「最近、警備の強化や整備で忙しくて。」
アテムがデッキを調整しながら言った。
それを聞いた瀬人は、気取られぬよう、内心で笑った。
「…軍需、か。」
「ん?」
「そんなことに手を煩わされて貴様の時間を取られては堪らん。すぐに片付けるぞ。」
「は?」
海馬コーポレーションは今でこそアミューズメント産業、その他諸々だが、前身は死の商人。瀬人は、軍需産業の影ならしっかり背負っていた。
実際、戦争を愚かだと口にし、そう思う傍ら、特別隠してはいなかった。
切り離すことは不可能であったし、抑止力、交渉力としてよく働き、世界を従わせるのに都合がいいからだ。
「アテム、資料を見せろ。」
「見て分かるのかよ。」
「分かる。ヒエログリフなら遺跡発掘の際、習得済みだ。例え古代神官文字でも何故か読める。」
「何でだよ…。」
悪用のしようもないだろうし、とアテムは資料の一部を瀬人に渡した。
それらをさっと流し見て、地形、古代の警備、軍隊構造、資源、人材を瞬時に評価していく。
瀬人の出来過ぎた頭に叩き込まれた知識にとっては、無駄を排して最適化するのに時間は要らない。
何しろ遥かに発展した現代の、死の専門家なのだ。
瀬人はそれらに目を通して、ふっ、と笑った。
「1週間で充分だ。」
「何を、本気で言っているのか?」
「俺が本気ではないことがあったか?」
「ない…いや、流石にそんなことはさせないさ。」
しかし、瀬人の頭の中では、既に完成図と、その手段が着々と組まれていた。
古代人には自然に見える形で整備し、訓練をする。防衛配置の改良をする。
現代技術や管理方法も、必要に応じて目立たない形で導入すればいい。その辺りは、瀬人はしっかり合理性の塊だった。
そして行動力の塊でもある。有言実行、やると言ったらやる。
「専門家に口を滑らせたのが運の尽きだ、諦めろ。」
「専門家…だったかお前?」
「数年前までな。」
「ああ、そうかなるほど。」
「そういう事だ。」
「だが、今更、関わりたくないだろ。」
アルカトラズを、軍需産業の遺産を爆破するような男なのだ。
「問題ない。この世界で今更死人も出まい。」
「そんな言い方もないだろ。」
「来週来る。ついでにお前も落とす。」
「…ん?」
落とす?現世で流行りのジョークだろうか。
そんなものに興味のある男には見えないが。
手を差し出されたので、アテムは更に資料を渡した。
瀬人はそれに目を通し、アテムを見た。
「これは…まさかお前も戦力にカウントされているのか?」
「戦力というか、属してはいないが有事の際にはまあ使えるつもりだ。」
「…鍛えなおしてやろうか?」
「はは、冗談。」
「俺は冗談は言わん。頭数から抜けるか鍛え直せ。俺の作る軍にはお前は要らん。周知しておけ。」
そんなことを言って、資料を全部持ったまま現世へ帰ってしまった。
1日目。
翌週、なんだか分からないものを沢山持って自称専門家はやって来た。
「これは?」
「この世界は基本的に直接的な物理攻撃による戦闘なのだろう?基本の型をソリッドビジョンで見せれば口頭説明より効率が…」
「待て待て待て。本当にやるつもりなのか?」
「とっとと片付けて貴様の時間を作り、俺に充てる。得意な武器は?」
「武器は一通り…いや、そうではなくて、それは各々ペースがあるというか。」
言い出したらやる男なのはよく分かっていた。
それに展開されているディスプレイの数々には渡した冥界の地図が表示され、所々メモ書きされている。ご丁寧にヒエログリフだ。
やる気満々の瀬人に、それでもアテムが難色を示していると、
「担当者を集めろ。」
と命令される。
いつもの事だが、誰が王なのか分からない。
「教えてくれれば俺がやるから。」
「書記官は?資料を複写させる。兵力にカウントされる者には暫くは映像を見せておけばいい。既に生成済みだ。」
準備が、良すぎる。
「資料ってどれだよ。」
展開されているディスプレイのいくつかを指される。
