04 就活王


「どうした、アテム!早くデッキをセットしろ!」
瀬人の催促する声が遠く聞こえる。
先ほどまで、確かに戦士の炎が灯っていたはずのアテムの瞳から、急速に光が消失していった。寝癖のシャープさはそのままに、その目の奥だけが、再び「週5で深夜ワンオペを回していた頃の、あの濁りきった死んだ魚の目」へと退行していく。
すうっ……とアテムの手から力が抜け、デッキが磯野の手のひらの上で力なく傾いた。
「……無理だ、海馬」
「何だと……!?」
「とてもじゃないが……今、デュエルをできるメンタル 気分ではない……」
アテムはガタガタと膝を震わせ、力なくソファへと崩れ落ちた。そのまま両手で顔を覆い、深く、果てしない絶望的なため息をつく。
「思い、出してしまったんだ。俺は今、無職なのだということを。あの、何社に応募しても身分証の壁に阻まれ、面接官に『古代エジプト統治って何ですか?』と冷笑された恐怖が、今になって胃のあたりを締め付けてくる……。海馬、お前には分かるまい。明日をも知れぬフリーターにとって、1年後の家賃発生という未来のタイムリミットが、どれほどの精神的ダイレクトアタックになるかということが……」
「貴様……!」
瀬人は唖然として、目の前で急激に「くたびれモード」へ逆戻りしたライバルを見つめた。
届いたばかりのデッキを机に置いたまま、元ファラオはソファのクッションに顔を埋め、完全に現実逃避の構えに入っている。
「頼む、海馬。今日はもう、俺をあのふかふかのベッドへ帰してくれ。そして……ハローワークの場所を教えてくれ……」
あまりの落差に、海馬邸の豪華な一室は、先ほどとは全く違う意味の、凍りつくような沈黙に包まれるのだった。
「……磯野。貴様がデッキと一緒に回収してきた、この紙束は何だ」
瀬人の冷ややかな声が室内に響く。彼の手元にあったのは、黒服がアテムの部屋のデスクから「関連書類」として念のために回収してきた、数枚の履歴書のコピーだった。
瀬人はそれをパラパラとめくると、すぐに信じられないものを見るような目を向けた。
「……てんでなっていない。全くもって、話にならん。アテム、貴様は現世のシステムを解き明かす前に、まずこの日本の『就職活動のルール』というゲームのルールブックを読むべきだったな」
ソファで丸くなっていたアテムが、クッションからうっすらと片目を覗かせる。
「……何がなってないっていうんだ。俺は持てる筆記能力を尽くして、丁寧に書いたつもりだぞ」
「全てがなっていない!」
瀬人は履歴書をローテーブルに叩きつけた。
「志望動機に『現世の平和な暮らしの礎とするため』などと書く奴があるか!誇り高さが邪魔をして、アルバイトの面接相手にすら無意識に上から目線の構文になっている。これではどれほど顔が整っていようが、面接官が恐怖を覚えて不採用にするのは自明の理だ」
アテムは再びガックリと項垂れた。ハイスペック脳を持ちながらも、現代の就活マナーという名の「不条理ゲーム」には、どうしても適合できなかったのだ。
そんなアテムのくたびれ果てた姿を睨みつけながら、瀬人は腕を組み、フンと鼻で笑った。
「だが……お前ほどのゲームセンス、そして数々の試練を幾度もクリアしてきたその驚異的な最適化能力があれば、我が海馬コーポレーションのシステム開発部や、新型デュエルリンクスのデバッグ・AI構築部門で働けるだけのポテンシャルがあるがな」
「……!」
その言葉に、アテムの寝癖がピクリと跳ねた。濁っていた瞳に、ほんのわずかな光が戻る。
「海馬……今、なんと言った?俺が、働ける、だと……?」
「勘違いするな。お前のその腐らせている頭脳が、我が社の利益に直結すると言っているだけだ」
瀬人はデスクに戻ると、椅子に深く腰掛け、傲然と言い放った。
「それに、万が一、我が海馬コーポレーションの社風がお前の性に合わなかったとしても……だ。一度我が社に籍を置き、実績を残してみろ」
