アテムと美しい貌

アテム「遠くの推しより、会いに行ける推し。」
セト「仕事をしてください。」


海馬瀬人は大変顔が良かった。少なくとも、アテムにとっては永遠にガン見出来る顔面だった。



現世に居た頃から、アテムは暇さえあれば瀬人を見ていた。
睨まれても、訝しまれても、「何だ貴様は」と言われようとも、それでも見ていた。
何故そこまで見るのかと問われても、答えようがなかった。
美しい絵を前にした時に人は立ち止まるだろうし、星空を見れば見上げるだろう。そういったものと同じだった。
だから、冥界へ還った後も、当然のように海馬瀬人を見ていた。
問題は、その頻度と時間である。

「最近、王の様子がおかしいのです。」
ある日、神官の1人が、深刻な顔でセトに相談をしに来た。
「現世を覗いているだけでは?」
「はい…。それが、呼び掛けても反応が薄く…。」
「仕事は?」
「その…滞っております。」
セトは眉間を押さえた。
封印から解放されたばかりで、魂に不調が出ていてもおかしくはない。或いは、また現世で何か異変でも起きているのか。
そう考え、セトはアテムの様子を見に向かった。
扉を開けると、アテムは薄暗い室内で、現世を映す窓をじっと見詰めていた。
その集中ぶりは異様だった。
声を掛けても気付かなかった。
セトは眉を顰め、窓へ視線を向ける。
そして、沈黙した。
映っていたのは、海馬瀬人の顔だった。
どアップで。
恐らく術を調整しているのだろう。画角いっぱいに、青い目と、高い鼻筋、シャープな顎。整い過ぎた顔面が映し出されている。
瀬人は仕事中らしく、時折鬱陶しげに髪を掻き上げていた。
アテムは、それを真顔で凝視していた。ものすごい至近距離で。微動だにせず、瞬きすら惜しむように。
「……王。」
「……ん?」
「何をしているのです。」
アテムは窓から目を離さないまま答えた。
「見たら分かるだろ。」
分からないから聞いている。
それは言わず、セトは数秒黙った。
言葉を探した。
「もしや、ご乱心ですか。」
ようやくアテムが振り返った。
「何故だ。」
「何故だ、ではありません。」
セトは現世の窓を指差した。
「何ですかそれは。」
「海馬だ。」
「見れば分かります。」
「今日も、顔が良い。」
「聞いていません。」
アテムは心底不思議そうに首を傾げた。
「お前、まさか、こいつの顔を見て何も思わないのか?」
「思いません。」
「……嘘だ。」
「本当に何なのですか、その熱量は。」
アテムはため息を吐いた。視線はまた、窓に向かっている。
「海馬は、よくこうして眉を顰める。」
「だから何ですか。」
「機嫌が悪い時は目付きが鋭くなる。」
「興味がありません。」
「だが今日は少し眠そうだ。」
「…何故分かるのです。」
「ずっと見ているからな。」
「怖いことを言わないでください。仕事が待っています。」
「その方が怖い。あと5分だけ待ってくれ。」
真顔で言われ、セトは無言になった。
現世の窓には相変わらず海馬瀬人の顔面が映っている。
しかも今度は頬杖までついていた。角度は良かった。
アテムは微動だにせず、見ている。
「王。」
「5分経ったら戻る。」
「先程もそう仰っていました。」
「今度こそ本当だ。」
信用はもうない。
セトは静かに息を吐いた。
「……先代様?」
ぴくり、とアテムの肩が揺れた。
来た。
その声音だけで分かった。
これは駄目なやつだ、と。
アテムはセトのこの“先代様”呼びに、既に条件反射を起こす程度には学習していた。
まず、仕事が増える。次に、仕事が増える。とにかく仕事が増える。
そして、海馬瀬人を鑑賞する時間が減ってしまう。
最悪だった。
「公務に戻ってください。滞っております。」
「…そんなにか?」
「そんなにです。」
セトは淡々と言った。
「西区画の調整書類。魂の振り分け報告。神官会議の確認事項。未裁可案件が山積みです。」
言われる度に、アテムの顔が曇っていく。
だがセトは止まらない。
「加えて、昨日も“少し休憩する”と言って三刻程どこかへ消えたそうですね。」
「いや、あれは…。」
「現代の子を見ていたのでしょう。」
「……。」
図星だった。
セトは机の上に書類の束を置いた。
どさり、と重い音が響く。
非常に嫌な音だった。
「これはほんの一部です。終わるまで私の力で現世の窓を閉鎖します。」
「何!?」
アテムが勢いよく振り返った。
「待て。」
「待ちません。」
「横暴だ。」
「職務放棄する王に言われたくありません。」
セトは冷たかった。
しかし。
よく見たら顔が良かった。
アテムは、反射的に見詰めていた。
整った鼻筋。鋭い目。怒りを堪えた低い声。
良い。
非常に良かった。
「…何故そこで嬉しそうなのです。」
「いや。」
「いや、ではありません。何か隠しましたね。」
セトは深く溜息を吐いた。
3000年程王をやっていたが、ここまで話が通じない相手は初めてかもしれない。
「仕事を終えて、好きなだけ見ればいいでしょう。」
「いいのか?」
「勿論です。」
アテムは僅かに目を細めた。
それはつまり、仕事を終わらせれば合法的に海馬瀬人を見ていていい、ということだ。
やる気が出た。
「分かった。」
急に素直になったアテムに、セトは若干の警戒を覚えた。
「では行きますよ。」
「ああ。」
アテムは立ち上がり、名残惜しそうに最後にもう一度だけ海馬瀬人を見た。
するとちょうど向こうで海馬が顔を上げた。
鋭い青い目が真っ直ぐこちらを射抜く。
『…気の所為か?』
低く不機嫌そうに呟く声が、微かに冥界へ届いた。
アテムは少し感動した。
「今日も顔が良いな…。」
「閉じます。」
「待て…あ…。」





