受容

どの選択肢を選んでも、結果は同じ。理性は条件付き変数。


アテムの想い人は、違う世界の住人だった。
しかし、会うことは出来た。結構な頻度で冥界を訪れてもいたからだ。





黒地に、赤い光を灯らせるデュエルディスク。瀬人の青い発光のものでもなく、遊戯の白地に桃色のものでもない。それらの色違いであるアテム専用のカラーリング。
アテムが指先で淡く光るカードに触れる度、心がふわりと跳ねた。
「アテム。」
硬い足音がして、声が掛かる。
いつもと変わらない、瀬人の姿。
「海馬、また来たのか。」
アテムは呆れたように言ってみるも、自分の声が弾んでいたことには気付いてはいない。
瀬人はゲームに興じ、アテムの現世も冥界も過去も未来もごちゃ混ぜになったような会話に応じる。
たまに泊まっていくこともあるが、最後には現世へ帰っていく。
「次は、いつ来る?急に来るとびっくりするから知っておきたいんだ。」
その声は、本音で話す時の声とは異なっていた。
お互いに、いつも本音と本気のぶつかり合いしかしていない。そんな瀬人が、アテムの違和感に気付くには充分過ぎた。
瀬人がアテムの様子を見詰める。
「考え事でもあるのか?」
淡々とした口調は、『それ以上でも以下でもない』ことの証明のようで、アテムは小さな微笑みを張り付けた。
「いや、そんなことはないぜ?」
「…そうか。」
隠すのならばと、瀬人はそれ以上は、触れなかった。
「すぐに来る。ではな。」
「ああ、また。俺はいつでも待ってるぜ。」
帰っていく背中に手を振り、姿が見えなくなるとその手をもう片方の手でそっと包んだ。
待つことしか出来ない。
瀬人は確かに何度も冥界に現れる。しかし、いつ来なくなるか分からない。そんな不安を、アテムは完全に消し去ることが出来ずにいたのだ。
1人で思い詰めれば、いっそ瀬人を冥界の住人にしてしまおうか、なんて考えが脳裏によぎることもあった。
冥界での永遠の命、しかしそれは現世での死を意味する。
初めは「好き」だけだった。それに「会いたい」が加わり、「愛されたい」が加わり。
思い詰めれば思考はどんどん飛躍して、「共に在る」方法を考えていた。
「俺は、なんてことを。」
独り言を零し、恐ろしい想像に身をかき抱いた。
アテムは瀬人の現世での夢も勿論知っていた。帰りを待つ人が居ることも。そこが居場所であることも。
「大丈夫だ。俺には出来ない。」
アテムが自分に言い聞かせる言葉は切なさを帯びている。
自分には出来ないこと。それに悲しさと安堵が混ざったような波が押し寄せた。





アテムは、たまに塞ぎ込むことはありつつも、瀬人と接する時は変わらずにいられた。
そして、瀬人の方は抜群の安定感、通常運転だった。
冥界に最先端テクノロジーを持ち込み、部屋を改造し、それが済むと、冥界の近代化を推し進める。
「お前、どこまで文明を進めるつもりなんだ。」
「元現代人が暮らしやすい程度にはな。」
「俺はもう既に充分暮らしやすいぜ?」
「まだ不足だ。」
アテムが呆れるも、瀬人は真顔で答えるのだった。
今日も、城の中に通信装置を設置して近代化させてしまった。
現世は、アテムが居た頃よりもかなり発展している。文明加速装置海馬瀬人のせいだ。
その基準で冥界がアップグレードされるのだから、冥界の方が発展している部分もある。
「お前が基準だから、現世より発展しそうだな。」
「俺が居る世界が勝つ。つまりどちらもだ。」
アテムは、そのいつも通りの様子に安堵していた。少なくとも、このままの関係で居られれば、共に過ごすことは出来る。
しかし一方では、進展がないことや、未来の確約がないことに不安を感じるようにもなってしまっていた。
「俺の予想では、お前はその内、海馬ランドを作るぜ。」
アテムがウインクして誂うと、瀬人は満足そうに笑みを浮かべた。
「当然だ。俺が存在する場所にないなど許されん。」
「やると言ったら、やるんだろうな、お前は。」
このまま、現世での夢や、すべき事を邪魔しないために身を引くべきか。
そんな考えが浮かぶも、瀬人はいつも変わらずにアテムと接する。そうされると、アテムは気持ちを断ち切ることが出来なかった。
「今はまだ設備投資程度だが、それを元にいずれは最先端の環境を作ってやる。」
「まあ、期待しとくぜ。」
熱の入れようは、常に全力。どこに在っても同じなのだろう。
そんないつも通りの瀬人を見る度に、どれだけ理由を探しても、諦めきることが出来なかった。
「存分に期待しろ。インフラ整備を出来るよう、冥界で技術者を育てるか。」
「海馬。お前、そんなに冥界へ来るのならもう…。」
ここで暮らすか?と言いかけてアテムは慌てて口を噤んだ。そんな自分に背筋が震えた。
そんなことは、言ってはいけない。
言ってはいない。
だが、瀬人が全てを理解した瞬間だった。
アテムの様子がおかしい意味、その理由、秘められた願い、その全てを。





