感覚の融解

アテム、まさかの“あの理由”で決闘不能。


アテムは1人、大広間で所で立ち尽くしていた。
冥界までやって来た好敵手と、闘うことが出来なかったのだ。
その目は潤み、赤くなった頬を手で覆って、細く長い溜息を吐いた。
「何故…あんなことに…。」
応える者は、誰も居ない。





アテムは、瀬人が投げて寄越したデュエルディスクを受け取った。
「デッキを組め。準備が出来たら声をかけろ。すぐに始める。」
挨拶もそこそこに、瀬人は決闘デュエルを持ち掛けてきた。
久しぶりに目にするその姿は、変わっていないようで、全然違うように見えた。
柵もない、楽しむためだけの闘いに、心は踊る。
高鳴る鼓動を抑え、左腕にデュエルディスクを装着した。
「分かった。大広間へ案内させる。そこで掛けて待っていてくれ。デッキを組んだらすぐに向かう。」
アテムは玉座の間から離れ、静かな場所で腰を下ろした。
ふと目を閉じ、呼吸を整える。まだ胸の奥には、先程の瀬人の姿が残像のように浮かんでいる。
整った顔立ちも、高い背丈も変わらない。
顔付きが、変わったのかも知れない。強い眼差しはそのままに、どこか余裕を感じさせる表情だった。
だが今は、感情に飲まれる時ではない。
あの好敵手は、アテムにブランクがあろうと、手加減をするような男ではない。常に全力で捻じ伏せにかかる。
戻るまでに、冷静さを取り戻す。そして、闘争心を滾らせる。それが勝利への第一歩だ。
「俺が、動揺するわけにはいかない。」
小さく呟き、カードが表示されるのを眺め、デッキを組んでいく。見知ったカードもあれば、新しく追加されたカードもある。
目を閉じて、決闘デュエルの手順、戦術、可能な読み。全てを頭の中で再生する。瀬人がどのカードを切るのか、どの瞬間に表情を変えるのか、過去の傾向を思い出す。
そして、自分の心理も分析する。
「焦りを見せれば、あいつは確実に利用するな…。」
実力に差はない。
そして瀬人は一瞬の動揺を見逃さない男だ。今の自分の感情すら、次の一手に活かさなければならない。
アテムは思考を更に深める。
アテムの強みである純粋さ。だが、それは弱点にもなる。
目を開ける。カードを選択する指先が僅かに震えたが、それをそのまま力に変える。
心の奥を言葉にし、静かに誓う。
「今は、海馬と対峙する時だ。」
思考は冷静だ。だが胸の奥の熱は確かで、無視することは出来ない。
瀬人を見て湧き上がった気持ち。それも戦術の一部に変えるしかない。
アテムは深く息を吸い、再び立ち上がった。
瀬人がどんな表情で決闘デュエルに挑もうと、揺るがない。そう心に刻みながら準備を整え、静かに大広間へと向かった。

しかし、それらの決意も虚しく砕け散った。実際に真正面から対峙してみたら体が動かなかったのだ。
「先攻はブランクのある貴様に譲ってやる。」
「うん…。俺の……。」
自分のターン。
先攻はまず、カードをドローする。頭では分かっているのに右腕が上がらない。
「…アテム?」
言葉も出ない。体が動かない。視線すら動かせない。アテムの視線は、瀬人と目を合わせたまま止まってしまっていた。
怪訝そうな瀬人の声にも応えられない。
「どうした。貴様のターンだ。」
「…あっ…ああ……。」
近過ぎるのがいけないのだ。少し距離を取ろう。そう思って一歩動けば右手と右足が同時に出る始末。
「今更、懸念事項もなかろう。何を躊躇っている。」
デュエルディスクを構えたいのに腕が上がらない。
視線だけが、少し高い所。瀬人の顔に釘付けになっている。
「俺…闘えない…のか…?」
「何の話だ。」
心底困惑したアテムの表情に、瀬人が大きな溜息を吐いた。
