女神の褒賞10

安全地帯


アテムが現世へ戻ってきて、再び生の続きが始まって1年以上が過ぎた。
1年前の、女になったので彼氏の家に住んでいる。というアテムのいい加減な発言は嘘から出た真となっていた。
瀬人は本当にアテムの彼氏になったのだ。
「瀬人。」
「どうした?」
「その…なんでもない。」
「そうか。」
所謂呼んだだけ、というやつだ。瀬人も分かっているしアテム可愛さに文句など1つもない。
思いが通じ合った翌日から、アテムは瀬人を「瀬人」と呼んでいる。いつか一緒になる時に「海馬」とは呼べないから、赤くなりながら名前で呼ぶのだと辿々しく伝えた。
そんな言い訳じみた事を言いながらも、これは独占欲から来るもので、要はアテムは瀬人の名前を自分だけが呼びたいだけでもあった。

初めて「瀬人」と呼んだのはやはり瀬人の部屋で2人の時に。
ホワイトデー翌日に、朝から瀬人の部屋を訪ねたアテム。まだ信じられない心地もあったが、腹は決まっていた。
「今日は早いな、どうした。」
「おはよう………瀬人。」
瀬人は何度か瞬きをしたものの、すぐに口元に笑みを浮かべながら答えた。腕時計を着けながら、昨夜と変わらない穏やかなトーンで。
「おはよう、アテム。」
その口調と同じく、穏やかな朝だった。
アテムの鼓動以外は。
「決心はついたぜ…瀬人。今日を逃すと多分後がない。俺は、お前と一緒になるんだからな…。その時には俺も海馬になっている。」
顔は赤いのに、目付きだけは挑むようなものだった。
決心はついているのだろう、アテムには覚悟に対する強さがある、瀬人はそれを何度も目にしてきた。だが、それは戦いの場において、とも言える。
アテムが名を呼びたいと願うなら、それを叶えるのみ。助け舟など勿論いくらでも出す。
「いつでも、好きなタイミングで良いのだが。お前に名を呼ばれるのは喜ばしいことだ。」
「…瀬人。」
「平時、俺の名を呼ぶ者は居ない。」
瀬人が『瀬人』と呼ばれることなど、せいぜいが命を狙われた時ぐらいである。
例えば王国へ向かう空の上、一歩間違えば死んでいるが、冷静な判断力や反射神経、環境利用能力はずば抜けている。基本的には返り討ちにしている。
「瀬人。」
「なんだ。」
身支度の整った瀬人に隙はない。
頭の天辺から爪先まで。指先、爪の先まで綺麗に磨かれ、手入れされているのを知っている。
爪が綺麗だ、と言ったらネイルケアに誘われて、一緒に磨かれて、爪がピカピカになった。以来、爪の手入れをする時は声をかけられるようになり、今ではアテムも常に綺麗だ。
目の前の完璧な男は恋人であり唯一の相手である。見れば見るほど、このイケメンが!と八つ当たりしたくなる程度にはドキドキしていた。2人で居るだけなのに。
ふと、杏子の言葉が蘇る。顔は整ってるし背は高いし頭はいい、海馬コーポレーションの社長で、日本、アメリカでも人気。
アテムも記憶力は抜群に良いのだ、1年前の話だろうと意識すれば瀬人に関する記憶などいくらでも引っ張り出せる。
そして敵は多いらしい、世の中の女が落ちまくるというのだから。
そんな自分の恋人、将来を誓った相手。
それらの事実まで思い出せば内心穏やかでは居られない。
小さく呟く。
「お前は、もう俺のだ。」
アテムの嫉妬は常に丸出しである。それが言葉になっただけで、瀬人にとってはいつものことだ。表面には出さないが、アテムが今日も可愛い、に行き着いている。
瀬人はアテムの手を取って、じっと目を見つめて言った。
「初めからずっとそうだ。俺が愛するのはお前だけだ。」
「愛っ…!もう、朝から、恥ずかしい奴!この…」
このイケメンが!
「単なる事実だ。心配するようなことは何もない。行ってくる。」
いつものように頭をかき回して、瀬人は出掛けて行った。自分も好きだ、とは言い損ねてしまった。

