05 June Bride

「かなり当たりの男だ」言い切るアテムと、否定しない社長の話。


アテムが婚姻を希望した日から、王宮はまた騒がしくなった。
婚姻の儀。
王と、その伴侶の、正式な祝典。
そのための支度に、衣装係が走り、神官が暦を見て、装花担当が泣きながら花の数を数えている。
統括しているのはもちろん他でもないセトである。
ある日、全工程表を持って現れた。
「式次第、警備、祝宴、記録係、来賓席、乳幼児対応席まで手配済みです。」
「乳幼児対応席とは何だ。」
「ソティス様が途中で飽きた場合の避難区画です。」
「妙に有能だな。」
「当然のことをしているまでです。」

当日。
瀬人は青と白の正装に身を包んでいた。
立っているだけで圧があるのだが、女官達はざわついた。
「顔が良すぎる。」
「良いのに怖い。」
「怖いけど良い。」
「聞こえているぞ。」
一方、アテムは金糸を織り込んだ白の礼装だった。
王の威厳と、花嫁のための華やかさが上手く同居している。
その本人は鏡の前でそわそわしていた。
「おかしくないよな。」
「お前がそう見えるのなら世界の美の基準は崩壊する。」
「それは…褒めているのか?」
「ただの事実だ。」

儀式は厳かに進んだ。
誓詞を読み上げ、杯を交わし、指輪の代わりに護符を交換した。
瀬人の手が、僅かに緊張しているのを、アテムだけが知っていた。
「瀬人。」
「何だ。」
「手が冷たいぜ。」
「うるさい。」
「緊張してるだろ。」
「黙れ。」
「嬉しいもんだ。」
「黙れ。」
誰もが美しさに感動して挙動不審になる中で、セトだけが、いつも通り冷静に進行していた。
「次は、祝福の拍手です。」
全員が一斉に拍手をした。
何故、お前が指揮をしている。瀬人はそんな顔でセトを見ていた。

儀式が終わり、2人が並んで立つ。
瀬人がアテムの表情を確認した。
「瀬人。」
「何だ。」
「かなり良かった。」
「そうか。」
「幸せだ。」
瀬人は少しだけ口元を緩めた。
アテムは確かに満足そうだった。だが、男に戻ってはいなかった。
「…なら良い。」








その夜。
祝宴も終わり、ソティスも眠り、ようやく2人きりになった寝室。
アテムが言った。
「なあ瀬人。」
来たか。と瀬人は思った。
「何だ。」
「現世でもやりたい。」
瀬人は目を閉じた。
「…何を。」
「結婚式だ。」
「先ほど終えたばかりではないか。」
「だが、現世の式はまた別だろ。世話になった人に報告をするらしい。」
「誰の知識だ。」
「◯クシィ。」
「ゼ◯シィ…。」
アテムは身を寄せる。
「それに、白い服も着たい。」
「着ていただろう。」
「違う白い服だ。」
「……。」
「6月がいいらしい。」
「情報源は。」
「ゼク◯ィ。」
「ゼクシ◯……。」
「駄目か?」
「……。」

だが、瀬人は翌朝にはもう動いていた。
海馬コーポレーション本社で指示が飛ぶ。
「会場を建設しろ。」
「はい。」
「衣装は最上級だ。」
「はい。」
「警備は二重。」
「はい。」
「招待客は選別する。」
「はい。」
「子連れ導線も確保。」
「はい。」
「社長…何の案件ですか。」
「最有力案件だ。」

1週間後。
アテムは何も知らずに冥界で茶を飲んでいた。
そこへ瀬人が現れる。
「行くぞ。」
「どこへ。」
「現世だ。」
「何故だ。」
「全て手配した。オカルトアイテムも不要だ。」
「急に何の話だ。」
「結婚式だ。お前が言い出したのだろう。」
アテムは一瞬ぽかんと間の抜けた顔をした後、笑い出した。
「はは!」
「何が可笑しい。」
「お前は本当に、俺が望むと世界を動かす。」
「うるさい。」
「好きだぜ。」
「…知っている。」
抱き上げられたソティスがきゃっと笑う。
3人で現世へ向かう背中を、王宮の者たちは見送った。
セトが一言だけ呟く。
「次は新婚旅行案件でしょうか。」
その手の中には、アテムの予備のタブレットがあった。
開かれているのは、ピンクの表紙の雑誌だった。
「先回りするな!」と、どこか遠くで瀬人の声がした。