あれだけ頻繁に冥界を訪れていた瀬人が、パタリと姿を見せなくなった。
流石に、不穏な気配を察知されたか、と思うと、アテムは欲張りな自分に憂鬱になった。
「会えること」で満足しておけば良かったのに、と。
募る焦燥感を消し去ろうと、いつ瀬人が来てもいいようにと、デッキを組む日々が過ぎた。
そんなある日、急に想い人の来訪があった。
周囲も何も気にせず、真っ直ぐアテムの元へ歩んでくる。抜群の安定感、通常運転。久しぶりだと言うのに、いつもと変わらない様子であった。
しかし、開口一番。
「お前の望みを叶えてやる。言ってみろ。」
そう言われた。
冷静な表情、目に揺らぎもない。いつものように腕を組んで、じっとアテムを見詰める。
「望み…いや、特には…。」
アテムの望み。それは共に在ること、その確証。あの時、死を願ってしまった。なんて言える筈がなかった。胸の奥でざわりとした罪悪感が疼いた。
そんな思いを知ってか知らずか、瀬人は僅かに笑みを浮かべだ。
「言えぬか。いいだろう。ならば、お前の憂いは全て払って来た。と言えば伝わるか?」
真っ直ぐに見つめられて告げられた言葉。その意味。
諦めかけていたアテムでも察した。
瀬人は今回、現世でやるべきことは全て片付けて『殺される覚悟で』冥界に来ていたのだと。
アテムの目が見開かれる。
「海馬、お前まさか…。」
声が震える。鼻の奥がツンとして、それ以上は、言葉にならなかった。
瀬人は何も言わず、アテムを見詰めたままだ。
暫く、無言の時間が流れた。
「俺に…そんなことが、出来るわけがないだろ…。」
やっとのことで絞り出した言葉は震えている。
それを聞いても、瀬人の様子は揺らがない。それどころか、眼差しは一層強くなる。
瀬人の強すぎる圧に、刹那、冥界の空気が張り詰めた。
「俺は、お前になら全てをやっても構わない。」
囁くような静かな声。瀬人のその言葉が、アテムの頭の中で大きく反響する。
現世での命を奪うなんて、出来る筈がない。
しかし、アテムにとってはその言葉が、堪らなく嬉しかった。
アテムは、泣きそうな、困ったような、嬉しいような、そのどれでもないような顔をした。
「どうする。お前の好きにしていい。」
その言葉に、アテムの胸は温かく膨らむ。
言葉を返すことも、動揺を隠すこともできず、ただ、見つめた。
「俺は…。」
アテムは瀬人を見つめたまま、言葉を失い、何も言えなくなった。
「…海馬。」
アテムの声は、吐息と一緒に溶けるように零れた。
言葉は、もういらない。
冥界と現世の距離も、未来の不確定さも、今はただ、時間の中で溶けていく。
重いはずの決心を、瀬人は軽やかに持つのだった。
心は、しっかりと結ばれた。
「いつ、何を、選んでもいい。」
瀬人は全てを受け入れるように仄かに微笑むと、そっと抱き寄せて額に口付けを落とした。





胸を満たすのは甘さでも、安堵でもない。
ただ、証明の重さに押し潰されそうになる衝撃だった。
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