女神の褒賞07

閑話。白雪姫


起き出してみると外が静かで、ブラインドを上げると外は真っ白だった。
雪だ。
急いで着替えると、アテムは外へ飛び出した。
アテムにとっては初めての雪。一面の銀世界。
これを待っていたのだ。とか高笑いするタイプではないが、そうする者の気持ちも分かるこの高揚感。
積もった所へ触れてみればそれは硬さなどないように指の跡が出来る。しかし掴んでみればしっかりとした塊になる。
ザクザクと踏みしめる感触が面白い。
いっそ本当に高笑いしてしまうか。そんなことを考えていたら声が掛かった。
「アテム、またそんな薄着で外に出ているのか。」
「おはよう海馬!雪だぜ!」
「見れば分かる。遊ぶのは構わないがもう一枚着てからだ。」
「大丈夫だ、すぐ戻るから。」
「今に風邪を引くぞ。」

雪だるま、かまくら、雪合戦。
数日前からのこの大雪の予報を知ってから、散々雪遊びについて調べていたのは知っていた。
すぐ戻る、などと言ってはいるが戻らないのは目に見えている。遊戯であった時と違い、アテムは子どものような所がある。
恐らく屋敷の者の言葉など、誰が言っても聞かないだろう。
仕方がないので、瀬人は一揃え抱えて持っていってアテムに無理やり着せた。
雪合戦をしようと誘われたが勿論断った。勝負になる筈がない。

「兄様、アテムは?」
「外だ。」
「あー、なるほど。エジプトだもんね。テンション上がるか。」
出自を思えば仕方がないか、とモクバが微笑む。
「砂でも雪でも変わらんだろう。」
「まぁ、兄様にとってはどっちも粘土みたいなものかもしれないけど。」
砂場で色んなものを作ってやったのを思い出しているのだろう。少し懐かしむような顔だ。
だが今は砂ではなく、実際に建設することが出来る。
「その用途なら適しているのは粘土だな。」
「それじゃロマンがないんだよ、きっと。俺が思うにあと2時間は戻って来ないね。」
「だろうな。…雪合戦を挑んできたぞ。」
「ダメだってそれは。兄様、球速いくらだっけ?」
測定したことはないがボールなら130km/h程度が妥当だろう。
それも雪玉になれば速度は落ちる。せいぜいが100km/hといったところか。
「雪玉でなら、顔でもなければ打撲で済む可愛い程度だ。」
「…可愛くないよそれ。絶対ダメだからね。」
「流石にその戦いは受けん。」
風邪の1つでも引けば大人しくなるだろうか。暫くは無理だろう。
そんな会話がなされ、アテムは見事に熱を出した。



「いくら初めての雪だからって…。はしゃぎすぎだぜアテム。」
モクバの呆れた声に、もはや弁明のしようもない。
「すまない、つい夢中になってしまって。」
「気付けば全身ずぶ濡れ、なんてな。何やってんだよ、雨じゃあるまいし。」
「雪が降っていたんだ。止んでいればこんなことには…。」
「なら降り止んでから遊べば良かったのに。」
「それは思いつかなかったぜ。」
本当は雪に飛び込んで暫く埋もれていました、などとは口が裂けても言えない。
感染症などではないからまだマシなのだろうが、熱で頭はぼんやりする。
モクバには心配されるよりも呆れられたがそれも仕方がない。
「海馬は?」
「兄様ならとっくに仕事に行ったよ。夜には帰ってくると思うけど、何時になるかは分からない。」
「そうか。…渾身の雪だるまがあるんだが。」
具合が悪くて、心細くて会いたいのかと思えば、どうやら違うらしい。全く、子どもみたいな人だ。モクバは心底呆れた。
「この気温なら暫く溶けないと思うから大丈夫だろ。早く治せよな。」
「ああ、ありがとう。」





街は既に除雪させたが、邸内の雪はそのままにしてある。門を抜ければ景色が冬になる。
屋敷までの半ばに、出掛ける時にはなかったはずのものが鎮座していた。
雪だるまだ。
二段に積まれた雪の塊はそこそこの大きさで、よほど長いこと遊んでいたのだろうと窺えた。
モクバから、アテムは遊びすぎて風邪を引いたと聞いていた。食欲や意識に問題はないらしいが。

