収穫

アテムからアプローチしてみた場合。


相性が悪い。もしくはレベルが違う。



2ヶ月。
アテムが瀬人にアプローチをかけ始めてから、約2ヶ月が経った。
初めは短期決戦で恋に落とそうと考えていた。
だが、その計画は早々に崩れ去った。瀬人の反応はまるで、影ひとつ動かない。普段通りで、動揺も見られない。
焦燥は、すぐに長期戦への覚悟に変わった。
だから相性か、相手が悪いのかと思った。
机の向こうで、瀬人はデッキを調整している。指先の動き、長い脚、時折傾ける顔。その全てがアテムの視線を捕らえて離さない。
アプローチの効果は見られないが、瀬人は気まぐれにアテムを翻弄した。気持ちを知っているかのように振る舞うこともあるのだ。
かといって、瀬人の気持ちがアテムに向いている、とも思えなかった。
合理性と圧倒的な洞察力、完全なる支配者、海馬瀬人。
恋愛において、相性が悪いか、レベルが違う。
実は、アテムのその予想は大きく外れてはいなかった。
アテムがどんな策を弄しても、瀬人の反応は変わらず、今のところ残っているのは、共に過ごす時間とその間にどれだけ目を惹くことが出来るか。最も、後者はあまり芳しくない様子であった。
「海馬…。」
「なんだ。」
「いや、なんでもない。」
とうしたものかと考えていたら、向かいに居るのについ独り言で呼んでしまった。
現状、探り探り距離を詰めている段階だ。勿論アテムはまだ気持ちを隠してはいた。
しかし隠した所で相手は瀬人である。瀬人自身、色事に興味はないが、言い寄られた経験は数え切れない。
その手の雰囲気を察することなど造作もなく、アテムの様子の変化に気付いた上で、いつも通りの態度や関係は崩さなかった。
「そうか。」
しかし、全くつれない訳でもない。アテムの心の内に気づきつつ、軽く楽しむ程度には相手をしていた。
その度にアテムは照れたり慌てたりするものの、自覚なしではあるが少しずつ瀬人の中に『アテム』を残すことに成功はしていた。自然体でいる方が実は効果が高い。
週に2〜3回、数時間。
ゲームのように分かりやすい展開はなく、アテムは焦れったい思いを持って過ごしていた。
海馬瀬人…瀬人。せめて名前で呼び合えるくらいになるのはいつになることか。
アテムは正面でデッキを調整している瀬人をちらりと見た。
綺麗な顔立ち、カードにタッチする指先、長い脚。まずこの見た目がアテムにとってストライクど真ん中だった。美しいものに惹かれるのは仕方がない。
「まだ、やるのか?」
「いや、30分後に会議がある。20分後に出る。」
この耳に良い声も、たまらない。ストライク。特に今のような穏やかなトーンだと尚更だった。
「そうか。」
「なんだ、まだ居てほしいのか?」
切れ長の青い目が誂うようににアテムを見る。
これもまた、ストライク、野球ならばアウトである。鼓動が跳ねる。
「まあ、否定はしない。お前と居ると退屈しない。」
本当は居てほしいし、退屈しないと言うよりは、楽しいとか居心地がいいとか、単に想い人と一緒に居られるとか、そういったプラスの感情である。
「そうか。」
今日も、アテムのアプローチ「退屈しない」は失敗に終わった。
流石のアテムでもこんな湾曲したもので通じると思ってはいないが、あまりにもあからさまにぶつかって行くにはまだ想いが報われる確度が低い。
瀬人が何を考えているのか分からないのだからそれも仕方がなかった。
相手について分かっているのは、合理的、優れた洞察力、策略家。それから、恐らく自身の心の動きを自覚できる。
実際それらの読みは外れておらず、恋愛にける瀬人は相手の心理を読み、戦略的に行動出来るし、自分の感情などもある程度把握してコントロール可能なタイプの人間であった。
一方で、恋愛に関して弱みがあるとすれば、心を揺さぶられることが殆どなく、感情表現がかなり少なめである、といった、そもそも色事に極端に興味が薄いことぐらいだった。
瀬人が自分の心の動きが分かっていながらアテムに対して態度が変わらないのなら、アプローチは響いていないということになる。
相手が悪いか、レベルが違う。少なくともアテムはそう感じていた。
「ではな、また来る。」
「ああ、また。待ってる。」
ぴったり20分後、瀬人は現世へ帰っていった。
アテムからのアプローチは全く失敗している訳では無い。
初めこそ、アテムの下手くそなアプローチは瀬人にとって不可解な観察対象ではあったが、その正体が分かってしまえば、この2ヶ月は確かに瀬人の中に『そう言う想いを持ったアテム』は認識されていた。
態度が変わらないのは、それを不快とも思わなければ、だからといって応えようと思う程ではない。それだけのことだった。
もしアテムがいきなり直球をぶつけてきたとしても、即座に受け入れることはしないつもりで、いつものように「急にどうした?」とでも返答しようと考えていた。





