01 オカルトな彼

社長がオカルト属性かつ親切な話。


「遊戯、海馬コーポレーションから手紙が届いているわよ。」

疲労困憊。記憶戦争から帰った遊戯を、母はいつも通りに出迎えた。そして1通の封筒を渡す。
宛先もなく、切手は貼られていない。
聴けば黒服のサングラスをかけた人が直接届けに来たそうだ。
中身を確認すると、通行証が1枚に、メモには綺麗な字で常時使用可、とだけあった。
海馬コーポレーション。その社長の顔が浮かぶ。
間違いなくこれはもう一人のボクことアテム宛だろう。
「はい、これ君宛だから。いつでも行っておいで。」
「いつもなら強引に呼び出しそうなものなのに、罠か?」
そういうのはもう懲り懲りお腹いっぱいだな。と遊戯は思ったが言わなかった。嘘から出た真なんて洒落にならない。
もう一人の魂には還るべき場所があると言う。
永遠のライバルだと思っていた彼らの間に別離が訪れるのならば、せめて一度くらいはきちんと向かい合うべきだと遊戯は思った。どんな形であれ。それがたとえ罠だとしても。
もっとも、今の彼がそんなことするとは考えられないけれど。



海馬瀬人。彼とは色々、あった。因縁も、そして仲間意識すらアテムは持っていた。
信じる信じないは別だし、オカルトと取り合ってもらえないかもしれないけれど、それでも伝えたいことはあった。
「すぐでなくてもいい。その内、放課後にでも行ければ。」
「じゃあ決まりだね。」
「任せたぜ、相棒。」
「ええ、最初から君が行きなよ。ったく、しょうがないなあ。」



正面玄関を通り受付で社長の居場所を確認すると用件を尋ねられる。当たり前だ。なんと答えたら良いか分からず、送られてきた通行証を見せるとコンシェルジュの気配が引き締まったように感じた。
社長室へのルートを説明され、とりあえずそこへ向かうことにする。
この通行証、ことカードキーがあれば1番奥の直通エレベーターを使えるらしい。
エレベーターホールへ、それからエレベーターへ。何から何までカードをタッチしながら進む。誰がいつどこで使ったのかも記録されているんだろうな。厳重だ、と思いながら目指すは最上階。
驚いたことに、送られたカードキーは試しにタッチした社長室の扉すら開けることができてしまった。しまった、と思う。これで居なかったら非常に気まずい。果たして、目当ての人物は、いた。部屋の主が物音に視線を向けた。目が合う。
「来たか。」
「あのね、海馬くん。今日はア、じゃない、もう一人のボクから話があって来たんだ。」
そんな話はちゃんと聞いてくれているのかは分からない、何故ならアテムではなく遊戯だからだ。海馬瀬人という男は人の話を聞かない所がある。聞こえているはずなのに、聞いていないのだ。
だけどここで引くことは出来ない。
「あのっ」
「少し待て。」
あ、聞いていた。と遊戯は思った。今までの彼を思うと無理もない感想だった。
ややあってキーボードを叩く音が消え、彼が立ち上がる音がする。
「話があると言ったな。オレからは1つだけ尋ねたいことがある。だから1つだけ話を聞いてやる。」
訳が分からないが彼の中の理論ではそれで均衡が取れるのかもしれない。
「じゃあ、変わるね。」
意識を引くこの感覚も慣れたものだがあと1ヶ月かと思うと遊戯は感傷的な気持ちになった。





