女神の褒賞04

彼と彼女のスキャンダル


アメリカで大学関連を片付け、支社へ向かおうとしていた時だ。
雑踏も、一歩踏み出せば自然と道が出来る。瀬人にとってはもう慣れたものだった。いつものように広場を抜けて待機させている車へと歩を進める。
そんな時、瀬人の耳はそこそこ聞き覚えのある声を拾った。
少しイントネーションの乱れた英語とネイティブの英語が揉めている。普段なら無視して通り過ぎるものだが。瀬人は少し考え人だかりへ向かった。
「貴方が勝手に言っているだけでしょう?」
「何を言っているんだ日本のお嬢さん。一緒においでよ。」
「痛いわね、触らないで!離しなさいよ!」
「つれないことを言わずに、さ。」
ありきたりなナンパである。やや強引だが。
日本人は体格も線が細いし顔は童顔、主張もしないと甘く見られている節がある。
気は強い方だろうが男はそんなことに気付かずお構いなしだ。何にせよ女の力では敵わないのだから。
「いいから一緒に…痛え!」
「彼女に何か用か?」
「何しやがる!」
掴んでいた手を払われて、喧嘩を売られたとでも思ったのだろう。振り返った男がそのまま殴りかかるのをいなし、手首を掴んで軽く捻ると地面に捨てた。
鮮やかな手並みに拍手が起こる。
「真崎、行くぞ。」
「え、ええ。ありがとう。」

一方で助けられた杏子の方は呆気にとられ、突然の乱入者に言われるままとりあえずついて行った。
どういう状況でそうなったのかはよく分からないが、突如現れた王子様、ではない、アテム曰くキングこと海馬瀬人に助けられたことだけは分かった。
車に乗り込み、この取り合わせは新鮮だと1つ息をつく。アテムではない、遊戯でもない。デュエリストですらない。クラスメイトだったが名前すら知らないのではと思っていた。
そういえば冥界の王宮で兵士を投げ飛ばしたのだったか。フィジカル面でも強いと言うのは本当だったのね、などと思う。
「助かったわ。でも、どうして助けてくれたの?」
「偶然だ。」
そんなことはないだろう。無駄なことはしない人だ。
「…本当は、どうなのかしら?」
探るように、問う。
「ふん、最近最も近しいオトモダチに対する、あいつの代わりだ。」
瀬人は、面白そうにちらりと杏子に視線を寄越して言った。別段、アテムへの気遣いや思いを隠している様子は見られない。
整った顔、綺麗な青い目、高い位置にある頭。電話を受けた時にも思ったが耳に心地よい声をしている。こんな距離で見るのは初めてだが、ルックスだけでも世の中の女が落ちまくるのがよく分かる。
「あら、なるほど。やーっぱりそこに行き着くのね。」
納得である。やはり彼はアテムをものすごく大事に思ってる。杏子は、自分の勘が外れていなかったことを確信した。
「知れたことを。事件にでもなれば奴は何かを責めるだろう。」
「そうね。あの人は、そういう人だもの。」
顔良し、スタイル良し、敏腕経営者で現役学生、しかも飛び級が約束されていると噂になっているほどの天才。
アテムは性格がどうとか言って誤魔化していたし、城之内は喧嘩腰だが、杏子にはあまり海馬瀬人アレルギーはなかった。
瀬人の、アテムへの気持ちを再度確信した後は、どこへ向かうか分からない車の中、ぼんやり外を眺めていた。

その後、スケジュールに同行する形で食事を共にして、いつの間にか用意されていたホテルの部屋に泊まり翌朝。
何となしにSNSをチェックするとフォロワーが激増し、通知がたくさん来ていた。炎上でもしただろうか。いや、そんな過激なことは書いていない。何故だろう。
呆然として部屋を出ると瀬人と出くわした。薄ら笑いに嫌な予感がする。

