楽だから、夜には下着を着けない。
それは瀬人にとっては時折目のやり場に困るところでもあった。
「…これも外してしまうぞ?」
「待っ、たなくて、いい。いい、心の準備はした。」
外気に晒される小ぶりな乳房。体も細くて抱き心地もきっと良くない。
手を出してこないのはそう言った理由かもしれないと思ったこともあった。でも、そうではないのだろう。瀬人は、いつでもアテムを待っている。
肩、首筋、胸、腹、腰、太腿、瀬人の手が探るようにあちこち触れていく。リーチが長いからか届かない所はない。
胸元に顔を埋め、その膨らみを柔らかく喰まれ、撫でられているのか揉まれているのか分からないくらいに優しく触れられている。
指先が胸の飾りを掠めると頭がじんと痺れた。ついでとばかりに舐められて、思わず声が漏れた。
「あっ…。」
片方は舌で、片方は指先で弄ばれれば思わず体がぴくりと跳ねる。
そのまま鳩尾や脇腹を甘く噛まれて呼吸が乱れる。
「っ!」
思わず仰け反ると、喉元に噛みつかれた。痛くはない、甘く喰まれ、舌が這う。全身を食べられているような、そんな錯覚に陥る。熱が、上がる。
それでも、まだ熱を上げられるだろう、とばかりにまだ触れていない場所を探し出しては食べられる。
「んっ、瀬人…」
散々体中を散らかした手は、腹の上を辿り、下腹部へ触れた。
「そこ、は」
足を閉じて隠したかったが、何故か力が抜けていて僅かに動いただけだった。
指先が割れ目をなぞるとまたあの感覚だ、腹の奥底が締め付けられるような。
瀬人の指先の感覚では、濡れ始めてはいるが溢れて来ているという程ではない。
「これをを使うか。」
瀬人がボトルを引っ張り出す。
それの用途が何なのかは分かる、多分間違ってはいないだろう。3000年前に教わった。だが、それは何となく嫌だった。
女の体なのだ。この体は、瀬人を受け入れられる筈なのだから。
「それは嫌だ。要らない。」
「だが…。」
「それでも嫌だ。」
思ってもみなかったアテムの抵抗に瀬人は面食らった。まさかここで抵抗されるとは。
しかも、お前だけを受け入れたい、などと言う。
この無意識無自覚は、理性を破壊するつもりか。瀬人の方も体温が上がるような心地だった。
「もし痛みがあればすぐに言え。」
「痛いのなら平気だ。」
「アテム、痛みなど要らないんだ。」
あの綺麗な指先がソコに触れている。そう思うだけで期待と恐怖に心が騒ぐ。
ゆるゆると撫でていた指先がツプリと入口を広げ挿入って来た。
「痛くはないか?」
「…ない。」
痛いのか何なのか分からない。異物感はある。
「すぐに慣れる。」
「んっ…。」
体中に唇の雨を降らせながら、それは時折唇に触れてアテムは必死で離すまいと追いかけた。
挿入された指は徐々に深く沈んでいく。何度か指を出し入れされるごとに、徐々に水音が聞こえてきて、頭が熱くなる。グチグチと響くそれに耳を塞ぎたくなったが、手はシーツを掴んで離れない。
「奥、が。んっ、はぁっ…。」
「奥まで触れられるかもしれんな。指は長い方だ。」
奥まで。
腹の奥底。朝からきゅうきゅう締め付けられていたあの場所にも届くのだろうか。
瀬人の長い指は念入りに入口を広げ、奥までも広げていく。指の数を増やし、内側から腹を叩き、善い所を探す。
傷を付けないよう、細心の注意を払って押したり、擦ったり、指を曲げて、指先の感覚とアテムの表情を注意深く観察して、そうと思しき場所を見つけるとその付近にも触れて快感を広げていく。
「ぅ…ゃ……。」
「全て受け入れてしまえ。」
