02 外出許可

拍手お礼文 2608


「街へ出たい。」
朝食の席で、卵焼きを飲み込んだ後、アテムが言った。
「というか、行ってくる。」
「分かった。」
瀬人は書類から顔を上げず、内線のボタンを押した。
「アテムが外出する。例のものを。」
"例のもの"、という分類のものが既にあった。出かける準備がされていたらしい。
玄関ホールには、装備一式が並べられた。
GPS発信機内蔵の腕時計。緊急連絡用の端末。位置情報を共有する靴。自動追尾型小型ドローン3機。その他諸々。
「海馬。」
「何だ。」
「俺は散歩に行くんだが。」
「知っている。」
「戦地に赴く装備だ、これは。」
「お前には前科がある。」
「前科?」
「邸内で迷子になった。」
事実だったので、アテムは暫し黙った。
実際、廊下でメイドに保護された件は業務連絡文書に記録が残っている。
「邸内で遭難する人間が、童実野町で遭難しない保証はない。」
「あれは部屋が広すぎたからだ。街には案内表示があるし俺は以前ここに住んでいた。」
「ドローンは全て飛ばす。」
「やめてくれ。」
「街は変わっている。」
交渉の結果、腕時計で妥結された。ドローンは飛ばさないということに、瀬人は頷いた。
それから、カードを渡された。黒い、しっかりしたカードだった。
「これは?」
「使え。」
「俺は現金派なんだ。」
「現金と変わらん。店で出せ。限度額はない。」
「……ない?」
「ない。」
アテムは、カードをまじまじと見詰めた。3000年前、王として国庫を動かした男である。「限度額がない」の意味は、正確に理解できたが、大きな疑問があった。
「海馬。俺は散歩に行くんだが。」
そう、目的は散歩なのだ。
「その話は聞いた。」





童実野町。
アテムは、お忍びのつもりだった。
しかし、3色の髪は目立つ。目立つのだが、この町の住人はこの髪型を別の人物で見慣れていた。
「あれ?遊戯くん?」
「亀のゲーム屋の遊戯くんだ。」
「遊戯くーん、こないだの大会見たよー。」
手を振られる。アテムは、遊戯の名誉のために、遊戯として手を振り返した。
振り返しながら考えていた。俺と相棒は、そんなに似ているだろうか、一応、王として威厳とかある筈なのだが、と。
「よう遊戯!……いや、お前アテムか!」
城之内だった。秒でバレた。王としての威厳とか格の違いは、親友の目には映るらしい。少し嬉しかった。
もちろん城之内の目に映ったのは威厳でも何でもないが、アテムの知るところではない。
「久しぶりだな、城之内くん。」
「何だお前、来てたのか。連絡しろよな……って、お前スマホ、ん?その腕時計なんだ?」
「発信機らしい。」
「は?」
「海馬が付けた。俺の現在地は、今、海馬コーポレーションのサーバに毎秒送信されている。」
「重てえよ!愛かよ!」
「愛じゃない。監査だ。」
「お前なあ、海馬語使ってんなよ。普通に染まってんじゃねえか。」