現世での式当日。
海馬コーポレーションの式典ホール、その周辺数区画は朝から異様な熱気に包れていた。
報道ヘリが飛ぶ。中継車が並ぶ。各国メディアが柵の外で叫ぶ。
「速報です!海馬コーポレーション社長、海馬瀬人氏が本日、結婚式を執り行うとの情報です!」
「相手の素性は依然非公開!」
「そもそも海馬氏が結婚という概念に着地するとは…!」
世界中が大騒ぎをしていた。
当然である。
仕事とカードしか頭にない男が、浮いた話など1つもなかった男が、海馬瀬人が、結婚する。
しかも自ら会場を建設し、式を主催し、招待客まで選別した。
もはやそれは、隕石情報に近いお祭り騒ぎだった。
瀬人は控室でネクタイを直しながら、苛立たしげに言った。
「騒ぎすぎだ。」
モクバが涙目で答える。
「兄様が結婚するんだよ!騒ぐよ!」
「泣くな。」
「だって兄様が!」
「そういう意味なら、先週には既婚だ。」
「そこがまた泣けるんだぜぃ…。」
「仕方のない奴だな。」
一方、別室では。
アテムは念願の白い衣装に身を包み、髪を整えられていた。
女の姿にもすっかり馴染み、王の気品と花嫁の華やかさを織り交ぜて。
「海馬くん、入るよ?」
何故かモクバに呼ばれていた遊戯達は、入室した瞬間、固まった。
「……え?」
「……は?」
「……マジかよ。」
遊戯、城之内、本田、杏子。全員、数秒停止した。
アテムが振り向く。
「久しぶりだな、皆。来たか。」
何故ここにアテムが。総意だった。
「来たか、じゃないだろ!」
城之内が叫んだ。
「お前、女だったのか!?」
「いや、元は違う。」
「女装…いや、違うよな。」
本田が額を押さえる。
「情報量が多い…。」
杏子は口元を押さえた。
「綺麗ね…。ってそこじゃなくて、どういうこと?」
アテムは、式を上げるだけの既婚者として、何故か堂々としていた。
「そうだな…、話すと長くなるが、まあ、色々あったんだ。」
「説明が雑すぎる!」
遊戯だけが目を細めて笑った。
「でも、キミらしいかな。」
「遊戯、飲み込み早すぎない?」
「オカルトには慣れたからね。」
城之内はまだ混乱していた。しかし、重要な点には気付いた。
「いや待てよ…。もっと根っこの話があるだろ。」
全員の視線が一点に集まる。
「アテムがここに居るってことは…よりにもよって、海馬なのか?」
アテムは少し胸を張った。
「そうだ。」
「何でそんな誇らしげなんだよ!」
「良い男だ。」
「海馬が?」
「そうだ。当たりの男だぜ。」
「当たりぃ!?」
杏子が吹き出した。
「自慢なんだ…。」
アテムは真顔で頷く。
「それなりにな。」
遊戯が静かに言う。
「海馬くん、ちゃんと大事にしてくれてるんだね。」
アテムは少し柔らかい顔になった。
「ああ。驚くほどな。」
そこへ、モクバが扉を開けた。
「皆、そろそろ時間だぜ。」
その腕の中には小さな子供がいた。
「あ、紹介するぜ。この子がソティス。俺の娘だ。」
沈黙。
全員が、口を開けたまま止まった。
震える声で、城之内が絞り出す。
「…え、子供、いんの!?」
「いる。可愛いだろ。」
「いる、じゃねえよ!」
本田が壁に手をついた。
「もう、順番が全部おかしい。」
杏子は涙目で笑っていた。
「ちょっと待って、可愛い…眉間が海馬くん。」
「そこまで似るのか…。」
遊戯がソティスを見て微笑む。
「おめでとう、アテム。」
その一言で、アテムの表情がふっと緩んだ。
「ありがとう。」

式が始まった。
最初だけメディアも入る。
扉が開き、世界中のカメラの前に現れたのは、白の正装に身を包んだ瀬人と、白い衣装のアテム、そして抱かれたソティスだった。
フラッシュが弾ける。
レポーターたちの声が裏返る。
「相手の女性は!?」
「お子様までいらっしゃる!?」
「情報整理が追いつきません!」
瀬人は不機嫌そうに一瞥した。
「時間だ。下げろ。」
報道陣が一斉に退出させられる。
「相変わらず容赦のない奴だな。」
城之内が笑う。
報道によって、海馬コーポレーションの株価が朝から動き、各国のメディアが特番を組んだ。
SNSは、当然燃えた。
以後は招待客だけの静かな式になった。
誓いの言葉も、指輪の交換も、ソティスが途中で「あー」と声を出したことも、全部ひっくるめて温かかった。
そして何故か、あちこちで人が泣いていた。
海馬コーポレーション重役達。
「社長が…家庭を…。」
「人の心が…あった…。」
「前からあった…。」
モクバ。
「兄サマぁ…!」
遊戯たち。
「良かったなあ、アテム…。」
「城之内くんまで泣いてる。」
「うるせえ!」
アテムも少し目元が熱くなった。
「瀬人。」
「何だ。」
「皆、泣いている。」
「勝手に泣かせておけ。」
「お前も少し泣きそうだ。」
「それはお前だろう。」
誓いを終え、2人が並ぶ。
ソティスはその間で機嫌よく笑っている。
アテムは小さく囁いた。
「現世でも、やって良かった。」
瀬人は短く息を吐いた。
「お前が満足なら、それでいい。」
「優しいな。」
「違う。」
「なら、何だ。」
「…俺も悪くないと思っているだけだ。」
アテムは嬉そうに笑った。
その瞬間、後方から城之内の声が響く。
「海馬がデレた!」
「つまみ出せ。」
笑い声と涙声が混ざる。
世界が驚いた結婚式は、当人たちにとっては、ようやく形になっただけの幸福だった。



