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2026年7月の記事(4件) すべての記事

紙とデジタル

2026.07.26 13:45
紙の本っていいよねという説がある。
紙の本は認知負荷が低いという説がある。
こうして並べると、紙の本が良いことを証明するためには大変面倒くさそうだってことに目がいく。
結果に興味はあるが証明する気はない。

考えてみよう。
必要なサンプルは最低でも3群かな。
群①:認知負荷耐性が低め
→紙でないと処理しきれず「紙が良い」と答える人。
群②:認知負荷耐性は高いが、負荷が低い分のリソースを味わうことに使う選好がある。
→紙でも電子でも処理はできるが、あえて紙を選ぶ人。
まだ足りない。
群③:認知負荷耐性が高く、媒体そのものの質(体験・所有感・視覚的快さなど、負荷とは独立な要因)でしか差が出ない人。
→ここで紙が選ばれれば「認知負荷の話ではなく、別の理由で紙が良い」ことが証明される。かもしれない。
群③をどのレベルでどう集めるかというのも大変面倒くさそう。
仮に集められたとして、仮に紙の本が選ばれたなら好みかもしれない。

が、認知負荷耐性高くても、デジタルが人間にはまだ早すぎてる可能性もある。
だから、かもしれない、になってしまう。
余談
デジタルネイティブが④として加わったとして、彼らはデジタル環境に早くから慣れている人であって、デジタル環境に生物学的に最適化された人ではない。
結論は、まだ出そうにない。
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古の個人サイト

2026.07.24 13:42
かつて個人サイトを運営してた時、今のコンテンツの他には、主に何が置かれていただろうか。
残すところはBBSとメールとmidi辺りかな、という気がする。
といってもこの辺りは置かない予定たけど。

ところで、今の個人サイト事情について少し調べてみた。
プロバイダ契約してたら普通に作れてた頃は、サーバは気にせず建てるだけだった。
ホームページビルダーか何かがあればそれで良かった。
素材もコードもあちこちに転がっていたからすぐにコピペで形になってた。
現代はノーコードでもコードありでもいける、らしい。
ノーコードだとプラットフォーム系もあって、完成形を渡されがちな現代の子達には合っている可能性がある。優しい。ただし、サ終の恐怖とトレードオフ。
一方で、作ってみたい系の人にはあまり優しくないかもしれない。
プラットフォームが発達し過ぎているので、あちこちに転がってた初心者向けのものはあまり落ちていなくて、GitHubのような意味不明な所に収納されたりしていて触りたくない領域の可能性がある。私も触りたくない。

余談。料金について。(月次)
WordPress使えたりするレンタルサーバで1回のカフェ代くらいが相場かな。
プラットフォーム型は調べてないけどもう少しお高め?
(因みにここは格安プランWordPressなしなので自販機の缶飲料レベル)
サ終が怖い人や格安で作りたい人へ。
支払いや契約の手順など何でもいいので、説明が分かりやすい所のサーバをレンタルする。
あとはフリーのレスポンシブサイトのテンプレート一式を手に入れたら案外何とかなります。
個人サイトを時の彼方に葬り、フォレストサイトでサ終に遭った私は何とかなってる。
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レシピ / ア・ラ・デルダーラ

2026.07.18 13:38
ジャガイモのデルダーラ
カレーの副菜に ースパイス香るジャガイモ炒めー

材料
ジャガイモ 一口大 8切れ(下茹でまたはレンジ加熱)
タマネギ スライス 1/4個
ココナッツオイル 適量

A(テンパリング用スパイス)
マスタードシード 1つまみ
クミンシード 1つまみ
粗挽きチリ 1つまみ
ニンニク(みじん切り) 1かけ
生姜(みじん切り) 1かけ
カレーリーフ 数枚

B(調味料)
塩 1つまみ
胡椒 1つまみ
ハールマッソ 1つまみ
コリアンダーパウダー 1つまみ

作り方
1 フライパンにココナッツオイル、A、タマネギを入れて炒める
2 Bを加える
3 ジャガイモを加え、火が通ったら完成

カレーにでも添えてどうぞ
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友達というもの

2026.07.02 13:31
定義は色々あると思うけど、学生時代の周囲の人々をそう呼ぶのなら、卒業以来、私には友達が居ないのだ。
と、そう気付いたのが約9年前。

そして、
友達が居る、というのがどのような状態なのかを知るために、友達が居ない人間のパターンをいくらか調べることにした。
そこを突破すれば体験できるのではないか、などと考えたらしい。
そして、調べている中で、このパターンが自分に近いのでは?と思しきものを見つけ、似通った性質を持つ人間の集まるサークルに入ることにした。
顔見知りや話し相手が出来た
果たしてそれが友達なのかどうかは分からないまま今に至る。
そう言った点で言うなら、学生時代に周りにいた人々が本当に友達という属性だったのかは怪しい。
当時から私は大抵、1人で好き勝手に行動していたのだから今と変わらない。

その後どうなったかというと、
当初の『友達が居る、というのがどのような状態なのかを知ること』はどうでも良くなってしまったのだった。
出発点はいよいよ怪しくなっている。
好奇心なのか、それとも欲求なのか。配合不明だけれど、色んな要素がいくらかずつ、混ざっている。そう、考えるのが正しい気はする。
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