瀬人は不敵な笑みを浮かべ、アテムの前に人差し指を突きつけた。
「そうなれば、お前が次に別の場所へ移ろうとした時、そのスカスカの履歴書に続く『職務経歴書』のトップに【海馬コーポレーション・特級ゲームアナリスト】、あるいは【社長直属・特別戦略顧問】と堂々と書き連ねることができる。現世の有象無象の企業どもが、その経歴の一文字を見ただけで、二度とお前を無職扱いできなくなるだけの絶対的なカード ステータスになるということだ」
「職務……経歴書……!」
アテムの脳内で、バラバラだったピースが一瞬で組み合わさった。
現代社会という名のデュエルにおいて、最も強力な装備魔法――それが「大企業の職歴」という名の社会的信用であることに、彼は今、完全に気がついたのだ。
「海馬コーポレーションという名の強力なフィールド魔法を味方につけ、キャリアの墓地(職歴なし)から一気に最上級モンスターとして這い上がる……。そして、それを職務経歴書という名のデッキに組み込むわけか……!」
ガタッ、とアテムは凄まじい勢いでソファから立ち上がった。その濁りきっていた瞳には、現代のマネーサバイバルを完全に攻略するための、かつてないほどギラギラとした「真の闘志」が、100%の出力で蘇ろうとしていた。
「フッ、やる気だけはあるようだな。ならば、その腐りかけた才能を我が社で有効活用してやる。……磯野!今すぐここに、雇用契約書の雛形を持ってこい!」
「ハッ!」
瀬人の鋭い号令に、磯野が再び風のように動く。
対するアテムも、先ほどまでの「くたびれたフリーター」の姿はどこへやら、完全に「新規プロジェクトに挑むファラオ」の顔つきになっていた。
「面白い。現代社会という名のゲーム、お前の城(海馬コーポレーション)を起点に、俺が完全に攻略してみせる。海馬、今すぐその契約を交わそう!」
やる気を出したアテムは、その場で机に広げられた契約書へペンを走らせようとした。
だが、ここで現代社会の最終防衛システムが牙を剥く。
人事を統括する黒服がアテムの提出した書類を精査した瞬間、その場に微妙な空気が流れた。
「……社長。阿天 アテム氏の住民票、および公的な身分証明書ですが、データに著しい不整合、というか……国家のデータベース上に、該当する個人情報がほぼ存在しない、極めて『怪しい』状態にあります。これでは正規の雇用手続きが――」
「フン、くだらん!」
瀬人は一蹴した。彼はデスクの端末を引き寄せると、目にも留まらぬ速さでキーボードを叩き始めた。
「国家のデータベースが何だというのだ。我が海馬コーポレーションのネットワークと、政府高官への太いパイプがあれば、人間一人の身元 ステータスを『再構築』することなど造作もない。アテム、貴様を今日この瞬間から、我が社が海外から招聘した『極秘扱いの特別天才研究員』として、完璧な公的身分を付与してやる!」
天才社長の超法規的な力によって、アテムの「怪しい身分」は、わずか数分のうちに「国家公認の一流外国人スペシャリスト並みの最強データ」へと書き換えられた。
「これで文句はあるまい。サインしろ、アテム!」
「ああ……感謝する、海馬!」
ガリガリと力強くペンが走り、晴れて雇用契約が完了した。これで1年後の家賃はおろか、現世での永続的な生活基盤が完全に保障されたのだ。

ふと窓の外を見ると、童実野町の夜景が美しく広がっていた。
連行されてから手続きが終わるまで、気づけばすっかり夜も更けていた。
現世のサバイバルにおいて、これ以上ない「大勝利 完全な安定」を収めたアテムは、張り詰めていた糸が切れたように、お腹が「きゅ〜」と鳴るのを感じた。
ーー仕事も決まった。身分も手に入った。……よし、落ち着いたら猛烈に腹が減ってきたな。
アテムは机の上のデッキを愛おしそうにポケットに収めると、ソファに深く寄りかかって海馬を見た。