その日、アテムがセトの私室を訪れたのは珍しく仕事のためだった。
「開いていますよ。」
低い声に促され、扉を開く。
室内には紙の擦れる音だけが静かに響いていた。
机に向かっていたセトが顔を上げる。
「どうされましたか、王。」
「少し聞きたいことがある。」
「珍しいですね。」
失礼な言い方だったが事実なので反論は出来なかった。
アテムは軽く咳払いをして、手にしていた古い資料を掲げた。
「2700年前の魂の流入記録だ。分類方法が今と違う。」
「ああ。その頃は基準が曖昧でしたからね。」
セトは立ち上がり、アテムの持つ資料へ視線を落とした。
そして、その瞬間。
アテムは固まった。
セトは、今日はケプレス冠を外していた。
目元がよく見えている。
下りた前髪。鋭い眉に、鼻筋。整い過ぎた輪郭。
海馬瀬人だった。
いや、違う。
違うのだが、あまりにも似ていた。
しかも距離が近い。
近い上に、海馬瀬人より静かで、怒鳴らない。
──最高ではないか?
「……王?」
セトが訝しげに眉を顰めた。
その仕草すら良かった。
アテムは無言でセトを見詰めた。
見詰めて、考えた。
──何故今まで気付かなかった?
海馬瀬人は現世に居る。見るには現世の窓を開く必要がある。当然、時間も取られる。
だがセトは違う、すぐそこに存在する。



それからというもの。
アテムは、身近にある好みの顔を追いかけ始めた。
「セト。」
「何でしょうか、王。」
「今日も顔が良いな。」
「ありがとうございます。書類は終わりましたか。」
「まだだ。」
「そうですか。」
セトは穏やかに頷いた。
穏やかだった。
穏やかだったが、嫌な予感がした。
「…セト?」
「先代様。」
出た。
アテムは反射的に姿勢を正した。
「本日中に終わらせるよう、昨日も申し上げました。」
「いや、その…。」
「神官達の報告書。来月の視察予定。その他、滞留案件7件。全て止まっています。」
「……。」
「何故ですか。」
「…お前の顔を見ていた。」
セトは無言になった。
無言のまま、机の上へ書類を追加した。
どさり、と重い音が響く。あの嫌な音だ。
「増えてないか?」
「増やしました。」
「何故だ。」
「暇そうでしたので。」
「横暴だ。」
「仕事をしていない先代様が仰いますか。」
セトは冷たかった。
情け容赦はあったが、非常に冷たかった。
だが良い顔だった。
思わず見詰めていると、セトはすっと目を細めた。
「暫く私の執務室への出入りを禁じます。私も来ません。」
「何故?」
「顔を見て仕事が進まないのでしょう。」
「それは…そうだが。」
「だからです。」
「待て。」
「仕事が終わるまで会いません。」
酷い。アテムは、少し本気で焦った。
この日、アテムに効く罰「顔面閲覧禁止」が言い渡されたのだった。