体の重み、浮上する意識。目の前には生涯の好敵手と認め合った海馬瀬人。
「よう。聞いてくれ海馬。実は俺の本当の…」
しかし瀬人は、先ほど聞いてやると言ったその口で話しだしたアテムの話を早速遮るのだった。
「システム起動、ロックだ。」
『ロック完了。レベル区分は?』
機械音声が答える。
「シャットアウトだ。誰も取り次ぐな。」
『レベル設定完了。』
呆気に取られていると目の前までやって来ていた男は僅かに笑み、これで邪魔は入らない。と告げた。
これは確かに大切な話ではあるが、完全にプライベートなこちらの用事である。
そこまでしてくれなくとも、と思い見上げると、笑みは消えていたが何故かとても晴れやかな表情をしていた。何か企んでいるのだろうか。いや、もはや彼との間にそのような陰謀めいたものは必要ないはずだ。
とかく、やっと聞いてくれそうな態度に、アテムが口を開く。
「お前に伝えなければいけないことがある。まず、俺の名…」
「待て。聞いてやる話は1つだ。まず、はおかしい。それから…聞くのは後ほどだ。」
名前と、魂のあるべき場所へ還ること。この2つを伝えに来たというのに1つとは。
聞いてないようで聞いているから勝手に話して帰ろうか、それとも上手く1つに纏まらないか。そんなことを考えていると伸びてきた手がそっと頬に触れ、降りてきた唇が触れた。
「えっ、なん…」
何故。そんな質問は再び塞がれた唇によって物理的に止められ、疑問は深くなる口付けに思考を止められてしまった。
海馬と、キスをしているのか?
不思議な状況は、見た事のない優しい視線に耐えきれず目を伏せた後も更に続いた。
深く、長い。クラクラしてスーツのジャケットを掴めば、その手を取られて抱き上げられた。常ならば考えられない状況だったが頭は回らない。
瀬人が、そっとパズルを外しテーブルに置いた。
「ブラインドを。カーテンをかけろ、指示をするまでそのままだ。」
『完了しました。』
機械音声が答える。正常でないのは自分だけだ。
上がった息を少し整えながら、そんなことを考えていた。
「仮眠室へ行く。」
スッとドアの開く音がした。
そのまま連れて行かれた先にはベッドがあり、そういえば仮眠室だと言っていたなと考え、あり得ない状況にアテムはやっと慌てるのだった。
先ほどの行為も、ベッドも、これが何を意味しているのかくらいは分かる。
「待ってくれ、こんなことをしに来たんじゃなくて、ただ話を。」
「静かにしろ。やっと、だ。」
囁くように、宥めるように。また、口を塞がれてしまった。



「だめ、だ」
何度目か口にした意味のないだめ。触れられるのが、その手や舌が嫌じゃない。どころか熱を生む。
緊張していた筈の体は、優しく触れられ、甘く溶かされ、思考までもゆるくされてしまったようだった。
「な、んで。急に。」
「急なものか。ずっと、こうしたかった。」
熱い、吐息のような声。
アテムの濡れた紅い目が瀬人を見上げる。そこには熱を宿した青い目があった。
何も考えさせまいとばかりに呼吸を奪われ、体中を愛撫される。耳も、胸も、前も。そして気づけば、指先は蕾に触れ、侵入しようとしていた。
「待っ、いっ。」
「苦しいだろう。力を抜け。」
眉間に口付けられ、目を開くととんでもなく甘い顔だ。この男の、こんな顔、知らない。
綺麗だなんて思いながら、手を伸ばす。
「ああ、本当に、愛らしい奴だ。」
じゃれるように撫で回されて、与えられる快感に抗わずに受け入れてしまえば、苦しさはなくなっていた。
体は受け入れている、この状況を、この男を、求めている。
瀬人が服を脱ぐのを眺める。締まった美しい体。先ほどまでこれに愛されていたのか。アテムは惹かれるように筋肉に触れた。
「あまり煽ってくれるな。」
ふっと笑みを零してまたキスを1つ。
ゆっくりあてがわれた先端が、これまたゆっくり入ってくる。
「くっ、う」
キツくないはずがない、痛い。
それでもお互いにこんな所でやめられるはずもないことはわかっていた。
頭を撫でられ、乳首を舐められ、蕩かす指先が、舌先が、巧みにアテムの体から力を逃がして奥まで入ってくる。
1つになった所からは甘い幸せが上ってきて、アテムの口からは声とも吐息ともつかないものが漏れる。
「く、はぁっ…」
そうして見開いた目を閉じれば涙が一筋溢れた。
困ったように涙を吸い、瀬人がゆっくり動き始める。
だんだん激しく揺さぶられ、とめどなく喘ぎ声を上げ、男の名を呼び、求めた。その辺りからはもう、断片的にしか記憶がない。



