海馬瀬人結婚秒読み報道の熱も冷めやらぬ中。
海馬邸を訪れたのは城之内だった。
「今日は1人か?珍しいな。」
1人で来るのは遊戯と杏子くらいなのでとても珍しい。しかも瀬人との仲は良いとは言えない。顔を見れば片や喧嘩腰、片や態度が悪い。
一応命の恩人である筈なのだがそんなことは2人とも頭にないに違いない。
「コーヒーか?砂糖とミルクたっぷりの。」
「ああ。いや、外は暑かったからな、冷たいコーヒーにしてくれ。」
ディスプレイを表示させ、通信先を選択する。
「城之内くんが来てるんだ。今日はアイスコーヒーで頼めるか?」
「城之内様ですね。ではミルクとシロップをたっぷりお持ちしましょう。」
「頼んだぜ。」
「お前がテクノロジー?を使いこなしてるのはやっぱり慣れねーな。」
「すごく便利なんだ。折角用意してくれたんだし使わない手はない。」
メイドが飲み物と軽食、お菓子を運んでくる。
本当に至れり尽くせりだ。
城之内がサンドイッチを摘み、理由のわからない量のシロップやミルクを入れたもはやコーヒーと言えるのか分からない飲み物を飲む。本当に暑かったのだろう、一気に飲み干した。
「おかわりはどうだ?ポットで置いていってくれたけど。」
「気が利くぜ、ありがてえ。」
暫くは取り留めのない話をしていたのだが、急に城之内が渋そうな顔をした。
「アテム。ここ出ろよ。俺の所は駄目でも遊戯の所なら大丈夫だろ?」
「いや、俺は出ないぜ。ここに居るって決めたからな。」
ここに居る。ずっと隣に居るのだと決めた。
「でもよ、海馬のニュース知ってんだろ?あの海馬の嫁さんだぜ。上手くやってけるとは思えねーんだよ。」
「それなら心配ないさ。」
「会ったことがあるのか?」
「あるというか、その、なんというか。」
アテムが目を泳がせる。
それは自分です、と言えば済む。どうやって伝えようか。恥ずかしい。
思案していると両肩を摑まれた。この手じゃない、と無意識に身を捩る。どうしよう。
「城之内くん、落ち着いてくれ。」
「落ち着いていられるかよ。」
「本当に大丈夫だから。」
情報はアテムの好きなタイミングでオープンにして良いと言われていた。
本田だって気付いているような素振りだったし、遊戯や杏子はプロポーズされたことまで知っているし。
決まりだ。隠し事はなしだな。
アテムは顔を上げて真っ直ぐに城之内を見据えた。
「大丈夫。大丈夫なんだ。俺が今から言う事を、落ち着いて聞いてくれるか。」
真剣な様子のアテムに、城之内は居住まいを正す。
「分かった。一体、何だ?」
「あいつの相手は…俺なんだ。」
「は?」
ポカン、と城之内が口を開ける。数秒置いて理解が追いついたのか、はぁーっ!?とびっくりされた。耳が痛い。
驚く城之内に、とりあえず知っていそうな人以外には内緒だ、と釘を差してみたが聞いているかどうかは定かではない。言い触らしたりはしないだろうが心配だ。
「駄目だ駄目だ。あいつ、お前のこと束縛して外にも出さねーじゃないか。」
「束縛しているのは俺だし、外に出ないのは、暑いからだぜ?」
事実である。アテムは嫉妬もするし束縛もする。
そして夏の初めに湿度にやられたことで、日本の夏を警戒していただけなのだ。
「分かった、言わされてるんだな。」
「俺を信じてくれ。」
「はいそうですか。って信じられるかよ。海馬だぜ?」
「ああ、あいつだから大丈夫なんだ。」
見れば、アテムの左手薬指には指輪が。
ワイドショーで散々アップにされていた瀬人の手にあったものと似たそれが目に入った。顔が引きつる。
「凡骨が来ているのか。アテム、渡すものがある。入るぞ。」
「ああ。」
瀬人にはタブレットを2台、頼んであった。
こないだマハードから連絡が来た時に、何故かイライラした様子のセトから頼まれたからだ。
「翻訳機能はつけた。アレと違ってあの師弟が使えるかは怪しい、機能の初期設定は通信程度だ。もし使えるのならば設定をいじれば通常のものと変わらず使用出来る。最終確認をしておいてくれ。それが済んだら送る。」
「もう出来たのか。助かるぜ。」
「ふん。俺を誰だと思っている。」
「ありがとう。」
この2人が、結婚するだと?