「おめでとう。」

意味がわからなかった。
祝いを述べられるようなことは記憶にない。
反応の薄い杏子に、瀬人が怪訝そうな顔をする。
「ニュースやSNSを見ていないのか?」
言われて、慌ててネットニュースを開く。
そこには海馬瀬人と日本人女性ダンサーとの熱愛記事が踊る。そしてSNSの大量の通知だ。
確定だ。こんなに簡単に特定された。
でたらめな記事に怒りも湧くがそれより血の気が引く方が先だった。
「ごめんなさい!」
「ふ、俺の初スキャンダルだ、光栄に思え。」
「スキャン、ダル…。」
背筋が冷える思いだったが、瀬人の様子は怒るでもなく至極落ち着いたものだ。
「まあ気にすることはない。すぐに鎮火する。」
する、というか、させるのだろう。
楽しそうに笑みを浮かべているのは、確実に助かることを思えば頼もしくもあるが、何をするか分からない人でもあるので少し怖い。
「オトモダチに弁明でも考えておくことだな。車は呼んである。今日は磯野に任せておけ。それでも無理だと言うのならついでだ、片付けてやらんでもない。ではな。」
そう言って去っていく後ろ姿、足取りには何の不安も迷いも見受けられない。いつもの堂々としたものだ。
きっとホテルの外には記者たちが詰めかけていることだろう。
「真崎様、我々は裏口から出ます。行きましょう。」
「えっ、はい。」
スモークの貼られた車に乗り込み、ネットニュースで生配信のものを探す。あった。このホテルが映っている。
正面玄関から出てきた瀬人に記者たちが詰め寄るも、予め手筈は整えてあったのだろう、ホテルマンや警備の人たちが制止をしている。
喧騒を物ともせず歩んでいくのは流石である。
「海馬社長!昨日の女性とは…」
「邪推されているような関係はない。」
「同じ学校に通っていたと…」
「顔見知りだ。」
想像通りのありきたりな質問攻め。無視するものと思ったが答えていくのは意外だ。
しかしそれこそが策だったのだろう。瀬人はこれで終わらせなかった。
「お付き合いやご結婚の予定は?」
一瞬カメラに目を遣り、ニヤリと笑う。
「日本に置いてきた。」
驚愕に、一瞬にして静まり返る場の空気。
再びざわつき始めた頃には車に乗り込み既に発進していた。
日本に置いてきた。アテムのことだと直感した。
それにしても。
鳴りやまないSNSの通知に出演依頼のメール。
「…とん、でもない売名しちゃった。」
「真崎様。瀬人様はそうなるだろうと予想しておられました。この一時に終わるかどうかは真崎様次第だろう、とも。」
「磯野さん。」
「数日間は身辺が騒がしくなるでしょうが今日は私にお任せください。」
「ええ、ありがとう。」
アパートの周りにも記者たちは居るだろう。
これはチャンスか、それとも。
「私は、潰されたりしないわ。」
「…僭越ながら、応援しております。」
この一件の後、杏子が新人ダンサーとしてのし上がって行くのはまた別の話である。