指が、カードを操るあの綺麗な指先が中に触れている。それを考えてしまうとアテムは息も上がってしまい、されるがままに身を委ねるしかなかった。
自覚はないがどこか背徳的なその状況に興奮しているのだ。
背中からか腹からか、ゾクゾクと何かが登ってくる。
「や、もう、いい、助けて…来る…。」
「安心しろ、怖くない。」
アテムが音を上げる頃には、体を開かれ、すっかり受け入れる準備がなされていた。
上がった息を整えていると物音がして、瀬人が下を脱いでいるのだと分かる。
ついに、1つになるのだ、と思うとドキドキして顔を見れない。
それでも怖いもの見たさで様子を伺うと、ゴムを被せている所を見てしまった。
男だったから分かる。オベリスクだ。これ多分、とてもでかい。受け入れられる筈の体ではある、だが。
ぎょっとして思わず顔を見てしまい目が合った。
「無理だ、そんなの…入らない。」
「それならば次に持ち越せばいい。焦る必要はない。」
瀬人は優しい。ここで止めるなんて出来ないのは知っている。それにアテムの方も、驚きこそしたがもう決めていた。
「…大丈夫だ。来い。」
瀬人の指先が再度入口を確かめ、その先端が触れる。
「力を入れられると挿入れないではないか。」
笑いながら、またキスをされる。甘くて重くて蕩けそうなキス。
アテムがキスに夢中になっている内に、瀬人は挿入を開始した。
緊張もあるのだろうが、初めてのアテムの入口はキツい。きっと痛みもあるだろう。が、瀬人はゆっくり奥へと進める。
「うっ、く。」
「顔を見せてくれ。」
「や、だ…。」
「それは残念だ。」
唇、頬、鼻筋、と口付けていくと顔を覆っていたアテムの手は素直に退いていく。瞼、額へと辿り着けば何かに耐えているような顔をしていた。
首筋に顔を埋めてアテムの匂いを吸い込む。瀬人にとってはとても強烈に惹かれるもの。甘い、花が綻ぶような香りだった。
柔く噛みつき、舐め上げると擽ったそうに身を捩る。薄着でも隠れる所、胸元に吸い付き、1つだけ痕を残した。バスルーム辺りで発見して思い出せばいい。
思う存分にと言うのなら全身余すことなく残してやりたいくらいだったが、流石にそれは次回以降に取っておくことにする。
その辺りの、要するにマニアックな部分については、今日のところはアテムに合わせてハードルを低く設定している。理性との戦いはあるが流石に全力で挑んだりはしない。これはゲームではないのだ。
入口から半ばまで、何度か動いて動きに慣れさせれば、何かが剥がれ落ちるように徐々に甘い声が混じり始めていく。やはりアテムが頑ななのはある一定のラインまで、その先は違う。
「あ、っん、…瀬人。瀬人っ…ぁっ。」
快感を得ている証拠の甘い声。
名を呼ばれるだけで更に熱くなる。今日は煽られてばかりだ。
「奥まで、挿入っても?」
「まだ、奥に…っ?」
「半ばといったところか。」
アテムも初めは苦しかったが、順応性は高い。力の抜き方も分かってきた。
全身で瀬人を受け入れる、それは決めていた。
「…来て、くれ。」
瀬人は熱い息を吐き出し、腰を掴むと一直線に、しかし傷付けぬようゆっくりと奥へと挿入り込んだ。
「あっ、待っ…んっ、ふぅっ…あぁっ!」
その質量の分と言わんばかりにアテムが大きく息を吐き出し呻く。
薄っすらと開かれた欲の揺らめく紅い目はやはり美しい。
最奥を突かれた衝撃か、アテムは小刻みに震えている。それが落ち着くのを待ち、少し間を置いてからゆっくりと揺らすように律動を開始した。
動けば、入口は狭いのに、入れば奥まで来いと体は言う。
今かけるべき言葉が見当たらない。
「アテム。」