「海馬。無事に契約も済んで安心したら、どうにも空腹を覚えてな。デュエルは、また今度にしてくれないか?俺はもう、今日のところは帰って美味いものでも食べたい」
本来の目的であるデュエルをあっさりと後回しにしようとするアテムを見て、瀬人は呆れたように肩をすくめた。だが、その瞳の奥には、濁りが消えて全盛期の輝きを取り戻したライバルの姿への、確かな満足感があった。
「フン……今の貴様からは、この俺と戦うにふさわしい『飢え』が感じられん。腑抜けたデュエリストを叩き潰しても退屈なだけだ。今日のところは持ち越してやる。だが、次はない!」
「ああ、約束しよう。次は、万全の俺でお前の挑戦を受けて立つ」
二人がようやく和解したその時、部屋のドアが勢いよくノックされ、モクバが慌てた様子で飛び込んできた。
「兄様!アテム!……あ、あれ?」
モクバはアテムがすでに黒服に連行されたと聞き、「しまった、兄様の超ハイテンションにアテムのライフが削られてしまう!」と急いで駆けつけたのだ。遅かったか、と一瞬身構えたモクバだったが、室内の落ち着いた、どこか穏やかな空気を瞬時に読み取った。
「なんだよ、二人とも喧嘩でもしてるのかと思ったら、すっかり話し込んじゃってさ。……っていうか、もう夜の8時だぜ?二人とも、そろそろご飯にしない?」
「モクバの言う通りだな。海馬、お前の城の食堂には、美味いものがあるんだろ?」
アテムが微笑む。
「フン、我が家のシェフの料理を、お前のあの『水出し麦茶』レベルの味覚と一緒にされては困るな。行くぞ」
海馬はコートを翻し、先頭に立って歩き出した。
海馬邸の広大な食堂へと移動した三人は、並べられた最高級のディナーを囲んだ。
瀬人は相変わらず不機嫌そうにグラスを傾けていたが、モクバは楽しそうにアテムの新生活の失敗談を聞いて大笑いし、アテムは現世の料理の美味しさに舌鼓を打ちながら、これからの仕事への展望を語った。
冥界の退屈から脱走し、現世のシステムに揉まれに揉まれた元ファラオ。
だが今、彼は温かいスープを口にしながら、これ以上ない充実感に包まれていた。
食事が終わり、海馬コーポレーションの高級リムジンでマンションまで送ってもらったアテムは、ふかふかのベッドに再び潜り込んだ。
明日からは、海馬コーポレーションの特別顧問としての初出勤が待っている。
「現世のゲームも……案外、悪くないな」
心地よい満腹感の中で、アテムは静かに目を閉じ、今度こそ本当に平和な、輝かしい明日の夢を見るのだった。






海馬コーポレーションの特別戦略顧問として、現世での真のスタートを切ったアテム。
彼のファラオとしての統治能力と、ハイスペック脳は、現代のIT・ゲーム事業において恐るべき真価を発揮した。
アテムが仕様書を一手読めば、バグの潜む「伏せカード」が瞬時に暴かれ、彼がゲームバランスを調整すれば、ユーザーの魂を震わせる完璧な神環境が爆誕する。
しかも彼の仕事は「超高効率」。
誰よりも早く、完璧にタスクを終わらせるため、残業は一切なしの完全定時退社。さらに海馬コーポレーションの誇る最強の福利厚生と、弾き出される成果への莫大なインセンティブ 特別ボーナスが、アテムの口座のライフポイントをかつてないほど爆増させていった。
「フッ……これが、社会的信用の力。そして『手取り』という名の絶対防御か。素晴らしい安心感だ」



経済的・精神的な余裕を手に入れたアテムは、今度こそ本当に「丁寧な暮らし(アテム基準)」を再開した。
まず、あの壊滅的だった自炊スキルが、金銭の力によって補われた。
「水出しの麦茶」のクオリティを上げるため、彼は海馬コーポレーションの給与で「ボタン一つで最高水準の純水を生成する高級ウォーターサーバー」を導入。さらに、全自動で具材を完璧に煮込む高級電気調理鍋を購入したことで、ボタンを押すだけでカレーが召喚されるという、家事の自動化(デッキ構築)に成功した。