ニュースを知って驚いた遊戯が海馬邸にやってきたのは、割とすぐのことだった。
「海馬くんは?」
「どうしたんだ相棒。海馬なら出張だぜ。」
「これ、見てよ。」
遊戯がアテムにニュース映像や記事を見せる。
「海馬が、熱愛?いつの間に。でもあいつモテるらしいからな…。知ってるか、世の中の女が落ちまくってるらしいぜ。」
「そっちじゃないよ、そっちもあるけどここ見て。」
「相手はダンサーって、この写真は杏子じゃないか。」
アテムは訳がわからなくなった。
杏子はアテムと瀬人をくっつけようとしていたのではなかっただろうか。
理由は分からないが心がざわついた。
「なぜ…杏子が?連絡はしたのか?」
「したよ。絡まれてた所を助けてもらっただけだって。」
「それなら良かったじゃないか。」
杏子が無事と聞き、アテムはホッとした。それだけで安堵した訳ではないのだが、勿論気付いてはいない。
「うう、それはそうなんだけど。」
「ひょっとして相棒、海馬に妬いてるのか?」
「そっ…。」
そうかもしれない。と遊戯は思った。
杏子の無事も確認したいし、世間を賑わせている熱愛報道の真偽を(確かめるまでもないのだがそれでも)確かめたかった。
「そうだよ。」
「大丈夫だ。だって海馬が言ってるじゃないか。そう言うのは日本に置いてきた。って。」
再びアテムの心がざわついた。その意味をよく分からないまま、だから大丈夫だ。と遊戯を励ました。
自信満々なアテムに、遊戯はひょっとして、とある想像に駆られる。
アテムと海馬瀬人、2人は好敵手である。だが今のアテムは普通の女の子で、アテムが帰ってきてからの瀬人は穏やかになったような気もする。
2人の間にあった信頼関係が変わらず、それでいて性別が変わったのなら。
「君たちって。」
「ん?」
「いや、なんでもない。」
こういうのは当人からの報告を待つのが良いだろう。時々は背中を押すこともあるかもしれないが。





「本当なのよ、颯爽と現れて助け出してくれたの。守られるってあんな感じなのね。その後のフォローも…。」
「でもそれは相棒には聞かせられないな。」
ひとまずは逃げるように一時帰国した杏子である。海馬邸に近付くのは避けるべきかと悩みつつも、日本ではそれ程追われることもなかった。
言っていた通り、鎮火させたのだろうと思いつつアテムを訪ね、話題はやはり例の事件。
アテムは杏子が無事帰ってきたこと、会えたことに安堵したのだが、すっかりファンにでもなってしまったのか杏子の海馬瀬人語りが続いていた。
つまり、杏子はアテムを推していたが、海馬瀬人も推し始めたということだ。
「ああいうのこそスパダリってやつだわ。痺れるー!」
「スパダリってなんだ?」
「スーパーダーリンって言って、完璧なパートナーのことよ。」
「へえ。」
「もう、分かってるのかしら。ほんとーうにかっこよかったんだから。」
「あいつがカッコいいのはもう知ってるぜ?」
「それはいいことを聞いた。」
褒められて嬉しい、というよりは、楽しそうな声だ。
本人の登場に、さっきまで手放しで瀬人を褒めていた杏子は、少し顔を赤くして、笑ってごまかした。
「あっ、海馬くん。ええと、こないだはありがとう。」
「杏子が無事で良かった。お前が居てくれたおかげだ。」
「礼には及ばん。偶然通りかかっただけだ。アテム、頼まれていた土産だ。」
土産、英語圏で先行販売されているカードのパック。これでデッキを組むのがまた楽しくなる。
思わず、杏子が居るのも忘れて手が伸びる。
「例の件は話したのか?」
「ああ、すっかり忘れてたぜ。ディスプレイを起動してくれ。」
アテムの指示に反応し、宙にディスプレイが現れる。
それをさながらタッチパネルのように操作する。
普通の環境ではあり得ないハイテク。ソリッドビジョンとAIや管理システムの複合を難なくいじる古代人である。杏子が遠い目をした。
「あなたって、本当、適応能力高いわよね。」
「ん?そうか?」
「うん。色々と、ね。」
「えーと、ああ、これだ。」
アテムが開いたのはミュージカルの企画だった。
海馬コーポレーションによって建設されるホールで記念公演が行われるらしい。そのキャスト募集だ。
「これ聞いて杏子にどうかと思って。」
「素敵…。」
海馬コーポレーションクオリティだ。照明、音響、何をとっても最高の舞台装置を作り上げるだろう。
どこかの事務所に所属しようかと思っていた矢先にあの事件があって、結局フリーで活動しているので仕事は自分で探さなければいけない。
「私、やりたい。」
「決まりだな、出力してくれ。」
またもアテムが姿の見えない相手に指示を出す。
「これが募集要項だぜ。オーディション?ってやつの予定も書いてある。」
出力された1枚の用紙を手渡す。
「ありがとう。頑張るわ。」
「ああ、頑張れ。」
「この話、遊戯にはしないでね。」
「なるほどびっくりさせたいんだな、分かったぜ。」
アテムがウインクをして笑う。
「ディスプレイ、オフ。その要項を鞄にでもしまえ。」
瀬人の声に反応し、ディスプレイが消える。
言われるままに募集要項を鞄にしまうとバタンと大きな音を立てて遊戯が入ってきた。
「杏子!」
「遊戯?どうしたのよそんなに慌てて。」
「慌てもするさ。何せ杏子と海馬は話題になってるからな。でも2人のことなら心配はいらないぜ。」
「もう!いつもキミはそうやってボクをからかうんだから。」
「からかっちゃいないさ。俺は本気だ。海馬からも何か言ってやれよ。」
「俺から何を言うことがある。」
そこでやっと遊戯が家主の存在に気付いた。
「海馬くん!」
入ってすぐの所に立っていたのだが遊戯の目には杏子しか入っていなかった。
遊戯とて、噂になっている男に嫉妬心がないわけではないが。
「えーと、あの、杏子をありがとう。」
「偶然だ。」
揃いも揃って同じことを言うアテムと遊戯なのだった。
偶然ではあるが偶然ではないことを知っているのは杏子だけである。