明け方だろうか、ガウンを羽織らされて抱き上げられたことで目が覚めた。
歩調に合わせた振動にゆっくり意識が覚醒していく。今度はなんだろう。
やがて立ち止まったのは童実野町が一望できる窓際。瀬人のデスク。いつもこんな世界を見ているのか、と街を眺め、それから空を見る。もうかなり明るく白み始めていた。
隣に居る男は何も発さないで遠くを見ている。流されるように関係を持ってしまったが、こんな時に、何を話していいのか分からず、同じように遠くを見る。
それから、あまり間を置かず登ってきた朝日に街が照らされていくのを眺めていた。
「どうだ、光の射す未来は、アテム。」
声にならなかった。
綺麗だ、とただそれだけのことが言えていただろうか。
記憶戦争には勝利したが、自分が消えた後のことは知らない。
セトが新たな王となりきっと復興させてくれただろう。かの国にもこのように美しい光が差していればいい。
「問おう。見たかった景色は、見られたか。平和は、あったか?」
瀬人が問う。
何で分かるんだろうと不思議に思いながら、昨夜から言いたかったこと。俺の名はアテムと言うんだ。と答えになっていない返事をしていた。
それから気付いたのだ。
さっき、彼は何といった。

どうだ、光の射す未来は、『アテム。』

頭の中で反芻する。
「知って、いたのか?お前はやはりセトなのか?」
「いや、俺はアレではない。ただ、アレの踏み記した過去を知っているだけだ。」
「それなら、何故、知っていたならどうして。」
「教えられたとして、1人で邪神に挑んだとでも?丸腰のままで?戦いの準備もせずに?」
あり得る。今までの試練や三幻神、仲間の存在がなければ勝つことは不可能だったが、使命感から戦いを挑むことは想像に易い。この男はなんとも自分のことを知っているものだ。
押し黙るアテムに、瀬人はそれ以上の追及はせず、優しく穏やかに微笑むだけだった。
まさかアテムを取り巻くものを悉くオカルトの一言で片付けてきた。見えているものしか信じていないと思っていた。そんな彼が。
「あぁ、もう。お前が1番オカルトじゃないか。」
文句を言ったところで、ものすごく満足そうに笑っただけだった。昨夜から見ている笑顔のバリエーションだけでアテムには情報過多だったのに。もはや、そんな表情も出来るのかよ、なんて月並みなことを思うことしか出来なかった。