勿論呼ばれる瀬人としてもそれは嬉しいものだった。愛する者の名を呼び、愛を囁き合うことが嬉しくない筈がない。
そこに嫉妬や独占欲がしっかりと見えるものだから、より一層アテムが可愛く見えるのも当然である。
アテムは『瀬人呼び』を、基本的には海馬兄弟の前でしか見せない。何を恥じらうことがあるのかと瀬人は思ってはいるが、そこはアテムの好きにするところであるので何も言うことはしない。
モクバも、当然関係性の変化には気付いた(実際にはホワイトデーの夜にぼんやり歩くアテムの顔を見て気付いていた)が、特に何か言うような事はなかった。ただ、同志である杏子にだけこっそり教えてやった程度だ。





復活祭をしよう。
そんな理由のわからないことを言い出したのは城之内からだった。
集まるために理由など要らないのだが、その方が盛り上がるのだそうだ。
広く、設備は整っていて、至れり尽くせり。家主に以外は文句などない。本当は家主にも文句はないのだが、城之内が瀬人に対して喧嘩腰になるのは癖のようなものであり、そしてそんな城之内に対して瀬人の態度が悪いのもいつもの事だ。
アテムとしては、見慣れたものではあるがそろそろお互いにやめればいいのに、と思っていた。それは当人達以外同じである。本当は当人も面倒なのだが、癖と言うのは中々抜けないものである。
「オトモダチが来たようだぞ。」
システムから連絡が行っているのだと思っていたが、実はそうではないようで、足音や話し声で誰が来たのか分かると言う。
そういえば去年、杏子にミュージカルのことを話していた時も、遊戯が来るのを察知したように色々片付けていたなと思い出す。
「なんだ、奴らめ俺の部屋に来るつもりか。アテム、早く部屋へ戻れ。」
「いいじゃないか。一緒に復活祭ってのに混ざれば。」
「俺が混ざると思うか?」
「混ざれるとは思うぜ。」
「混ざらん。やることがある。そしてこの部屋にも入れん。出るぞ。」
瀬人はアテムの肩を掴んで部屋の外へ連れ出した。
「おい、海馬ぁ!またお前はアテムに何してる!」
「俺が何をしたと言うんだ。」
小さな体は引かれれば簡単によろけて城之内に奪われて、それを遊戯が引き剥がすのはいつもの流れだ。
「城之内くん、俺は別に何もされてないぜ?」
「そういうこと。それにアテムは女の子なんだからそんなにベタベタ触らないでよね。舞さんがベタベタ触られてたら可哀想でしょ。」
「いつまで経っても凡骨は凡骨だな。ではアテム、後ほど。」
「悪いな、折角の休みなのに。」
「気にするな。」
瀬人がアテムの髪を軽くかき混ぜて去っていく。この手だ。城之内とも遊戯とも違う大きくて優しい手。
きっと研究室に向かったのだろう。少しだけその背中を見つめ、アテムの部屋へ向かった仲間を追いかけた。

復活祭とは言ったものの、やることはいつもと変わらない。
近況報告をしたり、ゲームをしたり、くだらないことで笑う。
変なのは相変わらず城之内がコーヒーに意味不明な量の砂糖やミルクを入れていたことくらいだ。初めからカフェオレにすればいいのに、わざわざそんなことも言わないが。