城之内はパニックに陥っていた。
見果てぬ先まで続く闘いのロードが、ただの仲良し夫婦になるだと?
だが、今さっき自分の目が確かなら。アテムから瀬人に触れていたのだ。しかも、にこにこと嬉しそうに。
部屋を出ようとする瀬人を城之内が引き留めた。
「ちょっと待て海馬。今ちょーどお前の話をしていた所だ。男同士の話をしようぜ。」
「俺は忙しい。貴様に付き合っている暇はない。」
「まあ聞け、いいか、アテムは嫁にはやらん。」
城之内がフンッと腕を組んで睨みつけるが、瀬人の反応は非常に薄い。
「貴様、知らなかったのか。」
ただそれだけだった。
現代風に言う、煽ったりすることもなく、態度が悪い風でもなかったので、アテムは内心ホッとしていた。
この2人の会話など、いつ口論に発展するか分からないし収拾がつかないので落ち着いていられない。だがまだ油断は出来ない。
「なんでだか城之内くんだけ知らなかったみたいで。それでさっき話したんだけど、信じてくれなくて。」
困ったな、とアテムが指先で頬を掻く。
「そうか。だがこれは俺とアテムの話だ。貴様の許可など不要。」
「いーや!あんな騒動起こしておいてよくそんな事が言えたもんだぜ。」
これもまた、冥界から戻った時と同じである。祭の時もそうだが、何故か全て瀬人のせいになってしまうのだ。
しかもこれは、口論に発展する気配がしなくもない。
「城之内くん、あれは俺が起こしたようなもので…。」
「お前は何もしてねーだろ。仮にだ、仮に付き合っていたとして、仮にだぞ?」
「言いたいことがあるのなら簡潔に言え。」
「今のニュースはアテムを不安にさせるだけだろーが。自分の恋人が結婚秒読みだとか騒がれて、相手について勝手にアレコレ名前が挙がって、気分のいい筈がない。試してんのか?」
「試す必要などどこにある。」
この騒動はアテムが起こした。
試したのは、自分の方だったのだろうか。杏子が言っていたような、彼は自分以外の誰のものでもなく、そんな彼は自分を選んだ。そういう思いは形を間違えたのだろうか。
心が繋がっている証。自分のものである証。
思わず、瀬人の手を握った。
「瀬人。」
「せっ…!(せとぉぉぉ!?そういやそんな名前だったなぁ!)」
アテムの頭の上、見えていない場所で瀬人は城之内を睨みつけて黙らせた。
普段、アテムが人前で瀬人のことを名前で呼ぶことはない。2人、もしくはモクバの前でだけだ。
瀬人としては、要らぬ事を口にした城之内に対して言い返してやりたい気持ちは山々だった。
だが、優先すべきは勿論アテムだ。
「このくらい、可愛い我儘だ。」
アテムには我儘を言うことと試すことの違いは分からなかった。
だが、瀬人の様子はどこも困った風ではなく、いつも通りの優しい雰囲気で。だからその言葉を信じて小さく頷いた。
「…分かった。」
「我儘など、お前の好きなだけ言えばいい。俺はそれを全て叶えよう。」
そう言って頭を撫でる。
見たこともない優しい目、聞いたことのない甘い声色。威圧されたわけでもないのに、城之内はゴクリと唾を飲み込んだ。呑まれている、とはこういうことか。
場の制圧が完了したと判断した瀬人は、冥界宛の荷物の発送準備のために部屋を出た。
城之内も孔雀舞と進展でもあればまた違った反応なのだろうに、オトモダチにも困ったものだ、と心の中で溜息1つつきながら。