仕方がないので、アテムは仕事をするようになった。
だが、仕事をしている内に気が付いた。
仕事で手を動かしていれば、セトは近くに居ることが分かった。
つまり。
仕事をしていれば、合法的にセトの顔を見られる。
「セト。」
「はい。」
アテムは真顔で言った。
「俺は、これから真面目に働く。」
沈黙が落ちた。
セトはゆっくりと瞬きをした。
「急にどうしました。」
「色々と気付いたんだ。」
「…そうですか。」

その後、本当にアテムは真面目に働き始めた。
朝から執務室へ来る。書類を片付ける。会議にも出る。
神官達は感動した。
ついに王が改心なされた、と。
だがセトだけは微妙な顔をしていた。
何故なら。
「……王。」
「何だ。」
「先程から何故ずっとこちらを見ているのです。」
アテムは書類から顔も逸らさず答えた。
「顔が良いなと思って。」
「やはりそれですか。」
視線が、非常に鬱陶しい。
アテムは、以前より堂々と見ていた。隠そうともしない。
何故なら仕事はしていたからだ。それも恐ろしい速度で。
「王、こちらの確認を。」
「ああ。」
「西区画の案件ですが。」
「後で見る。」
「ではこちらを先に。」
「分かった。」
職務態度も、異様なほど素直だった。
その代わり、ずっと見ていた。
セトが書類を読む時も。筆を走らせる時も。眉を顰める時も。
ずっと。
「…そんなに見て飽きませんか。」
「飽きない。」
即答だった。
セトは深々と溜息を吐いた。
やはり、どこかおかしい気がした。



アテムは昔から、美しいものに目がなかった。
壮麗な神殿。磨き上げられた黄金。夜空。星。静かな水面。
そういうものを見ると、自然と足を止めてしまう。
つまるところ、美しいもの目がなかったというより、美しいものに囲まれて育った結果、面食いになったのだ。
そして今、最もアテムの目を引いているのはセトだった。
仕事をするようになってから、アテムは気付いてしまった。
正面からセトを見たい。目を合わせたい。
それらの欲求を満たす方法が簡単ということに気付いた。
真面目に働けば良い。
そうすればセトは近くに居る。報告に来る。説明をする。こちらを見る。
つまり、合法的に顔が見られる。
素晴らしい仕組みだった。
その結果、アテムは驚くほど勤勉になったのだ。
書類を片付け、会議へ出席し、神官達の報告にも耳を傾ける。
以前とは別人のようである。
「最近の王は素晴らしいな。」
「ええ、本当に…。」
神官達は感動していた。
だが理由が、“セトの顔を見たいから”とは夢にも思っていない。
当然である。
一方、セトは微妙な顔をしていた。
「王。」
「何だ。」
「近いです。」
「そうか?」
非常に近かった。
資料を覗き込む名目で、妙に距離を詰めていたし、以前より視線も多い。
というか多過ぎる。
「…そんなに私の顔に何か付いていますか。」
「付いてない。」
「では何故見るのです。」
アテムは少し考えた。
何故か、そんなもの、見たいからに決まっていた。
「良い顔だからだ。」
「そうですか。」
もう反論する気も失せていた。
セトは淡々と書類へ視線を戻した。
長い睫毛が伏せられる。
その横顔を見て、アテムの胸が妙にざわついた。
少し、落ち着かなかった。
「王?」
「…いや。」
鼓動が変だった。
セトに顔を向けられると落ち着かない。目が合うと妙に緊張する。
なのにもっと見たい。
「こちらを見ていませんね。」
「見てる。」
「見ていません。」
「見てるだろ。」
「書類を見てください。」
冷静に言われ、アテムは渋々視線を落とした。
だが数秒後にはまたセトを見ている。
「…王。」
「少しだけだ。」
「少しではありません。」
「お前、今日眉間の皺が深いな。」
「あなたのせいです。」
叱られているのに、アテムは何故か少し嬉しくなった。
自分のせい。
その言葉が妙に胸へ残る。
おかしかった。