何が書いてあるのかと思えば現状からの変更点が記入されている。まあ、それくらいなら。
アテムは、あまり大きくない変更点だけやらせて満足させ、後は誤魔化すことに決めた。
集めた担当者に、瀬人が指示を出している。1人だけ現代の服装、しかしさも当然のようにそこに立ち、手慣れた様子で指示をしているので余計に異様な光景だ。
一通りあちこちに指示を出しながら機器を渡して、持ち場へ行かせると、瀬人はアテムの所へ戻って来た。
「今の内にアテム、お前のテストだ。」
「テスト?」
「俺が相手になる。武器は特に得意なものはないのだったな、使いたければ使っても構わん。」
「流石にお前を殴ったり蹴っ飛ばしたりは出来ないぜ?」
「出来るわけがないだろう。だから相手になると言っている。お前の好きな言い回しなら『全力で俺に挑んで来な』といった所か。」
こいつ、馬鹿にしやがって。
アテムは自分の吐いた言葉に挑発され、乗ってしまった。
「来な、鍛錬場はこっちだ。」
週に何度かは鍛錬の時間は取っている。それにアテムは動きは素早い方である。
テクノロジー塗れの現代人になど…。
流石にカチン来たので一発くらい入れてやろうと思ったのだが、一撃も入れれずに遊ばれて終わった。
「まあ、そんなものだろう。不合格。クビだ。」
「はあっ、お前…はっ…。」
「あの程度で息切れか。」
「はっ…だからっ、体格差…って、ものがっ…。」
「想像通り、俊敏ではあった。」
「そりゃあ、どうも!」
フォローされた所でこの状況では嬉しくない。
こいつこんなに強かったのか。いや、現代の武道は反則ではないか。
「王は予定通り逃げ、の方向で行く。」
王というものを何だと思っているのかは分からないが、絶対に一般的な認識ではないだろう。敬意も何もない。
よく考えたら神を生贄にするような男だから当然とも言える。
一戦終わった後だと言うのに、涼しい顔をして、またディスプレイを開いて、指先で何かしら操作している。
「基本的に俺は戦わないが、明日辺り鍛錬の師範にもっと回数を増やすように…。」
「それは現状維持だ、時間を減らされては元も子もない。内容を変更する。今、担当者には伝えた。」
勝手なことを。
しかしこないだの、落とす宣言ならもう既に落ちている。惨敗である。
「お前、俺を落とすって、こういう事かよ。」
「何を言っているんだ。」
瀬人は不思議そうにアテムを見た。
忘れたのか、おかしなジョークを言ったのは誰だ。
未だ座り込んだままのアテムに差し出された手。それを払いのけるか迷って、それは流石に拗ねているような気がしてやめた。
アテムは、引き上げられるようにして、立ち上がる。
瀬人はディスプレイの1つにチェックを入れて消した。
Day 1:心理的距離の観察
2日目。
意味が分からない戦闘能力を持った奴は朝からあちこちに指示を出している様子だった。
隣の部屋から声が聞こえる。
通信機器を渡していたから、それを使っているのだろう。
アテムは、タブレット端末で軍の整備についての記載を確認していた。
自分で専門と言うだけあって無駄や隙は見つからない。ゲームのように探してみたが、プレイヤーを小悪党程度と仮定すると、攻略出来そうな所は本当にない。
穴探しを諦めたアテムは溜息を吐いて部屋を出た。
するとまたもやディスプレイ塗れの瀬人と出会した。
器用にも歩きながら指先でトントンタッチしたり書き込んだり。歩きスマホかよ。
「どこか行くのか?」
「精鋭や武器、兵器くらいは、実際に見ておくつもりだ。」
「1週間だけだからな。」
「充分だ。その後は鍛錬を継続すればいい。」
デュエルの時と違って、ずっと穏やかだ。
穏やか…普通に会話をする分にはこいつは静かな方で、かつての仲間達の方がずっと賑やかだ。
軍事面の関係部署を見て回ると、あいつはやはり手慣れた様子で指示を出したり、時に指導をして、各所を回っていた。
その様子は真面目な顔をしていて、本当に冥界の軍事面を改善するつもりらしいことは分かった。