4ヶ月。
アプローチを始めて約4ヶ月。
瀬人のアテムへの態度には、あまり変わりはない。
もどかしさ、不安、自信喪失、しかし時折見せられる微笑や穏やかな言葉の数々は増え、諦めなくて良いのだと言う期待もあった。
事実、アテムの自然体での魅力は、瀬人の中に徐々に『アテムの魅力』として明確化されてはいた。
勿論既に、アテム下手くそな行動や表情から意図を完全に理解しているので「この天然は自分に好意を持っている」と判断済みであり、アテムがどのタイミングで動くだろうか、という思いすら持って観察していた。
更に言うなら、この関係の成立までの最短手段は「自分から動くこと」と認識し、アテムの直球を待つ必要はなく、むしろ自分が主導した方が効率的だと冷静に分析結果を出していたくらいだ。
ただ、まだ瀬人の心の中はアテムと同じ『好き』という言葉には結びつかない段階である。
瀬人の様子はあまり変わらないものの、アプローチをかけ始めた頃よりは確実に態度は柔らかく、距離も近くなったので、アテムは直球を投げて良いのかどうか迷っていた。
「海馬、お前さ、誰かと付き合ったこととかあるか?」
「ない。…かといって、俺の判断は狂わない。」
「判断?」
「さあな。」
そう言って笑って躱された。
これ以上この話題を掘り下げるのも憚られる気がしてアテムは、そうか、と答えて話を終えた。
まだ、ボールを投げるタイミングではない。アテムはそのことを直感で理解し、静かにアプローチや観察を続けることにした。





6ヶ月。
アテムからのアプローチは無事、瀬人の中に『アテム』の存在を残してきていた。しかしそれは下手くそなアプローチの方ではない。自然体の魅力が殆どである。
瀬人の態度は、近しいものになって来てはいた。
しかし、どう思われているのかは未ださっぱり分からなかった。
アテムは自分でも自分が分からない、といった状況に陥っていた。
かけ続けるアプローチ。それに伴わない効果。
「最近、俺、変なことしてないか?」
変なこと。下手くそなアプローチならば瀬人は散々受け取っていた。しかし困ってはいない。それがアテムのやりたいことならやらせておけば良い。
その程度は把握済みである。予期せぬ変数、例えば、急な直球が出ても、柔軟に対応可能だ。
「いや、問題ない。」
瀬人は事実だけを伝えた。
「…本当か?」
「心配することはない。お前はいつも通りだ。」
そう、瀬人にとってはいつも通りだった。
瀬人の淡々とした答えに、アテムは焦れと安心感の絶妙な混ざり合いを感じる。それはアテムにとって、絶妙なバランスを持った完璧な返答だった。
距離は近く、心は微妙に揺れる。それがまた、アテムの胸を刺激するのだった。





8ヶ月。
瀬人の様子はかなり変わったように見えた。
と言っても好意があるような様子ではなく、アテムを観察し、見守るようなものだ。
瀬人はアテムの気持ちならばかなり初期からずっと知っている。
その上で、アテムを無理なく受け入れられる、と判断できる状態を計り始めていた。
安心させるための軽いフォローや微妙な配慮。事実を伝え、好意を継続させつつ焦らすような、効率的な心理管理は欠かさない。
アテムを安心させながら、アテムの中の焦れったさや、その魅力が瀬人自身の中に蓄積されていくのを観察していた。
自分が同じ形の『好き』を持つタイミング。それを待っていたのだ。
それはいつか来るだろう。それは既に予測はしていた。
瀬人が動くのは、アテムの魅力が最大となり、様々な感情が満たされ、「効率的に動く価値あり」と判断した時だ。
事実、アテムは魅力的である。いつかは。そう考えていた。
瀬人にとって恋愛とは合理的プロジェクトのようなもので、達成目標が明確なそれは尚更そう見せていた。もちろん、意識した瞬間に手段も完璧に設計済みである。
アテムとしては、そろそろ直球を投げても良いのではないかと考え始めていた。
瀬人の様子は変わった。受け入れられる可能性はある、かもしれない。
この、かもしれない、の部分が躊躇させていた。
アテムは何度も勇気を出しては、途中で言葉を詰まらせた。
小さな仕草や微笑み、手を差し伸べる動作で瀬人の気を引こうとするが、結局何度も同じパターンを繰り返した。
そのたびに心はもどかしく、胸は焦がれた。
そしてまた、今日も失敗に終わった。
初めからずっと、大きな問題点があった。瀬人が恋になど興味がなさそうであったことだ。