最近は、セトのことで頭がいっぱいだった。
声を聞きたい。色んな表情を見たい。笑わせたい。こちらを見てほしい。
気付けば、仕事が終わった後もセトを探していた。
廊下。中庭。神殿。書庫。
見付けると安心する。
見失うと少し落ち着かない。
かといって、見つけても落ち着かない。今日もまた、セトを見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。
「…どうしました。」
「いや。」
駄目だ。
顔が良い。
本当に良い。
しかも最近は、顔を見るだけで胸がうるさい。
アテムは静かに眉を顰めた。
これは、もしかしてかなりまずいのではないか。
気付いた時には遅かった。





今日も、アテムはセトの執務室に入り浸って仕事をしていた。
表向きは引き継ぎである。
「最近、随分こちらへ来ますね。」
「来たら駄目か?」
「駄目とは言っていません。」
セトは書類から目を離さない。
アテムは少し不満だった。
折角今日は早く仕事を終わらせたのに、 視線すら寄越さない。
「…俺は、お前に会いに来ているんだ。」
「知っています。」
「分かってないだろ。」
セトが漸く顔を上げた。
「では、何を分かっていないと?」
そう問われて、アテムは言葉に詰まった。
何を、と。そんなもの、とっくに決まっている。
顔が好きで、声が好きで、こちらを見る目が好きになっていた。怒る所も、呆れる所も、たまに笑う所も。
全部。
「…好きだから来てる。」
言った瞬間、アテム自身が一番固まった。
静寂が落ちる。
やってしまった。
「…顔が。」
誤魔化したが手遅れだ。
セトは数秒黙り、それから静かに息を吐いた。
「ようやく言いましたね。」
「知っていたのか?」
「あなたは分かりやすすぎます。…つまり…。」
沈黙の後、セトはゆっくり口を開いた。
「あなたは私の顔が好みで、ずっと付き纏っていたと。」
「付き纏ってはいない。」
「四六時中視線を感じましたが。」
「見ていただけだ。」
「それを一般的には付き纏いと言います。」
酷い言われようだった。
たが、反論しきれない部分もある。
アテムは咳払いをした。
「…で、お前はどうなんだ。」
「どう、とは。」
「嫌ではないのか。」
セトは少し考えた。
嫌ならとっくに執務室から叩き出している。
視線は鬱陶しい。距離も近い。時々仕事より顔を見ている。
だが。
「案外、悪くありませんでしたね。」
「本当か?」
アテムの顔がぱっと明るくなる。
分かりやすすぎる。
セトは小さく息を吐いた。
「ただし…。」
「…ただし?」
「仕事はしてください。」
「そこは譲らないんだな。」
「当然です。」
こうして、アテムは合法的にセトの正面と隣を手に入れた。

朝。
「セト。」
「おはようございます、王。」
「今日も顔が良いな。」
「朝一番に言うことですか。」

昼。
「セト。」
「今度は何です。」
「昼食を一緒に食べないか。」
「書類は終わったのですか。」
「終わった。」
「では行きます。」
「やった。」

夜。
「セト。」
「…何故まだ居るのです。」
「一緒に帰りたい。」
「子供ですか。」

そんな日々だった。

以前と違うのは、セトがアテムを追い返さなくなったことだ。
隣に居ることも、視線を向けられることも、ある程度許容している。
たまに、髪を整えてやる程度には。
「じっとしてください。」
「お前の顔が近い。」
「当たり前でしょう。」
「良い。」
「黙ってください。」
だが、当然、甘やかすことはなかった。
アテムが仕事を放置すれば普通に怒る。「先代様。」と。
その一言だけで、アテムの背筋が伸びる。
神官達はそんな2人を遠巻きに見ていた。
誰も何も言わない。
だが皆知っている。
王はセトに滅茶苦茶甘い。そして、セトも何だかんだ王を放っておかないのだ。