ふと、目が合うと、軽く笑ってまた別の所へ行ってしまった。
その微笑みは穏やかで、アテムの胸を知らぬ間に揺さぶる。
またも、瀬人はディスプレイの1つにチェックを入れて消す。
Day 2:接触
3日目。
今日は鍛錬の日だった。
いつものように、アテムは鍛錬場へ向かった。
「どうしてお前がここに居るんだ。」
「お前の担当者へ指導をしていた所だ。ちょうどいい、やるぞ、来い。」
「お前とはもうやったじゃないか。」
「ウィークポイントを伝えて指導させる。」
「それは追々指導を受けるさ。」
「貴様…誰の国だ。やる気はあるのか。」
おっと、社長の声がマジだ。
カードの時の方がずっと激しい筈なのだが、仕事モードの方は慣れていないからまだちょっと苦手だ。
「ああもう、分かった。やればいいんだろ。」
今日もこてんぱんにやられるのかと思ったが、この動きをしろ、どう動け、とあれこれやらされて。やられなかったけど寧ろ体は疲れた。
「相変わらず動きはいいな。鍛錬を重ねれば自衛くらいは出来るだろう。」
褒められても、やはりこの状況ではあまり嬉しくない。
「銃の1つでも持っておくか?」
「お前じゃあるまいし。」
「そうか。」
銃にいい思い出はない。
冥界に乗り込んできた初日に威嚇射撃をされて、懲りた。あの時はあの時で声がマジだった。
『貴様、見果てぬ先まで続く俺達の闘いのロードはどうした。』
それだけこいつの中では重要な項目だったのだろうが酷い話だ。アテムにとっても重要な項目ではあったが、恨めしいのでそれは棚に上げている。
今は、どうなのだろうか。普通にゲームをしている。
こいつはよく声が通るからお互いに大声で派手にやりあっているが、今は怒りに任せて怒鳴られたりすることはない。
過去だの未来だのと価値観についてどうこう言われることもない。
瀬人はアテムの様子を眺めながらチェック項目をタッチした。褒めながらの挑発。無自覚に評価を気にさせる。
Day 3:褒めること、軽く揺さぶること
4日目。
もう、そろそろ海馬式の冥界改造に慣れてきてしまった。
誰もが立体映像を普通に受け入れ、困ると本人に連絡を取ったり、直接質問をしたりしている。
海馬流本家の家元はそれに逐一対応している。
面倒見は、いいんだよな。
目が合えば、軽く笑う。
表情は柔らかいとは言えないが、愛想も、最近は以前程は悪くない。
アテムとしてはもう諦めているので、軽く手を降って溜息を吐いた。
姿があれば、気付いたら目で追ってしまう程度には目立つ。
アテムは自覚なくちらちらと瀬人を目で追う。
そんな様子を確認し、瀬人は4つ目の項目をチェックした。アテムの心を少しずつ自分中心にシフトする。
Day 4:微笑みの心理操作
5日目。
書いてあることの意味が分からなかった。
対応する古代の言葉がないのか、本当に意味が分からないのか。
アテムは体の周りにディスプレイを展開させているだろう男を探した。
そんなクリスマスツリーみたいな奴はこの世界、多分現世でも1人くらいだろう。すぐに見つかった。
「海馬。」
「どうした?」
話しかければ、展開されていたディスプレイが避けて、あいつの姿が現れる。
毎日あちこち動き回っているのによく体力の保つ奴だ。疲労感なんて全く見えない。スタミナのお化けだ。
「ここ、現代語ではどういう意味だ?」
「そこか。このタブを開けば注釈が現れる。」
赤い三角印をタッチすれば、詳細が記載されていた。やはり対応する言葉がなかったようで、現代語でまとめられている。
ここ最近で気付いたことだが、こいつは説明が上手い。読めばなるほど内容は分かった。
「これはお前だけが知っていればいい項目だろうが、必要なら翻訳はしよう。」
あの時渡した資料だけで、この世界の事情もよく分かっているようだ。毎度のことながら、頭のいい奴だ。
「いや、理解出来たぜ。ありがとう。」
理解するたび、アテムの信頼は少しずつ瀬人中心に傾く。
言葉ではなく、行動で心を掴まれる感覚。