遊戯は、どこかそわそわした気持ちがどうしても消えなかった。
バレンタインの時にしてやられたのがまだ響いていて、久しぶりに瀬人の顔を見たものだからこの生殺しにピリオドを打ってほしかったのだ。
「ボク、海馬くんの所に行ってこようかな。」
もう直談判と言うやつである。バカップルに付き合わされ、いいように使われるのは懲り懲りだった。
「急ぎの用か?そうでないならやめといた方がいいぜ。」
「誰のせいだと、まあ、キミは悪くないんだけど。」
いや、よく考えたら悪くないこともない。傍迷惑なバカップル両成敗というやつだ。
「あいつ、研究室だから多分仕事だ。邪魔は出来ない。」
「休みじゃねーのか。」
「大抵いつも仕事で、息抜きくらいしかしてないんじゃないか。あいつ、めっちゃ働くからな。」
「…それなら邪魔できないね。」
「あいつはデュエルするか仕事するかしかしてねーのかよ。アテム、やっぱこんなとこにいても暇だろ?俺は独り暮らしだし来ねーか?」
「それは出来ないぜ。俺はここに居るからな。」
アテムは柔らかく微笑んでその申し出を断る。幸せそうに、目を輝かせていた。
その表情に、遊戯は確信した。ここにいる何かしらの確固たる理由が出来たのだな、と。つまりそれは目下悩みのタネであった2人の仲が進展したということだ。
その瞬間、そわそわした気持ちは霧散した。代わりにアテムの目のキラキラに包まれたような気分になった。
遊戯はもう、感極まってアテムの肩を掴んだ。
「相棒?」
顔を伏せたまま遊戯は何も答えない。
この1年、気苦労が絶えなかった。得も知れぬ達成感が湧き上がる。もう泣きたいとすら思った。
「どうしたんだ?そんなに瀬…あいつに何か用事が?」
ポンポンと何度も、肩を叩く。思いの丈を表すため、としてならバシッと叩きたいくらいだったのだが、如何せん掴んだ肩は細かった。女の子にそんなことが出来るはずがない。
「相棒?大丈夫か?」
ガバっと顔を上げて遊戯は言った。
「アテム、おめでとう。良かったね。ボクも嬉しいよ。良かったね。本当に…本当に良かった…。」
嘘偽りない心からの言葉である。
「なにがだ?」
遊戯から賛辞を述べられることなど何かあっただろうか。
こんなにも良かったと何度も喜ばれるようなことは、と考え、あの甘い時間に思い至り、アテムは顔に熱が集まるのを感じた。
クリスマスの前にもバレンタインの前にも散々言われてきた。遊戯はずっと、アテムと瀬人は付き合っているのだろう、と推測していたのだから。それは当時は否定していたものの、今の時点では否定することは出来ない。
海馬瀬人は、アテムの彼氏である。つまり、付き合っているということだ。
「な、あ、相棒。まさか!」
「まさかも何も、隠れてないからね。」
「何の話だ?」
「あ、あー、もしかして、とうとうそゆこと?」
察しの悪い城之内は最後まで気付くことはないだろう。
姉の居る本田は薄っすら気付いていたらしい。彼は勘が鋭い方だ。
遊戯は、あれほどまでに悩まされていたことなど誰も気付かないのだろうな。と少し悲しくなり、将来笑い話にしてやろう、とこっそり心に誓った。
何故恥ずかしく感じるのか分からないアテムはただただなんでもない、と誤魔化しながら話題が変わっていくのを待った。

夜勤や早出だ、と先に社会人組が帰り、部屋にはアテムと遊戯の2人。
今まで散々悩まされたり上手い具合に使われたりした腹いせに、ちょっとくらいからかっても良いのでは、なんて考えも浮かぶ。
「ねえアテム。ちょっと聞きたいんだけど。」
「なんだ?」
「もう指輪とかもらってたりして?」
「あっ、ああ。まあ。」
「あー、その様子。もしかしてプロポーズでもされた?」
答えないが、益々赤くなる顔が答えの代わりだ。
初見のゲームなら難なく攻略していくのに、初見の恋愛にはまるで慣れないらしい。
蓋を開けてみれば初めから想い合っていた筈なのに。
なぁにこれぇ。と呆れるしかない。
「あ、あ、杏子とは、どうなんだ。」
アテムが話題を逸らそうとするがその手には乗らない。その手の話題、つまり普通の恋バナならばアテムよりは遊戯の方がマトモにできる。最近自覚したばかりの天然記念物とは違うのだ。
「ボクはまだ学生だよ、まだまだ考えられないかな。」
「そういうもの、なのか?」
「一般的にはそういう部分もあるかな。キミ達には当てはまらないけれど。」
次元さえ超えて成就された想いにどの世界の常識を当てはめられようか。
「で、いつするの?来月辺り?」
「うーん、いつだろう?」
「ん?」
あの海馬瀬人だ。『行動力』と書いて『かいばせと』と読む海馬瀬人だ。欲しいものはどんな手を使っても手に入れる男である。
それに、自覚はなくともずっと想い合っていたのだし、すぐにでも結婚してしまうものだと思っていたのだが。
遊戯は嫌な予感がした。
「相棒、俺には魅力ってものがないのかもしれない。」
ああ、これはあれだ。あのお馴染みの頭痛が戻ってきた。
あの行動力の塊は、今度は何を企んでいるのだろう。
アテムからの答えの出ている相談は、もはや惚気でしかないというのに。
「そういうことはね、海馬くんに直接相談するものだよ。」
自信満々に遊戯が答える。
海馬くん、今度は君が困る番だよ。と心の中で呟くも、瞬時にこれもまた言わされているのではと頭の中の冷静な部分は警告する。
もうこれ以上関わりたくない、巻き込まないでくれ。それが遊戯の今の本音だった。
「したぜ。魅力的だって言われた。」
やはり出てくるのは惚気である。
だけど腑に落ちない事があるのだろう。アテムが何か言いたそうにして、やめる。
そうだった。あの男が手を繋いで満足して終わり、なんてことはないのだ。終わったと思ったのに、始まりに過ぎなかった、ということを遊戯が認めたくなかっただけだ。
困ったものだ。長い溜息が出た。無自覚とは恐ろしい。
「キミの不満や不安は分からないけど、解決出来るのはボクじゃないよ。海馬くんかもしれないし、キミ自身かもしれない。」
理解したのかしていないのか、アテムの反応は鈍い。
しかし本当に遊戯の問題ではないので仕方がない。
「ボクもそろそろ帰るから、続きは2人でちゃんと話してね。またね。」
「ああ、また。」