会議中。
「王、話を聞いていますか。」
「聞いてる。」
「では何故私の顔を見ているのです。」
「顔が良いからだ。」
神官達は静かに視線を逸らした。
また始まった。
最近の日常である。
アテムは、付き合い始めてから何も隠さなくなった。
いや、元から隠せていなかったのだから周りは何とも言えなかった。
「セト。」
「何でしょう。」
「今日も顔が良い。」
「昨日も聞きました。」
「今日もだから仕方ないだろ。」
「理屈が雑です。」
「本当に良いんだ。」
アテムは真顔だった。
セトは呆れたように眉を顰める。
その表情を見て、アテムは満足そうに笑った。
「今の顔も好きだ。」
「…仕事をしてください。」
「している。」
「手が止まっています。」
「お前を見ていた。」
「知っています。」
セトは冷静だった。3000年王を務めた男は、恋人になっても通常運転である。
そしてアテムは今日も思う。
セトは、今日も顔がいい。



「…王。」
「何だ。」
「最近、現世の窓を開く頻度が減りましたね。」
執務室の机を挟み、セトは書類へ視線を落としたまま言った。
以前のアテムなら、暇さえあれば海馬瀬人を覗いていた。
それこそ、神官達から苦情が来る程度には。
だが、最近は違う。
執務室へ入り浸り、仕事を片付け、セトの隣に居座っている。
現世を覗く回数は明らかに減っていた。
「現代の子はもう良いのですか?」
問われ、アテムは少し得意げな顔をした。
「俺は現世で学んだことがある。」
「何です?」
アテムはふっと口角を上げる。
「遠くの推しより、会いに行ける推し。」
沈黙が落ちた。
セトはゆっくり顔を上げた。
「何ですかそれは。」
「名言だろ。」
「初めて聞きました。」
「現世には賢者が居る。」
「絶対に違います。」
アテムは満足そうだった。
最近、妙にこういう現世の妙な知識を披露してくる。大体ろくでもない。
「だが実際そうだ。」
アテムは椅子へ深く座り直し、堂々と言った。
「お前は近くで見られる。」
「そんな理由で仕事を頑張っていたのですか。」
「そんな理由とは何だ。」
「理由が不純です。」
「だが効率と顔は良い。」
実際、アテムは以前より遥かに仕事をしている。
やる気の方向性はさておき、成果は出ていた。
「そんな福利厚生は初めて聞きました。」
「…それに。」
アテムは机へ頬杖をつき、真っ直ぐセトを見る。
「お前はちゃんと俺を見返してくれるだろう。」
その言葉に、セトは僅かに目を細めた。
本当に、こういう所だけは妙に真っ直ぐなのだ。
「…仕事中です。」
「見た。」
「見ていません。」
「今、見た。」
「一瞬でしょう。」
「充分だ。」
そう言って嬉しそうにする。非常に単純だった。
セトは小さく息を吐き、再び書類へ視線を戻した。
その横顔を、アテムは満足そうに見詰める。
静かな時間だった。

しかし、セトは、アテムが、たまにまだ現世の窓を開いていることを知っていた。
海馬瀬人が仕事をしている姿を、相変わらず飽きずに眺めていることを。
だが、以前ほど長くはない。
少し見て、満足したように窓を閉じ、結局セトの所へと戻って来る。
だからセトは何も言わなかった。
最後には、自分の隣へ戻って来るのだから構わないと思っていた。
「…王。」
「何だ。」
「手が止まっています。」
「お前の顔を見ていた。」
「知っています。」
いつも通り、照れもせず、即答だった。
アテムは少し笑った。



セトは今日も、大変顔が良い。少なくとも、アテムにとっては永遠にガン見出来る顔面だった。
Page Top