「…勝負の邪魔になる雑念、次回までに捨てておけ。」
アテムの想定外の挙動不審さに、瀬人はゲームにならないと判断した。
そしてその後、しっかりと次回の念押しをして、去っていった。
何と言われたのかは、正確には覚えていない。
目の前に残るのは、今しがたの瀬人の姿。整った輪郭、光を湛えた瞳、動く度に流れる品位。
そう、アテムは久しぶりに会った瀬人の、余りにも上がった男っぷりに、美貌に、一目惚れならぬ『何度目か分からない惚れ』をしてしまったのだ。
「…何故、あんなことに…。」
視点が定まらない。息が詰まる。
頭の中がぐるぐると回り、決闘デュエルの手順も、戦略も、全て飛んでいった。
身体は震え、心臓は熱く跳ねる。
理性では理解している。瀬人は好敵手であり、先手を打つべき人物でもあった。
だが、理性の声は、心の動揺の前では掻き消されてしまった。
アテムは唇を引き結び、深呼吸をするように深く息を吸った。
落ち着け、と頭の中で何度もそう繰り返す。自分の感情を整理しなければ、次の一手すら打てない。
瀬人が「また来る。」と告げて去った瞬間、胸の奥に小さな焦燥が生まれた。
行動したい、すぐにでも駆け寄りたい。しかし、それをすれば自分はまた、完全によく分からない状況に逆戻りしてしまう。
アテムは小さく肩を落とした。
「…待とう。あいつはまた来る。焦っても、何も変わらない。」
次の約束がある。
目を閉じ、心を落ち着けようとする。
瀬人の存在を思い浮かべながらも、自分の気持ちを整理する時間。
次に会う時、どう動くか。どんな言葉を返すか。
全てを温存し、冷静に観察し、準備をする。今はそれだけ出来れば充分だ。
胸の奥で、まだ熱を帯びた感情が静かに燃え上がるのを感じながら、アテムは一歩を踏み出した。
焦らず、動揺せず。次に来る瞬間のために、全てを整えるために。





静寂。
大広間に、風がゆっくりと吹き込む。
アテムは前回から、毎日この日の為にイメージトレーニングをし、覚悟をしていた。
増えたカードもしっかり確認し、デッキも組んだ。
今度こそは、取り乱さないと決めていた。
理性を取り戻す。王として堂々と立つように、再び対峙すると。
だが。
瀬人を正面に立った瞬間、その決意は脆く、音を立てて崩れ去った。
光を背に立つその姿。
白のコートが微かに風をはらみ、その香りが、僅かに冷たい冥界の空気に溶け込み、アテムの鼻腔をくすぐった気がした。
茶色の髪がさらさらと揺れる。その下から覗く青い瞳は透き通る湖のようで、奥底に潜む思考が波紋を描く。光が当たる度に、瞳は揺れる水面のように輝いた。その湖の奥は深く、息を呑むほどの知性が宿る。
「アテム、お前の先攻だ。」
見た目だけではない。この声も毒なのだと気付いた。耳に心地良い声がアテムの耳の奥で木霊する。
顔が熱くなった。
「……っ。」
今、声を出すと何を言うか分からない。アテムは喉が動かなかった。
呼吸すら忘れている。
それでも、カードをドローしようと試みてみた。だが、指先は震え、デュエルディスクを構えられない。
「…また、言葉を失ったのか…。」
瀬人が低く呟いた。
その声が耳に届くだけで、心臓が痛いほど跳ねた。
「どうした。お前らしくもないな、アテム。」
挑発でもなく、嘲笑でもない。
淡々とした声音。
それが却って、アテムの胸を締めつける。
「それは…海馬が、…そんな風に、現れるから…だぜ。」
漸く絞り出した声は震え、目は忙しなくうろうろと、瀬人と何処か別の所を往復していた。
瀬人は二度瞬き、次の瞬間にはその口角が僅かに上がった。
笑った。
それだけで、アテムの世界が壁画のように止まったようだった。
大広間の石壁は冷たく、無機質。だが、その向こうに立つ瀬人の輪郭が、光を集めた彫刻のように輝いていた。