朝日が昇るのを、デスクに腰掛けて並んで眺めているというのはどのように映るだろうか。
「海馬、聞いてほしい。俺はもうすぐ…」
「お前の話なら1つ聞いたぞ。アテムと言う名を伝えたかったのだろう。」
「それは知っていたんだから無効だぜ。」
「いいや、俺は確かに聞いた。有効だ。」
ああ、これはいつものお互いに譲らないパターンだ。
夜が明けて暫く経っている、街は明るくそろそろ学校の支度もしなければならないだろう。いや、もう家に帰っても遅刻かもしれない。高く昇った太陽に、急に現実へ引き戻された。
手を伸ばして千年パズルを掴もうとする。届かない、やたら大きなデスクのせいか。カーペットに消されて足音はしないが、ペタペタと反対側へ回り込む。
相棒、おはよう。千年パズルに伸ばした手は、しかし何の感触もなくすり抜けた。
「え?あれ?」
何度掴もうとしても触れることのできない千年パズル。このままもしや相棒が魂のあるべき場所へ還ってしまうのではと焦る。
そんなアテムの様子を瀬人は楽しそうに眺めているだけだ。
「海馬、これはどういう状況なんだ。パズルが俺を拒んでいるのか?いや、これは俺のもので、だから…相棒」
「アテム。生前それを誰かに譲渡したのでは。」
思い出す。砕いてセトに託したパズルと未来。返してくれと見つめるが。
「生憎と俺はアレではないぞ。」
そうだ。セトと海馬瀬人はイコールではない。
「こうなったら、お前の中のセトを呼び出して決闘 (たたかい)を…。」
「なんとも物騒で傍迷惑な話だ。」
「ああ本当だ、これじゃいつもの海馬と同じだ。」
「誰が物騒で傍迷惑だと?」
「自覚がないのか。」
そう言うも、言い返されることはなく、ほのかに笑んだだけだった。
瀬人の手が伸びてパズルを持ち上げる。なんだよやっぱりセトなんじゃないのかと出かかったのを我慢する。
「10年だ、復興に奔走し、千年アイテムの力をその魂に移し、生涯を終えた。そんな荒業をしたがために、魂を削りすぎたのだ。更にその魂を割って再構築、自分は黄泉へ、残った魂の器を輪廻へ。」
「魂を、割る?」
「魂とは記憶の器。生まれ出でては記憶で満たされ、死とともに記憶は黄泉へ、空の器は未来へと巡る。アレは千年アイテムの力を削ぐために自分の魂へとその力を書き込み、黄泉へ渡った。それだけでは未来に邪神と戦う準備としては無意味だろうがな。」
「だが間違ってはいない。千年アイテムの力は、強すぎた。」
そうかもしれんな、と瀬人が目を伏せる。
「200年。来たる決戦のために石版を遺し、王墓に記された名を削り、墓守の一族の整備をした。それらを遂行するために再構築された魂の器には少しの記憶が書き込まれていた、周到なことだ。輪廻した魂はそれを頼りに土台を整えた。」
アテムの瞳が見開かれる。次に来るのはきっと、
「3000年。」
やはり。10年、200年、と土台を整えたのだ。もう後は現在でしかない。
「待った。魂に刻まれた千年アイテムの力を使い、何度も踏み外されそうになる決戦への準備を微調整しながら。幾度も転生は繰り返された。気が遠くなる話だな。」
理解に苦しむ。と瀬人が息を吐く。
遠くを見つめているような目は、何を眺めているのだろう。3000年分の誰かの記憶だろうか。
ゆっくりと振り向いた表情はとても穏やかで、柔らかい。包みこまれそうな。
「そして今だ。だが俺はアレの記憶にいいように使われるのは性に合わん。あの力も使わない。俺は、何も、しなかった。」
嘘だ。何度も好敵手として対峙したのは、時に自分以外に負けるのは許さないと力をくれたのは、他の誰でもないこの男。
海馬瀬人という存在がなければあの死闘を戦えるほどに強くはなれなかった筈だ。
ペレト・ケルトゥ。石板に記されている通りのことをやってのけたのだ。
ここまで誰かに思われていたなんて。鈍いと思っていた自分ですらそう感じる程に。
アテムは急に胸がいっぱいになり、涙を溢れさせた。ポロポロと、後から後から溢れてくる。
「あれ?なぜ、俺は泣いている?」
孤独だったと思っていた。記憶を取り戻してからも、封印された魂は孤独だったのだと思っていた。
だが、戦っていたのは、1人きりで、ではなかったのだ。記憶がある分、いつ蘇るともしれないアテムを待つ、セトの魂の方がずっと孤独だったのではないだろうか。
「あまり泣くと出歩けなくなるぞ。」
「分かってるさ。」
涙の意味まで知っているかのように、抱きしめてきた腕はとても優しかった。





「アテム、1ヶ月はこちらにいる。いつでも来るがいい。」
1ヶ月。エジプトへ行くのは1ヶ月後だ。それすら知っているのだろうか。千年アイテムの力を使えると言うのなら、未来を見通す力もある筈だ。それとも考えすぎか、千年タウクは千年アイテムの所持者の未来を見ることは出来ない。
いまいち読めない彼の考えに、じっと見つめて続きを促す。
「1ヶ月後にはアメリカだ。来るか?」
行きたい、共にありたい、と言えればどれだけ良かったことか。
「アメリカには、行けないぜ。」
少し悲しげに呟く。
瀬人はそんなアテムを暫し見つめてから、ニヤリと笑った。この表情は知っている。
「ならば俺がお前の所へ行くまでだ、どこであろうとも。次に待つのはお前の方だ。カーテンを解除しろ。」
『承知しました。』
あの機械音声が答えると共に、瀬人の手の中から千年パズルが消えた。そして少し離れた所から現れる千年パズル。
「ソリッドビジョン。」
してやられた。涙はもう、止まっていた。
そこにあったのは、穏やかな今だけであった。

安心しろ、長く待たせはしない。その言葉を胸に、アテムは部屋を後にした。
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