瀬人のアテムへの甘い様子は、遊戯ならば散々見せつけられていたのだが、城之内がそれに当てられたのは初めてで、復活には少々時間を要した。
夢にも思わなかった取り合わせである。
しかも、遊戯同様、禁断の道に足を突っ込みそうになったのだ、あの天敵、海馬瀬人相手に、である。無理もない。
「…アテムが良いならもう俺は何も言わねぇ。多分。」
「多分なのか。」
「でも、海馬が嫌なことしてきたら俺がぶっ飛ばしてやるからな。」
「うーん、気持ちは有り難いが、あいつ強いぜ?」
「喧嘩なら負けねー。任せとけって。」
「そうじゃなくて、実践的というか。俺の見立てでは相当腕が立つ。」
事実、王宮の兵士は瀬人に返り討ちにされた。双方訓練を積んでいるあれは喧嘩ではなかった、危険だ。
「それはそれで心配だ。手籠めにされたり、してないよな?」
「そんなことをするやつじゃない。」
「そうか?」
「誤解しているかもしれないがあいつは優しくて…」
城之内としては、もう妹が心配になるような気持ちになって来ていたのだが、惚気で返されては何も反論は出来ない。
妹のそういう話など聞きたい筈もなく、どうしていいか分からなくなった。
その日はアテムから受けるダメージが一番大きかったのだが、怒涛の口撃を止める方法もなく、ゲッソリ疲れたのは言うまでもない。
カップルの事情に口は出さないぞ、多分。と心に誓ったのだった。
「確認終わったぜ。分かりやすいしこれで問題なさそうだ。」
「触れば本能的に理解できるよう設計してあるからな。」
キューブを片手に手元のパネルを操作すれば、何もない空間に穴が現れる。
「こんな狭い所、あの乗り物で出入りしてたのか?」
「まさか。改良を重ねるのは常。最終的には門の構造に設計した。通るだけだ。」
もちろん並々ならぬ自我、意識レベルは求められるが。
今回はタブレット端末をアレの机に置くだけなので小さな穴程度で充分。
物質の転送は実験済み、成功して実装させ、冥界に居たアテムに物量作戦とばかりに次々色んなものを送ったので慣れたものだ。
頼まれていた物だけ差し入れて穴を閉じた。
「これで届いた筈だ。」
繋いであったディスプレイでアテムがセトに確認をする。
「セト、届いたか?」
「届きました。これで、これで仕事が出来る。」
貸し出していた間は測量、集計、その他が手作業だったのだとセトがぼやく。
ご苦労なことだ。と瀬人は思った。
どう控えめに見積もってもオーバーテクノロジーだが、使いこなすポテンシャルも毛嫌いせず取り入れる姿勢も評価は非常に高い。
更に周りも人もよく見えていてかなり働く、現世にいたら間違いなくヘッドハンティングの対象だ。
「王、マハードはとてもありがたく…」
「画面を触れば使い方は自ずと知れよう。ただし仕事に支障が出るようなら使用制限をかけて減給だ。さあ受け取ったならさっさと出ていけ仕事の邪魔だ。」
画面からマハードが追い出される。
積み残っている仕事に着手するからと向こうから接続が切れた。
師弟を呼び出す機能くらい初期設定に入れてやっても良かったかもしれない。マハードも真面目といえば真面目である、多少は働くだろう。
あいつめっちゃ働くぜ。とアテムが独り言を漏らしたのに、人のことは言えないが同感だった。