ただの笑み。それだけなのに。
アテムは完全に、"何か"に敗北していた。
やっと上がった手は、口元を押さえていた。
「まさか、お前にこんな弱点があったとはな…つくづく想定外だ。」
「俺の、弱点…?」
「…その顔、他の誰にも見せるな。」
どんな顔をしているのか。確認したいような怖いような。
瀬人は面白そうな顔をしている。怒っているわけではない。
「次こそは決闘デュエルをしたいものだ。」
現世と冥界のルートは既に安定済みであり、いつでも来る事が可能である。と、そのような事を言って、瀬人が背を向けた。
またも、何を言われたのかは、正確には覚えていない。
白いコートの裾が翻る。
ただ前回同様の「また来る。」その言葉がアテムの頭の中を跳ね回っていた。
次に冥界へ来たとして、アテムは本当に闘えるのか。瀬人はアテムの様子を思い出して小さく息を吐く。
内心では、アテムの挙動不審の原因に思い当たるものはあった。その手の様子に心当たりはあり、実際、数え切れない程目にしてきた。
だが、それがまさか好敵手であったあの男からだと思うと、小さな笑みが浮かんだ。
「随分と、また…。」
小さな独り言は冥界の風に溶けた。
その背中に、アテムは言葉を失ったまま立ち尽くす。
ただ、胸の奥に熱が灯った。
それは敗北の熱でも、羞恥でもない。
どうしても、もう一度会いたい。
その想いだけが、焼き付いていた。





風が止まった。
アテムは視線を逸らせなかった。
目の前の瀬人は、ただ立っているだけなのに、あまりにも美しく、あまりにも強かった。
綺麗な肌。指通りの良さそうな髪。通った鼻筋に形のいい唇。何度思い出そうとしても記憶だけでは補完出来ない、実物の瀬人の持つ青い瞳。
顔良し、スタイル良し、声良し。その姿は、再会をした時から、回数を重ねるごとにキラキラと輝きを増して見える程だった。
呼吸が浅くなる。心臓の音だけが響く。
「…どうした。カードをドローしろ。」
瀬人の声が落ちる。
いつもの冷静な響き。けれど、今は違う。
その低音の震えが、鼓膜を撫でた。
何度もイメージトレーニングをしたのに、瀬人に対して耐性がつくどころか、会う度に重症化している。
アテムは喉を鳴らす。声にならない。
何とかドローは出来た。選んだカードを構えた指が僅かに震える。
それ以上、動けなかった。
「…なるほど、分かった。まだ、置けないのだな。」
瀬人が一歩、踏み出す。
空気が、押し出されたようだった。
たったそれだけで、アテムの理性が軋んだ。
「な、何を…。」
かろうじて声を絞り出した瞬間、瀬人の瞳が真っ直ぐに射抜く。
「理解している。落ち着け。今はまともに決闘デュエルが出来ないのだろう?」
言葉よりも、その間合いが危険だった。
またもフリーズしてしまったアテムを、瀬人はしげしげと観察した。
アテムは目を大きく見開き、ゴクリと唾を飲み込む。
「やはり…俺が原因か。」
アテムの理性を崩すのが自分なら、それを最後まで崩してやる。瀬人はそう決めた。
それはもう、狩る者の目であった。
瀬人がアテムの真正面まで歩み寄り、その指先が頬の横を掠める。
実際に触れられていないのに、熱が走った。
「お前のその目。俺から離れないのだろう?」
「……っ。」
沈黙。
アテムは何も言えなかった。
否定する材料がどこにも見当たらない。
代わりに、息が漏れる。
そして、僅かに、首が縦に動いた。
瀬人はその一瞬を見逃さない。
微笑を浮かべ、囁いた。
「それでいい。闘えないのなら、俺を見ろ。」
アテムの全神経が、その言葉に従った。
カードは静かに下ろされ、決闘デュエルは終わった。
けれど、勝敗は、もう決していた。