「アテム、それ新しいカードパック?ボクも日本版が出るの待ってるんだ。」
英語はよく分からないし。と遊戯が続けるとアテムが驚いた。
「なんでだ?学校で習ったじゃないか。」
「それはそうなんだけど。キミは覚えてるの?」
「ああ。学校で受けた分もあるが、ここでも教わってる。」
うわあ、テスト変わってもらえば良かった。と嘆く遊戯を哀れむ者は誰も居ない。
不思議がるアテム。
呆れる杏子。
残念なものを見るような目をしている瀬人。
「遊戯、仮に貴様が良いゲームを開発したとする。ゲームの祭典はドイツだ。それに展開を考えるなら仕様書にせめて英語は必要になるだろう。」
「それってAIにでも訳してもらえないのか?」
「文書ならば何度か推敲させれば自然に近いものになるだろうが口頭説明を求められたらどうする。」
「そっか。相棒、英語やドイツ語も頑張ってくれ。」
やれば出来ると思っているアテムの視線が眩しい。
「瀬人様、お客様、お飲み物をお持ちいたしました。」
「海馬も相棒も立ってないでこっちへ来いよ。おやつにしようぜ。」
メイドが飲み物と菓子を運んできていた。
用だけ済ませて部屋へ戻ろうと思っていた瀬人ではあったが、アテムがそれを望むのなら仕方ないと自分に言い聞かせソファに腰を降ろす。
杏子はアイスティー、遊戯は甘いカフェオレ、瀬人はコーヒー、アテムはやはりココナッツウォーター。茶菓子にはマカロン。
「マカロンだ。これ美味いんだよな。」
「でしょ。形も色も可愛いのよね。」
アテムの指先がパステルカラーの丸を摘む。遊戯はマカロンを初めて目にするが名前は聞いたことがある。これがマカロンか。いかにも女の子が好きそうな見た目だ。
アテムの気が逸れたのに遊戯は安堵した。同時にせめて英語は復習しておこう、とも。
高校で城之内や本田と居た時は気にしなかったが、こうして現実的に世界を見据えるとなるとやはり英語は必要だ。なにせ杏子の拠点もアメリカだ。