洗濯物のローテーションも、モクバがくれた全自動洗濯乾燥機のおかげで「乾いたらそのまま着る」というスタイルは崩さないものの、常にシワのない、清潔で極上の香りがするよれよれないシャツへと進化を遂げていた。
寝癖だけは相変わらずチャームポイントとしてぴょこんと跳ねていたが、今の彼から漂うのは、くたびれたフリーターの哀愁ではなく、「私生活が謎に包まれた、若き天才エグゼクティブ」のオーラだった。



ある休日の午後。
アテムは仕立ての良いカジュアルな服を纏い、久しぶりに心の底からの笑顔で「亀のゲーム屋」の扉を開けた。
「よぉ、相棒。心配をかけたな。実は……仕事が決まったんだ」
「えっ!本当かい、もう一人のボク!?」
遊戯はカウンターから身を乗り出して喜んだ。
「よかったぁ!ずっと就職活動がうまくいかないって落ち込んでたから、僕もじいちゃんも心配してたんだよ。……で、一体どこの会社に決まったの?」
「海馬の城だ。海馬コーポレーションの特別顧問として、システムやゲームの開発に携わることになった」
「えええええっ!?海馬くんの会社!?」
遊戯は目を丸くして驚いた。そして、少しだけ納得したように、ふふっと苦笑した。
「そっか……。うん、確かにあそこなら、もう一人のボクのゲームセンスをこれ以上ないくらい活かせるよね。良かった。……でもさ」
遊戯は顎に手を当てて、素朴な疑問を口にした。
「普通に一般の求人から受けても、海馬コーポレーションなんて最初の書類選考で100%はねられること間違いないのに、よく採用されたね。……あ、海馬くんに直接会いに行った?」
「いや、向こうの黒服に拉致されるように連行されてな。そこで海馬に履歴書を見せたら、あまりの出来の悪さに呆れられたんだが……、そのままその場で契約を突きつけられたんだ」
アテムが事もなげに「水出し麦茶(高級サーバー版)」をマイボトルから飲みながら言うと、遊戯は一瞬だけ遠い目をした。
ーー……待って。ってことは、最初から僕が勧めてたみたいに、一番最初に海馬くんに会いに行ってたら、あんなに家賃や税金でボロボロになって、よれよれのくたびれフリーターにならなくて済んだんじゃ……?
すべてが遠回りだった。最初の数ヶ月の苦労は一体何だったのか。
だが、そんな相棒の心のツッコミを察してか知らずか、アテムは窓の外の青空を見上げ、フッと不敵に微笑んだ。
「現世のゲームは奥が深いな、相棒。一度どん底のフェイズを経験したからこそ、今の安定という名のフィールド魔法の有り難みが身に染みるというものだ」
「あはは……キミが前向きなら、それでいいんだけどさ」
紆余曲折を経て、ようやく現世での完璧な「勝ち確盤面」を築き上げたアテム。
最高のライバルの城で、最高の相棒に見守られながら、元ファラオの現代サラリーマン生活(特級クラス)は、今日も非常に「丁寧」に、そして有意義に更けていくのだった。



海馬コーポレーションの特別顧問として、経済的にも精神的にも完全な「勝ち確盤面」を構築したアテム。
そんなある日のこと。スマホの画面に、遊戯からのメッセージが表示された。
『今週末って空いてる?久しぶりにみんなで集まって遊ばないかい?』
今まではアテムの生活がギリギリで、精神的な余裕もなさそうだったため、遊戯が気を遣ってそっとしておいてくれたのだ。だが、今のファラオに死角はない。格安SIMの通信制限に怯えることもなければ、深夜警備のシフトに追われることもないのだ。
「フッ、もちろんだ、相棒。俺のスケジュールは完璧にコントロールされている」





週末。待ち合わせ場所に現れたアテムを見て、城之内、本田、杏子の3人は一様に目を見張った。
「おいおいおい! 見ろよ城之内、アテムの奴、なんかめちゃくちゃシュッとしてねぇか!?」