「ああっ、深いっ、ん。んっ…ぁ…。」
「アテム…。」
開かれた体は快感を拾おうと揺れている。なんともいじらしい。
だが、達するにはまだ未熟すぎる。
浅く、深く、犯しながら、陰核を指で指先でなぞる。撫で、擽り、時には押して。
中だけ、ではまだ早いだろう。男の名残りであるそれは、ぷくりと膨らみ、また一際大きく体が跳ねた。
「やっ、やめ、だめだ、そこは、あぁっ!」
この感覚に似たものを知っている。
そこを触られる度に強烈な快感が走り、アテムの体は無意識に中を締め付け、ピンと足の指先まで伸びた。
身を捩り、逃げそうになりながら、それでも外からの直接的な快感と、内側から湧き出す淡い快感。抗うことなくそれらに溺れ、喘いだ。
正しくそれは欲。縋るように瀬人の背中に立つ爪の感触、息遣い、汗で貼り付く前髪。全てが愛おしい。
だんだん動きが激しくなれば、アテムはもうされるがままに揺さぶられているような気分だった。奥まで、余すことなく触れられている。何も分からない、ただ、気持ちいい。
「はぁっ…、きもち、いっ…瀬人…」
ぼんやりする視界の中で瀬人を見上げれば、瀬人の方も心地よさそうな顔をしていて、胸が温かくなるのを感じた。
水音と、肌のぶつかる音、瀬人の吐息。それらを感じながら、何かがせり上がってくるのを感じていた。
「あっ、も、ああっ!はっ、あ…何かが…」
一瞬、意識が、白くなる。何も考えられない。何かが、来る。
「あ、んーーっ!」
アテムは声にならない悲鳴を上げて、一瞬全身を強張らせ、吐息と共に弛緩した。
中は、断続的に締め付けられている。
瀬人は恍惚とした顔のアテムを眺めながら、自分も奥で爆ぜたのを感じていた。
引き抜けば、破瓜の血が僅かにパタリと滴ったが、決して多くはなく、傷はなさそうだと安堵する。
そっと頬を撫でると、放心したような表情が瀬人を見上げた。恐らく何も考えてはいまい。全ての思考や情動が消え去る、オーガズムとはそういうものだ。
「…瀬人?」
「痛みはないか?」
「ああ。どこにも。」
甘えるような緩んだ微笑み、潤んだ瞳。それらが愛を告げている。
頭を掻き混ぜて、並んで横になった。
アテムは腕の中で既にうとうとしている。ピロートークは出来ないだろう。
「瀬人…。」
「どうした。」
「俺はやっぱり、幸せだ。」
「俺もだ。」
「いつか、お前と、子を…成すのだろうか…。」
未来を語るその表情はとても穏やかだ。
まだ愛し合うようになって長くはない。暫く、どころか永久に2人でも構わないと瀬人は思っていた。だがアテムが望むのなら話は別だ。
「そうかもしれんな。」
「そうなれば、きっと、嬉しい…。」
いつかの未来で、アテムが子を産む。
もしその時が来るとしたら、自分が子煩悩になるだろうとは想像に易い。いっそアテムの方がしっかりしているかもしれない。
細く柔い体を腕に抱き、言葉を零しながら眠りに落ちていくアテムを眺めていた。起きた時には覚えていないだろう。言葉は覚えていなくても構わない。
それらはアテムの本心として、胸の内にあるものだ。
幸せであるとアテムは言った。その姿を見られることが幸せだった。
伏せてしまった瞼にそっと口付ける。反応はない。
幸せな2人を邪魔するものはなにもない。
そんな、夏の終わりのある夜の話である。
それからは、時に体を重ねるようになった。瀬人から触れる時もあれば、アテムから誘う時もある。
勿論カードを広げたまま眠るだけの時もある。
2人を包む雰囲気がぐっと近く、幸福なものに変わったのを誰よりも喜んだのが磯野だったことは誰も知らない。