「海馬、これは何味なんだ?」
瀬人の鼻先に差し出された丸い焼き菓子。
香りは。
「ピスタチオ。」
「緑のあれか。じゃあこっちは?」
「アーモンド。」
「次はこれだ。」
「お前の好物。」
「ココナッツ!」
アテムの前に置かれた皿にマカロンがゲームの駒よろしく綺麗に並べられていく。
いや、それより。
「杏子、ボクは一体何を見せられているんだろう。」
「いつもの2人、よ。」
いつもの2人を知らない杏子だが女の勘で(遊戯限定の)無責任な爆弾を落とした。
遊戯の中でカッコいい決闘者達像が崩れていく。好敵手と認め合ってお互いに見果てぬ先まで続く闘いのロードがどうのと言い合っていた2人の緊張感や威圧感溢れる面影はない。残っているのは誰にもそこに入り込むことは出来ないという空気だけだ。憧れは、音を立てて崩れた。
贔屓目に見ても今のアテムはとても可愛く、一緒に暮らしている海馬くんって修行僧かなにかなのかな、と現実逃避に走ったのも無理はない。

いちゃつくようにしか見えない2人を、見えるけど見えないものにすることにした遊戯が杏子と近況報告をしていると、元凶の2人はなんだか騒がしい。
喧嘩ではなさそうだが、何事かと見ればいつの間にかパックを開けてカード効果についてやり取りしていた。使用言語は英語である。
テキスト英語で書いてあるもんね。と英語から逃げられない遊戯はまたも現実逃避しようとした。
「あなた達っていつも何語で話してるの?」
「日本語だぜ?でもこうして英語のものは英語だし、冥界のことは古代語の時もある。」
次元の壁に比べれば、言語の壁などないようなものだ。少なくとも瀬人の頭はそのように出来ていたし、アテムも言語にルールがあると気付いてしまえば習得はゲームの攻略と同等だった。
「相棒、俺はドイツ語も覚えて品評会に駆けつけるからな。」
マカロンを齧りながらのウインク、頼もしいのにちっとも嬉しくない応援だった。
多言語の世界からは逃げられない。いっそ通訳をしてくれれば、いや、アテムに労働をさせてはいけないのだった。
マカロン美味しいな。ちょっとくらいは勉強しないと。遊戯の心の中のため息は誰にも気付かれることなく悶々と積もった。
トドメは被ってしまった英語版のカードを渡されそうになった時だ。こんどこそぐえっと声が出た。