大広間を出た先の廊下は、微かな灯りしかない。
アテムの部屋の扉を開けると、瀬人は一歩踏み込んで立ち止まった。視線は自然と、アテムの赤く染まった耳や、ガチガチに緊張している肩に向かう。
部屋に入ると、アテムはまだ動揺の残る顔で椅子に腰を下ろした。
瀬人は何も言わず、対面に立ったまま少しだけ息を吐く。そして、アテムの目をじっと見詰めた。
その視線は優しいだけでなく、確信に満ちていた。
アテムの頬が染まる。
この瞬間には、既に瀬人の中では、決闘デュエルは恋愛戦に完全転化していた。
瀬人にとっては理性を総動員しての勝負開始。
アテムにとっては理性の敗北による勝負終了。
「…決闘デュエルどころではなかったのだな。」
アテムは言葉を探すように、俯きながら頷いた。
その沈黙の中で、瀬人が斜めの位置に腰を下ろす。
距離は近くない。だが、空気は動かない。
「今回の件、責めてはいない。実に面白いものを見ている。次回は闘ってもらうがな。」
その声は静かで、でも確かな存在感がある。アテムは答えられず、ただ唇を微かに震わせた。
「少しは落ち着いたか?」
静かな声。
アテムが目を上げる。だが、そこに瀬人の横顔を映した瞬間、また息を呑んでしまう。
理性が追いつかない。さっきと同じ衝撃が、形を変えて戻ってくる。
瀬人は横目でちらりとそれを見て、軽く目を細めた。
「…どうやら、まだ無理らしいな。」
決闘は無理でも会話なら出来るかもしれない。
アテムは慌てて口を開く。
「ち、違う…っ。お前が、綺麗過ぎて……。」
言ってしまった、と口を噤むがもう遅い。
ほんの僅かに眉が動いた。瀬人の視線が静かにアテムに向く。
その瞳の奥に、僅かな苦笑と、諦めにも似た優しさが宿っている。
「今ここで、別の方法で決着をつけておくしかないな。」
「別の…。」
瀬人は小さく息を吐いた。
「ここに居てやる。」
そう言って、アテムの隣に移り、椅子の背に凭れたまま視線を外す。
部屋に満ちる静けさ。
だがそれは、冷たくもなく、熱を帯びていく前の、極めて繊細な均衡だった。
ここにいる。
それだけの言葉に、アテムの胸の奥で長く抑えられていた想いが一気に溢れる。
言葉にならない吐息とともに、身体が小さく震えた。
瀬人は指先をそっとアテムの肩に触れ、手のひらで支えるように撫でる。
「懸念事項を潰しておく。心配無用だ、俺はお前を見ている。」
その瞬間、アテムは心の中で何度も繰り返していた想いを言語化して自覚した。
「…海馬、俺…。」
言葉にならずとも、目と体の全てが瀬人に向かっていた。
瀬人は軽く笑みを浮かべると、指先をアテムの頬に移した。
「分かっている。落ち着け。懸念事項をもう1つ潰す、お前はもう1人ではない。」
その声と手の温もりに、アテムはぼんやり頷いた。
「…アテム。今の状況を正確に理解しているのか?」
アテムは小さく頷く。口を開こうとしたが、言葉は出なかった。
頭や体の一部がフリーズしたまま、胸の高鳴りだけが響く。
アテムはそんな様子で、瀬人から見れば本当に状況を理解しているのか甚だ怪しいものだった。
瀬人の手がゆっくりと肩を包み、声を落とす。
「アテム。ここまでのことを、整理しておく。」
「……うん。」
アテムは、視線を床に落としたまま、まだ心臓が激しく脈打っていた。
瀬人はその顔を覗き込み、静かに声をかける。
アテムは顔を上げられず、ただ小さく息を吐いた。
「まず、お前は俺の存在が特別に気になって仕方がない。」
瀬人は間を置かず、言葉を続ける。
「その俺は、お前を、ただの対戦相手として見ているわけではない。お前の存在は、闘う相手である以上に、理解すべき対象だと認めた。」
「理解…。」