「誰かあの雪だるまを日陰に移してやれ。」
アテムは今では海馬邸にすっかり溶け込み、可愛がられている。
帰るなりのその指示を聞いた幾人かが嬉しそうな顔をしたのを眺め、瀬人はアテムの部屋へ向かった。
「入るぞ。」
「海馬?おかえり。」
「ただいま。…起きなくていい。具合はどうだ。」
「熱、だけかな。」
カルテを表示し、ざっと流し読む。
喉の痛みや吐き気などはなく、熱によるふらつきなど。
原因は雪の降るような気温でずぶ濡れになって遊んでいたことときた。無邪気なことは一向に構わないが仕方のない奴だ。
何かに感染しているような匂いはないので風邪というより自律神経の乱れか。休めば治るだろう。何にせよこんなものは寝て治すしかない。
「楽しかったか。」
「ああ。今度は雪が止んでから遊ぶことにする。」
「懲りない奴だな。」
「いいだろ?」
既に何人かが見舞ったのだろう。サイドテーブルにはアテムの好きそうな菓子類が置かれている。
その中からりんご飴を食べたらしい。綺麗に芯を残して袋に戻してある。熱を出しておいて祭気分か。
「あまり心配をかけさせるものではないがな。」
「心配、したのか?」
「しないと思うか?」
なぜそこで無言になる。見れば、視線を逸らして先ほどより少し顔を赤くしている。
なるほど、と瀬人は一人何かに納得し、気取られぬよう薄く笑った。
「さあ、よく寝て治すことだ。」
瀬人が立ち上がる。
「待ってくれ。1つ言うことがある。」
「なんだ。」
「俺の、渾身の雪だるまがあるんだ。」
「…あれなら日陰に移させた。今後数日は気温も低く日照時間も少ないようだ。暫く保つだろう。」
何を言い出すかと思えば雪だるまだと。まず自分の心配をしろ。
掛布を肩までしっかり掛けて、頭をかき混ぜる。
「あー、手が冷たくて気持ちいいぜ。」
本当に、仕方のない奴だ。
手が暖かくなるまで額を冷やしてやってやっと満足したのか眠る前の顔になった。
灯りを消せば眠るだろう、と照明を落とした。
今から雪だるまの隣に何かの雪像でも作って来てやろうかと思ったが止めた。外が静かで、止んでいた雪が降り出していた。
共倒れなどしては、話にならない。
頬の色はもうりんごの色をしていない。眠ったのだろう。
「白雪姫を知っているか。」
返事がないのは分かっていた。
毒のりんごを齧って眠る姫。りんごを食べて眠るアテムにはぴったりだ。食らったのはただのりんごな上に、姫でもないが。
「俺は王子などではない。」
王子などではない。だから運命であれ宿命であれ、あらゆる手を尽くすのだ。口付けて起こすような楽な道もあるだろうが、それは選ばない。
ゆっくり眠れ。部屋を後にして、自室へ向かう。
耳まで赤く染めた表情を思い出す。
陥落まで、ほんの僅か。
後はもう、そのほんの僅かを押すだけだ。
どのような形で押してやろうか。
瀬人の目論見は、着々と達成されつつあった。





2日経って、回復したアテムが雪だるまを確認しに行くと、隣には作り物のようなブルーアイズの雪像が作られていた。
こんなものを作るのは1人しかいない。
「なんだよ、海馬だって雪遊びしたいんじゃないか。」
モクバが言っていた。学校にしこたま置かれている兄の遺した痕跡達。
雪は、いずれ溶けるということは知っている。
溶けて消えてしまうのが惜しいくらいの出来だ。
ブルーアイズと共に、散々雑魚だと馬鹿にしていたクリボーまで作ってあるのに何故かむず痒い気持ちにさせられた。
どんな顔をして作ったのだろう。見たかったような、そうでないような。
見たいけど見たくない。見てしまったら、何かが変わってしまうような気がした。
「…あの、スパダリめ。」
雪の作品を画像に収め、アテムは部屋へ戻った。
また、雪が降り始めていた。

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