「マジかよ、こないだ遊戯から『よれよれのTシャツで死にそうな顔して麦茶すすってた』って聞いた時は心配したけど……なんか高級そうな時計つけてやがる!」
「フッ、久しぶりだな、みんな」
アテムがシャープに戻った髪型を揺らし、不敵に微笑む。
その日は、まさに「あの頃」に戻ったような最高の休日だった。
まずは童実野町の大型カードショップへ向かい、最新のパックをチェック。アテムはもはや軍資金を気にする必要がないため、かつての「お小遣いギリギリの買い方」ではなく、スマートに大人の買い方を披露して城之内を悶絶させた。
その後、杏子の提案で新しくできたおしゃれなカフェへ。
運ばれてきたアイスコーヒーを一口飲んだアテムは、静かに頷いた。
「なるほど。豆の選定、そして抽出の温度……我が城のウォーターサーバーを用いた水出し麦茶に匹敵する味わいだ」
「もう一人のボク、カフェのコーヒーと麦茶を比べちゃダメだよ……」
遊戯がすかさずツッコミを入れ、一同は大爆笑に包まれた。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜。
「この後どうする?」という話になった時、アテムが自然に口を開いた。
「杏子は門限があるだろうが、良ければこの後、俺の『聖なる領土』へ来ないか?歓迎するぜ」
こうして、杏子と駅で別れたアテム、遊戯、城之内、本田の4人は、モクバが手配してくれた最高級高層マンションへと向かった。
「うお、うおおおおーっ!?何だこのタワマン! やべぇ、エレベーターが速すぎて耳がキーンとする!」
城之内がベランダからの夜景に大はしゃぎする中、本田は戦々恐々としながら部屋を見回していた。
「なぁ遊戯……アテムの奴、家事スキル壊滅的なんだろ?部屋の中、脱ぎ散らかしたTシャツの山とか、カビの生えた怪しい物体とかが錬成されてるんじゃ……」
しかし、一歩足を踏み入れた男たちの目に飛び込んできたのは、意外すぎる光景だった。
「……あれ? めちゃくちゃ綺麗じゃん」
部屋は驚くほど片付いていた。
全自動洗濯乾燥機から引き抜かれたTシャツは、ハンガーにかけられてクローゼットに美しく整列している(ハンガーから直接着るスタイルは崩していないが、服が増えたためクローゼットが機能し始めたのだ)。
キッチンには、ボタン一つで極上の水が出る高級ウォーターサーバーが静かに光を放ち、シンクには洗い物の残骸一つ落ちていない。
「座ってくれ。今、宴の準備をする」
アテムは手際よく(というか、すべて全自動調理鍋と最新家電のボタンを押すだけで)冷えたビールと、完璧に温められたおつまみの数々をローテーブルに並べた。
「おいおい、アテム……お前、案外まともに、っていうか最高にちゃんとした暮らしを送ってんじゃねぇか!」
城之内が感心したようにビール缶を掲げる。
「フッ、言っただろ。俺はいつだって『丁寧な暮らし』を心がけている、とな」
アテムは誇らしげに、自慢の高級水出し麦茶(今夜は特別にライム添え)が入ったグラスを掲げた。
「あはは、本当だね。前のグレーなアパートの時はどうなるかと思ったけど……今のキミは、現世のシステムを完全に味方につけたみたいだ」
遊戯が嬉しそうに微笑み、缶を合わせる。
カラン、とグラスの中で氷が鳴る。
冥界の退屈から脱走し、現世の荒波に揉まれ、一時はくたびれたフリーターにまで身を落としたファラオ。だが、今この瞬間に彼の周りにあるのは、汗水垂らして手に入れた「確かな自立」と、どんなに時代が変わっても決して変わらない、大切な仲間たちの笑顔だった。
「さあ、始めよう。今夜は朝まで、俺たちの『ゲーム 宅飲み』の続きだ!」
童実野町の夜景をバックに、男たちの賑やかな笑い声が、ファラオの温かい新居にいつまでも響き渡っていた。
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