アテムの部屋を出た遊戯は、玄関ではなく研究室へ向かった。今度こそ直談判である。
「海馬くん、ちょっといい?」
「遊戯か、構わん。」
解錠され、ドアが開く。
静かな部屋だ。
何かしらのパーツや工具。開きっぱなしのディスプレイ。多分企業秘密なのだろうが何が書いてあるのかは分からない。
それらを避けながら辿り着けば左手にペンを、右手にもペンを持っている。何をしているのだろう。
この人左利きだっただろうか。いや、両利きというやつだろうか。カードを右手で扱うから右利きかな。
「何してるの?」
「見て分からんか。」
そう言われても、遊戯にその状況はさっぱり分からなかった。
「うん、分からない。」
そう言うと、瀬人はそうか、とだけ答えて右手のペンでトントンと画面を叩き、左手でササッと何かを書き込んでそれらを置くと、椅子ごと振り返った。
長い脚を組んで、肘掛けに片肘をついて頭を乗せている、相変わらずスタイルがいい。
「それで、用件は?」
面白そうな青い目とかち合う。
アテムがもう一人の自分として心の中に居た時以来だ。こんな距離で対峙するのは。
ここで惚気させてはいけない。
アテムとは違うから甘さや惚気の表出やその辺りは自重出来るだろうとは思うが、というかそうあってくれないと困る。甘い気配を見せられたら待っているのは禁断の道である。
アテムをどう思っているの?いや、これはダメだ。答えが出ているこれは惚気でしかない。言葉を探す。
結局、遊戯は要求をそのまま伝えることにした。
「あんまり…アテムを悩ませないであげてくれるかな。」
「それはあいつの事情だろう。」
「でも、原因は君じゃないか。」
「そう思うか?」
「君がもっと気を配ってあげれば解決するでしょ。」
アテムの事を大切に思うのなら、不安や不満は解決してあげるべきだ、と遊戯は思っていた。
悩んでいるのならそれを取り払うべきだと。
しかし瀬人はそうではない。永遠に、隣に居るのだ。一緒にはいるが個人と個人として、それぞれ想いを向けあって、である。
気を遣ることは当然だが、それはそれとして、ある種の思いを解決していなければならないのはアテム自身だ。
「そもそも、去年アテムを連れて帰って来ちゃったのは海馬くんなんだからね。」
もっと責任持ってよ、などと言っているが瀬人としては半分程度しか同意できなかった。責任を持って幸せにすることには同意である。それは実現させる。
遊戯の言わんとすることならば勿論分かっていた、アテムの漠然とした思いも。だが、そこに介在すべきアテムの意思は、まだ形を成していない。
迫れば、受け入れさせることは出来るだろう、アテムはそう言うタイプだ。そうすれば一旦は解決するのも分かっていた。そして何度も繰り返されるであろうことも。だが、それは健全な、理想的な形とは言えない。
瀬人の目がスッと鋭く細められる。遊戯は思わず肩を跳ねさせた。
瀬人がゆっくりと口を開く。
「いっそ、孕ませろとでも?」
「そっ、それは流石に言葉が過ぎるんじゃない?」
流石の遊戯もムッとして言い返す。
しかし瀬人の表情は、遊戯が想像していたよりずっと真面目なものだった。
瀬人は小さく息を吐いた。
「囲って愛でるだけならばそれもよかろう。全てに応えてやることも可能だ。それで?」
「それで、って?」
「そうしてあいつの欲求はどこへ行く。奴は現人神、王となるべく育てられた。それらしくあるように、とな。個人の欲求が挟まれるなどあってはならない。」
瀬人が薄っすら目を伏せる。長い睫毛、相変わらず綺麗な顔だ。
理解した、この人は、アテムを大切にして、そして個人として幸せにしてくれようとしているのだろう、と。
魅力がないから触れないのではない、触れられたいと言う願いを自覚していないから触れない。こんな自然なことすら分からないように育てられたのかと思うと、遊戯は泣きたくなった。
そんなことってない。
「神などと…人間にしてやる。」
どこを見るでもなく目線を流し、独り言のように漏れ出た言葉には、アテムから自由を奪った全てへの怒りが滲んでいる。
思わず背筋が寒くなるような声だった。
そして、瀬人は何事もなかったかのように顔を上げた。
「気は済んだか。」
「うん。ボクが言うことは、何もなかったんだね。でも意外だな、君がそんなに誰かのことを思っているなんて。」
「誰か、ではない。」
それは純愛だ、と思ったが言わなかった。
会話らしい会話になったのは、アテムの事だからだろうか。
暗くなった帰り道、アテムの指輪を見せてもらったらよかったな、なんて考えながら家路についた。