遊戯と本田が合流し、皆でゲームセンターへ向かった。
アテムは、ゲームセンターの空気を胸いっぱいに吸った。この喧騒、この光。冥界の王宮には、決定的に足りないものだった。具体的には民度と音量が異なる。アテムは割かしこのごちゃついた雰囲気が好きだった。
まず、対戦格闘ゲームで城之内を3連勝で沈めた。
次に、レースゲームで本田を周回遅れにした。
音ゲーで遊戯と勝負し、これは僅差で負けた。だが、王の沽券に関わるので、再戦を要求し、また負けた。更なる要求は、城之内に首根っこを掴まれて阻止された。
「お前、王のくせに大人げねえんだよ。」
「王に大人げは必須じゃないんだぜ。」
「屁理屈まで達者になりやがって。」
そして、クレーンゲームの前で、アテムは足を止めた。
ガラスの中に、青眼の白龍のぬいぐるみがいたからだ。デフォルメされ、丸くなり、つぶらな瞳をしていた。それがアテムを見ていた、気がした。
アテムは、無言でカードを翳した。
1回目。アームは、ぬいぐるみの頭を撫でて帰った。
2回目。アームは、何もない空間を掴んで帰った。
3回目。ぬいぐるみが5ミリ動いた。手応えと呼ぶには、あまりにも5ミリだった。
「アテム、それ、置き方的に取れねえ台だぜ。」
城之内が忠告したが、アテムは聞かなかった。闇のゲームの番人だった男なのだから、ゲームに背を向けるなど、存在が危うくなるレベルだ。
10回目で、店員が様子を見に来た。
20回目で、遊戯が「位置、ずらしてもらう?」と提案し、アテムは「それは勝利じゃない」と拒否した。勝利が何なのか誰もツッコまな勝った。
23回目で、取れた。
落下口にぬいぐるみが落ちた瞬間、アテムは拳を握った。王が3000年ぶりに見せる、ただ楽しい完全勝利の顔だった。周囲で見守っていた小学生たちから拍手が起きた。アテムは彼らに、王の顔で頷いてみせた。
だが、23という数字は威厳を完全に消していた。投資総額を誰も口にしなかった。やはり優しさだった。



帰り道、皆でバーガーショップに寄った。
アテムは、例の黒いカードを出した。
「すみません、こちら、当店ではちょっと、限度額が、その、レジが対応しておらず……。」
店員が困り果てた。カードのランクが高すぎて、店の端末が対応していなかった。ハンバーガーを4つ買うには、そのカードは強すぎた。神のカードで雑魚を殴るようなものだったらしい。
結局、アテムには城之内が奢ってくれた。
「王が限度額なしのカード持って、俺に奢られてやんの。」
「この借りは冥界で返す。」
「冥界で?何くれんだよ。」
「良い来世を約束しよう。」
「スケールでけえな、それ。」
アテム以外の3人は、お腹を抱えて笑っていた。
笑いながらハンバーガーに齧り付く城之内の一口は、大きかった。





夕方、迎えのリムジンが来た。頼んでいないのにだ。位置情報が毎秒送信されているからだった。
別れ際、遊戯が笑った。
「アテム、今日、楽しかったね。」
「ああ。……また来る。次は音ゲーで勝つ。」
「ふふ、待ってるよ。」
リムジンの後部座席で、アテムは戦利品のぬいぐるみを膝に乗せていた。
そして、車内の後方カメラの映像に、小型ドローンが全て、律儀に追尾してくるのが映っていた。
「……飛ばしてるじゃないか。」
アテムは、誰にともなく言った。ドローンは、ただ静かに着いて来ていた。



海馬邸。
書斎の扉を開けて、アテムはぬいぐるみを机に置いた。
瀬人は、それを見た。デフォルメされ、丸くなり、つぶらな瞳をした青眼の白龍。
「何だ、これは。」
「土産だ。」
「……何故、これを。」
「取れたからだ。」
瀬人は、暫くぬいぐるみと目を合わせていた。本物の青眼の白龍とは、あまりにも違っていた。造形への文句が、喉元まで出かかっている。
だが、瀬人はそれを机の端に置いた。位置は、ディスプレイの横、仕事中、視界に入る位置だ。
「投資額は。」
「聞くな。」
「23回だと報告が来ている。」
「ドローンか!?」
ドローンは飛ばさないということに、瀬人は頷いた筈だった。頷いただけだったらしい。






その夜の業務連絡文書には、こう記された。
「本日、アテム様が初のご外出をされました。ご無事のご帰還です。社長の書斎に、白い龍のぬいぐるみが配備されました。触れてはならない気がするので、掃除の際は避けて拭きます。分類:アテム様のお土産。」
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