結婚式の喧騒が去った夜。
海馬邸で2人は、珍しく静かだった。
ソティスは乳母たちに預けられ、窓の外には童実野町の灯りが瞬いている。
「ようやく2人きりだな。」
アテムが微笑む。
「騒がしすぎた。」
瀬人はネクタイを外しながら言った。
「世界規模だ。」
「お前が騒がせたんだぜ。」
「お前が言い出した。」
「だが叶えたのはお前だ。」
アテムが近付き、指先で瀬人の襟元を整える。
「瀬人。」
「何だ。」
「やっぱりお前は…当たりの男だ…。」
「…その呼び方はやめろ。」
「嫌だ。」
王のように堂々と、花嫁のように艶やかに笑う。
瀬人は数秒黙り、やがてその腰を引き寄せた。
「……好きに呼べ。」

その後のことは静かな夜に預けられ、語られない。
言葉は少なく、触れ方は深く、長い時間を埋めるような甘い夜だったと記録しておく。





翌朝。
海馬邸の玄関で、警備員達が困惑していた。
「通して良かったのか?」
「本人が招き入れてしまった。」
「本人?」
「奥様だ。」
リビングでは、遊戯、城之内、本田、杏子が既に座っていた。
「うわ…海馬ん家か…。」
「相変わらず落ち着かない…。」
「高そうな壺しかないし…。」
アテムは機嫌良く茶を注いでいる。
「よく来たな。」
「よく来たな、じゃねーよ!」
城之内が叫ぶ。
「入って良かったのか?」
「今は俺の家でもあるからな。」
「強ぇ…。」
杏子が紅茶を見つめながら呟いた。
「本当に結婚したんだ…。」
本田が腕を組む。
「で、聞かせてもらおうか。」
「何をだ。」
「海馬のどこがいいんだ?」
一斉に頷く3人。
遊戯だけが苦笑している。
アテムは少し考え、指を折った。
「顔。」
「は?」
「有能。」
「うん。」
「誠実。」
「へえ。」
「夜泣き対応が速い。」
「生活評価?」
「荷物を持つ。」
「地味に大事ね。」
「俺を大事にする。」
そこで全員が黙ったが、アテムは真顔だった。
「かなり。」
杏子がふっと笑う。
「…それは、強いわね。」
城之内がまだ食い下がる。
「でもよ、あいつ性格キツいだろ!」
「そうだな。」
「偉そうだし!」
「そうだな。」
「面倒くさいし!」
「そうだな。」
「じゃあ、何でだよ!」
アテムは当然のように言った。
「全部込みで好きだからな。」
「重っ!」
本田が叫ぶ。
「愛が重い!」
「俺だけじゃないぜ、あいつも大概、俺のことが…。」
その時、廊下の向こうで赤子の泣き声が響いた。
「ふぇええええん!」
乳母が慌てて現れる。
「奥様、ソティス様が泣き止まれません!ミルクも飲まず、おむつも違いまして…!」
「ああ、なるほど…今……。」
アテムが立ち上がろうとした時。
「ソティス。」
廊下の奥から瀬人が現れた。
髪もまだ整え切っていない。だが、状況把握は迅速だった。
「泣き方が空腹だ。」
「分かるのか?」
城之内が叫ぶ。
瀬人は乳母からソティスを受け取り、哺乳瓶を確かめ、温度を指先で測る。
「少しぬるい。替えろ。」
「は、はい!」
新しいミルクが来る。
瀬人が抱き直して飲ませると、ソティスはぴたりと泣き止み、ごくごくと飲み始めた。
沈黙。
本田が小声で言う。
「…何だ今の。」
杏子が呆然と答える。
「お父さん…だわ。」
遊戯が微笑む。
「海馬くん、すごいな。」
瀬人は当然のように言った。
「アテム、お前は座っていろ。」
「だが。」
「いい。」
そのままソティスを抱いて去っていく。
腕には娘、歩幅には自信、顔はいつも通り、良いが怖い。
角を曲がる前、ソティスに向かってだけ少し声が柔らかかった。
「飲め. 今日は来客がやかましいがな。 」
そして消えた。リビングに長い沈黙が落ちる。
城之内が口を開く。
「…アテム。」
「何だ。」
「海馬、実は…めちゃくちゃ当たり?」
「言ったじゃないか。おむつの交換は俺より早いぜ。」
アテムは胸を張った。
どこか誇らしげで、少し得意げで、かなり嬉しそうだった。
「かなり当たりの男だ。」
「くっそ腹立つくらい幸せそうだなお前!」
アテムは笑った。
「そうだな。」
その時、遠くから瀬人の声がした。
「城之内、声量を落とせ!」
「聞こえてんのかよ!」
海馬邸の朝は、今日も騒がしく、そして平和だった。
Page Top