研究室のドアを開け、アテムが顔を覗かせた。
「瀬人、相棒と何話してたんだ?」
「知っていたのか。」
「いや、なんとなくそんな気がしていたんだ。」
「説教しに来たぞ。」
「なんでだ。何かしたのか?」
「いいや、奴の思い過ごしだ。」
それならいいんだが。と少し納得していなさそうな顔で思案するのでペンを置いて手招きする。
いくつも広がっているディスプレイを気にせず突っ切って来る辺り、遊戯とは腹の据わりが違う。
側に来たアテムの肩をそっと引き寄せた。
「この中に気に入るものはあるか?」
瀬人の指差す先にはいくつもの指輪の写真やイラストが表示されていた。
繊細な流線型のもの、ちょっといかついもの、無駄を削ぎ落としたシンプルなもの、よく分からなくなったのかブルーアイズモデル、それは手描きだ。
「これはナシだ。」
アテムの指が真っ先にブルーアイズモデルのものを脇に避けた。
「なんだと、喧嘩を売っているのか?」
「至極真っ当な意見だぜ。お前はファンが多いから、欲しがる人は多そうだけどな。」
「ふむ。」
「嫉妬じゃないぜ?事実だ。」
「1つの意見として聞いておこう。まだこの中にはないようだな。」
「ないというか、多すぎて分からないぜ。でも、瀬人のつけるものは真っすぐでシンプルなやつが似合うと思う。お前、めちゃくちゃ真っ直ぐだから。」
「そうか。」
実にアテムらしい考え方だ。自分のことではなく、まず他人のことを考える。
我儘の言い方はどうやって教えれば良いだろうか。
良くも悪くも冥界のアレには懐いていたようだからそこで発散させていた可能性はある。だからといって、尋ねたりはしないが。
「嘘だ。嫉妬はする。」
「知っている。」
小憎らしいもう一人であった男も気に入っていたが、記憶が戻った真っ直ぐなアテムも勿論良い。真っ直ぐはアテムの方だ。
後ろからゆるく抱きしめる。身を預ければ良いものを、緊張が勝ったのか顔を赤くして体を硬直させている。
アテムのこれは、今になって照れているもので、感情と反応のタイムラグは実に可愛らしいものだった。
「俺が男だったら、って怖くもなる。初めから、俺はお前のことが好きだった。」
「仮にそうだとしても、俺はお前を愛しただろう。」
砂漠をひっくり返し、宇宙へ繰り出し、その挙句、自ら冥界にまで足を運ぶ。その理由がたった1人を散々探して、だったなど、誰が考えても海馬瀬人のすることではないだろう。モクバにすら、どれだけ止められたことか。
「それでも、男のままだったらこうして独占出来ないじゃないか。」
「俺ならばするが?」
腕の中で体が跳ねる。
回した手に、アテムの手が重ねられた。
「ずっと、そのままでいてくれ。そういう奴だから、いいんだ。」
いい、と言うのは安心できると言い換えられる。
今はまだ、我儘を言えなくていい。ここが安全だと知ってさえいれば自ずと欲求の発露を見せるだろう。その時を待てばいい。
「俺は変わらない。食事にしよう。」
「ああ。」
瀬人とアテムは少しの間見つめ合い、手を繋いで研究室を後にした。
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