「他に疑問点はないか?」
「今のところはここだけだ。」
「いつでも聞きに来い。」
そう言って、またクリスマスツリーになると、衛兵の鍛錬場へ向かって歩いていった。
瀬人は、クリスマス飾りの中の1つから、5つ目をチェックした。
Day 5:信頼の小フォロー
6日目。
冥界の軍事面は、後は実行に移すのみだった。
ここ数日の内に、周知し、訓練した内容については、今日移行され、明日からの本格的な運転となる。
たった数日のことだ、警備の配置程度で収まると思っていたのだが、防衛大臣は全てに手を付け、完了させてしまった。
相変わらず仕事が早い。
「アテム、号令を。」
「……。」
「なんだ。」
「防衛大臣に命令されるなんてな…と。」
「そんなものになった覚えはない。軍の者は俺に従うだろうが王はお前だろう。」
本当に、誰が王なのか分からない。少なくとも絶対にこいつは王だと思っていない。
全く、振り回されるこちらの身にもなってほしいと言うものだ。
「行ってくる。」
玉座の間に各担当者を集め、アテムが変更について勅令を出す。
瀬人はその様子を眺めていた。
「アテム。」
戻って来たアテムを瀬人が掴まえた。
「今度は何をやらせるつもりだ?」
「…いや、そろそろ落ちる頃ではないかと思ったのだが。」
何の話だ。と考え、あの現世ジョークか、と思い至る。
あの宣言は本気だったのだろうか。だとしたら意味が分からない。
甘い言葉を囁くでもないのに、そんな雰囲気になる筈もない。
「ちょっと待て。この1週間、俺もお前も仕事しかしていなくて何故そうなる。」
「1週間、確かにお前はよくやった。」
相変わらず上から目線な奴め。
今回の件においては信頼出来るから怒りは沸かない。呆れはしているが。
「お疲れさんはお前もだぜ?」
「お前の、俺に充てる時間を作る為だ。」
そう言えば始まりはそうだった。
そしたらついでに現世ジョークが。ジョークだよな。
この1週間、こいつはただの1度もそんな素振りは見せていない。
しかし、言葉が本気ではないことも1度もない。
「ジョーク、だよな?」
「何がだ?俺はそろそろ部屋へ戻る。」
部屋へ戻った瀬人はやはりチェック項目に触れた。
本気であることは、徐々に理解し始めていることだろう。
Day 6:意識の深化
7日目。
「軍の整備は完了した。警備や防衛体制も最適化済みだ。」
いつの間にか監視システムを設置していたらしく、クリスマスツリーの内側から新体制を確認していた。
こいつ、本当にやりやがった。
それが素直な感想だった。
当初は警備の配置変更だけの予定だったのに。
「こんな、カメラみたいなのこの世界には…。」
「ドローンよりいいだろう。」
「それはそうだが。」
この男が存在する世界は、著しい発展を遂げる。現世も、この冥界も。
アテムは、海馬瀬人を文明加速装置と名付けることにした。
そんなものがあるとしたら間違いなくこいつのことだ。千年アイテムよりオカルトではないだろうか。
オカルトという枠で括れば同類というわけだ。
こいつと同じ、か。
昨日までの予行のおかげか、計画が完璧だったからか、恐らくどちらもだろう、調整すべき点はない。
「アテム、これを。」
指されてるディスプレイには『Day 7:落とす』と表示されている。
やっぱりあれはジョークじゃなかったのか。
恋心的なものについては分からない。だが、時間の問題だと言うことは分かる。
心は既に開いているからだ。
「1週間なんて急がなくても…。」
「いずれ落ちるのならいつ落ちようが変わらんだろう。」
「いずれ、って。」
結果を見れば変わらないのだろうけれど。呆れたら良いのか感心すれば良いのか。
諦めたような微笑みを浮かべ、アテムは自ら指先でチェックを入れた。
「約束通り、1週間だ。」
そう言って瀬人が満足そうな表情を浮かべる。
その時、甘酸っぱい何かを感じた。
Day 7:落とす
文明加速装置は、心にも作用する。
アテムの世界は、もう元には戻れない。