「今日は相棒にも杏子にも会えたし、海馬も居たし、楽しかったぜ。」
「そうか。」
アテムがベッドにカードを広げてゴロゴロ転がって眺めるものだから、瀬人は脇に腰掛けてカードを眺める。
新しい戦術を各々模索することになり、カードの話をするのは瀬人の部屋が使われる事が多い。
遊戯は、勝率で言うと瀬人には負けることが多い。
アテムを追った瀬人はアテムに対して勝率が悪い。
そしてそのアテムは遊戯にポロッと負ける。
所謂三竦みの3人。デッキにはどうしても相性があるので仕方がないのだが、自分のデッキが至高である。相性を認める瀬人やアテムではない。そこで相棒に勝つにはどうすればいい。と意見を求め、力で捻じ伏せるように言われて収拾がつかなくなったのはアテムにとって記憶に新しい。
「この効果のゴツいの、お前が好きそうだ。」
「展開は早そうだな。だがそう言われて俺がデッキに入れると思うか?」
「俺なら入れる。」
「だろうな。」
「海馬は俺のこと、よく知っているよな。」
「それなりにな。」
「俺は海馬のことが分からない時がある。」
瀬人が無言で続きを促す。
「杏子を助けてくれたことも、今日ああやって皆で話をしたことも、正直意外なんだ。」
「他には?」
「冥界まで来ちまったのは、お前なら何でも可能にするから驚かなかったけど、多少…いや、かなり驚いたか。そこから俺を連れ出してくれたこともだ。」
「それから?」
「面倒見がよくて、やるならトコトンやる奴だってのは分かってたけど、すごく、なんだろう?俺に優しい?」
正解は過保護、なのだろうがアテムの語彙にそれはなかった。
この好機を見逃す男ではない。発する言葉は意識を強固にする。アテムは今、自分で暗示をかけた。
瀬人はニヤリと笑い、それはお前にだけだ。とそっと囁いて、頭を撫でた。
パチリと1つ大きく瞬きをしてアテムが振り返る。
まだだ。これ以上はやり過ぎだろう。アテムを雁字搦めに、或いはドロドロと甘やかして、戻れなくしてやるのだから。
寝返りを打ったアテムが頭に乗っている瀬人の手を掴んだ。
「でかい手。」
「お前に比べればな。」
撫でてやれば懐くのだろう。
だがまずはこの手に慣れさせたい。物理的に慣れさせて、他には触らせなくなるように。たとえ遊戯であろうとも違和感を持つほどに。
そのような事を考えながら好きに触らせる。
「デュエルディスクを作った手かぁ。」
「そうだ。」
そして簡単に他人の命を奪う術を身に着けている手だ。口にはしないが。
こんな状況。押さえつけて、尊厳を踏みにじることの出来る手にもなり得る。
そんな恐ろしい手だとは微塵も思っていないのだろう。
関係性の構築は概ね成功しているようだ。
「俺はこれを大事にしたい。」
「人の手だぞ。」
「そうなんだが、なんかそう思ったんだ。」
無自覚に、瀬人の手を頬に当てた。あの朝と同じように。嫉妬が効いているのか、まるで自分のものだと言わんばかりだ。
流せば流されるタイプだから雰囲気ではなくハッキリと気付かせねばならない。
何故大事にしたいのか。何故頬を寄せるのか。だが、質問はしない。
「相棒が、ヤキモチ妬いてた。」
「あれか。」
「報道にな。杏子は素敵な女性だし、お前もイケメンってやつなんだろうけど、俺はお似合いではないって思ってる。」
「遊戯が居るからか?」
絶対に違うのだが瀬人は形だけ聞いてやった。
「違う、と思う。ニュースで大事なものは日本に置いてきた。とか言ってたけど、そんな人も居ないし。」
「そうなのか。」
「そうだぜ。」
選択肢に自分を入れ忘れているのに果たして気付いているのだろうか。ほんの数分前に優しくするのはアテムにだけだと教えたばかりだと言うのに。
「いや、違う。俺はおかしなことを言ってるな。お前はモテるらしいから、中には魅力的な女性も…。」
オトモダチや、自分以外の日本在住者に嫉妬をしているのだろう。アテムは瀬人が好きで独占したい筈なのだから。
お前が1番魅力的だ、と伝わるのなら今すぐにでも言うものを、本人が自分の気持ちに気付いていないのではまだ伝わらない。
「別におかしくはない。」
お前だけはそれを言う権利がある。と言いそうになってやめた。情報過多。過剰なヒントは混乱を招く。
カードをベッドサイドへよけて並んで横になる。
ゲームをした日はよく感想戦を行うし、アテムがゴロゴロし始めるからこんなものは慣れたものだ。
朝まで一緒だったこともよくある。
身の危険など考えさせたこともない。アテムは瀬人の手を気に入ったらしくずっと触っている。
眠いのかその手は温かい。
部屋に返して眠らせてやるのが良いのだろうが、今距離を開ければ折角嫉妬を覚えたアテムの思いは一歩下がるだろう。深追いもしないが遠慮はしなくていい。
「いや、おかしいぜ。俺、変だ。」
「どこもおかしくはない。眠くてそう感じるだけだ。」
そう、これは嫉妬による正常な反応であって、どこもおかしくはないのだ。自覚がないだけで。
「部屋に戻る。」
「このまま寝ていけ。寝付くまで独り言でもなんでも聞いてやる。」
「ほら、やっぱり、俺に優しいだろ。」
満足したのか、スッと眠りに落ちていた。
照明を落として、掴まれた手はそのままに瀬人も目を閉じた。
焦ることはない。今このペースは最適解。



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