アテムは呟くように繰り返す。
「それはお前が想定外の反応を見せたことがきっかけであり、理由だ。」
「どういう…ことだ…?」
肝心な言葉の抜けている瀬人の説明は、今のアテムには文字通りでしか伝わっていない。
理解していない顔を見て、瀬人がアテムの頭に手を乗せた。
「今、お前は、お前1人ではなく、俺とお前の2人になった。」
瀬人は静かに続ける。
「要するに、お前と俺は、互いに選び、互いを受け入れる。その関係にあることが自然だということだ。」
アテムの頬が熱くなる。言葉で言われることで、心の奥底にあった不安や戸惑いが、少しずつ溶けていく。
「…海馬…。」
瀬人は目を細めて、落ち着いた様子だった。
アテムは漸く顔を上げる。瞳には、まだ驚きと動揺が残っているが、確かに安心の色も混じっていた。
瀬人はその表情を確認すると、静かに手を伸ばす。
「これからは、手を取り、甘えていい。」
アテムは言葉が出ず、ただ小さく頷いた。
瀬人の手がアテムの耳に触れた瞬間、2人の間の距離は、言葉にしただけでは得られない確かな温度を持った。
「そして、お前もまた、俺にとって特別な存在であることを、今ここで明確にしておく。ここまでは、理解出来たか?」
「……理解した。」
アテムの声は小さかったが、確実に届く。
瀬人は微かに笑みを含ませて、その手を離さずに、アテムの目を見つめた。
「よし。それでいい。これで、俺もお前も同じ方向を向いている。」
瀬人は微かに口元を緩めた。
戦場の指揮官のように、冷静に状況を整理したその表情に、温かみと意思の強さが混ざる。
言葉で境界線を定めたことで、アテムの心には安心と高揚が混ざり合った。理解と信頼が、無言のやり取りよりもはっきりと形になった。
こうして、アテムの想いは形を得た。
関係が、静かに、しかし確かに成立した瞬間だった。
瀬人は、ゆっくりとアテムの耳から肩へ手を滑らせると、そのまま背に回り、軽く腕を回して抱き寄せた。
アテムは思わず体を強張らせる。再発した心臓の高鳴りが止まらない。
「……海馬…?」
「安心しろ、まだ何もしない。ここにいるだけだ。」
瀬人の声は低く、落ち着いていたが、その温度は肌に伝わる。
アテムは、驚きと戸惑いの入り混じった声で小さく息を吐く。
「……だが、何故…。」
「 随分と珍しいものを見たものでな、…まさかお前が…。だが、あれは伝染する。それを見過ごしはしない。」
瀬人はアテムの髪に指を通し、頬にそっと触れる。
「俺が未だここにいるのは、お前を守る為であり、お前を受け止める為だ。」
アテムの瞳が大きく見開かれる。
それから、ゆっくりと安堵の溜息を吐いた。
「…うん…。だが、俺は…。」
「お前はそのままでいい。ただ、俺の前で心を晒け出せばいい。」
アテムは小さく頷くと、腕の中で少しだけ体を預けた。
瀬人はそれを受け止め、微かに笑みを浮かべる。
「これで、少しは落ち着いたか?」
「…ああ。少し。」
そのまま暫く、静かに、互いの体温を感じながら過ごした。
言葉よりも、動作よりも、瀬人の存在がアテムの心を完全に包み込み、揺るぎない安心感を与えていた。
瀬人がゆっくり顔を寄せれば、アテムは目を閉じ、僅かに震える唇は、自然と瀬人に近付く。
そこは積極的なのか。瀬人はそう心の中で小さく笑い、そっと触れた。
これ以上言葉は要らなかった。2人の呼吸と、互いの存在が、静かに同期する。
唇が離れてアテムが目を開ける。
飛び込んできたのは、この世のものとも冥界のものとも思えない美貌。
そして、自分にだけ向けられている、甘い微笑だった。
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