10ヶ月。
瀬人の観察データもほぼ揃った状態である。
アテムの中の焦れや不安は最高潮に近い。
実際、自分がどう思われてるのだろうか、という心理が日常的に出るようになっていた。
自然体な時に、距離を縮めたり、触れたりする行動も増えた。
そして我慢出来ない焦れったさから、確認質問も頻発するようになった。
例えば、
「やはり最近、俺は変ではないか?」
「いや、どこも異常はない。」
また別の日には
「俺は大丈夫だろうか?」
「全く問題ない。」
など、瀬人の反応を確かめる行動である。
瀬人の言葉に、アテムは心の底から安心する。しかし同時に、焦れが募る。
感情の波が瀬人に届き、蓄積されていく感覚。
無意識な自然体の魅力は積み重なっており、瀬人に与える『アテムの存在』は最大化している時期でもあった。
アテム自身はまだ決定的な言葉を口には出来ないかもしれないが、好意だけでないそれに付随する感情が十分に瀬人に向いている。瀬人の見立てではそうだった。
好意、焦れ、不安、安心。
心理的準備が整っていく。受け入れるとしたら、それらが最高潮の状態が適切である。瀬人は観察を続けた。
それと並行して、視線、距離感、軽いスキンシップで、アテムに対して見守っていることをさりげなく示すのも忘れない。
言葉には出さないが、アテムが察しやすい範囲で心理的な安心感を与えていた。
当然、瀬人がこのような状態なのだ。恋愛感情は芽生えを見せていた。まだこの関係を成立させるには少し足りない、と表面的には隠していた。
だが、いずれは同じ『好き』を持つことは予測済み。
もう、タイミングの最終チェック段階なのだ。
アテムの焦れ具合、瀬人の中にあるアテムの魅力、環境要因を見て、今動くのが最大の効果が得られる、と判断出来る時を慎重に見計らっていた。
仮に今アテムが直球でボールを投げていたとしたら、成功率はかなり高かったことだろう。





12ヶ月。
瀬人が動く条件は整った。
そろそろアテムが直球を投げてくるのも想定内で、冷静に、かつ効率的に受け止める準備も出来ていた。
1年間のアプローチの結果、アテムの自然体の魅力は充分、瀬人に見えやすくなっている。
焦れや不安のバランスも絶妙で、動けば最大の効果が得られる、と判断できた。
心理的、環境的リスクは最小、アテムの拒絶や予想外の反応の可能性はない。何より、アテムの中で気持ちは波々と満たされ、溢れ出す直前なのが見て取れた。
2人きり、自然な流れ、など。関係成立に適した状況も揃っている。
合理的判断として効率的だった。
更に、これ以上待っても大きなメリットはなく、アテムの気持ちが溢れるだけ。むしろ秒速で関係を成立させた方がこれもまた効率的なのだ。
既に観察データは揃い、瀬人は動くタイミングをいつにするかの判断を済ませてあった。
アテムの方は、もう待てない、自分の気持ちを伝えたい、それのピークが来ていた。
何しろ見て分かるほどに溢れ出しそうなのだ。
とうとう、アテムがボールを持って瀬人に向き合った。
「海馬、話がある。…その…。」
その表情や声色で瀬人は悟った。タイミングは今、である。
今ではあるが、アテムがそれを言うことは出来ないだろうことも理解していた。
アテムからのボール、それが瀬人の設定したトリガーであった。
「実は…。」
アテムは言葉に詰まる。
我慢出来ないことと、実際に言葉にして伝えられるかはまた別なのだ。今の関係はかなり親しい、形を崩すのは怖い。
だからこそ、瀬人からの好意が見えるまで、もう少し待った方が良いのでは、とも思えた。
しかし瀬人はさらりと言う。
「お前の話は分かっている。」
アテムは一瞬ドキリとした。今までずっとアプローチをかけてきたのだ。流石に察しているだろうとは思っていたが、それでも、こう言われてしまったら、もう少し待つと言うことは出来ない。
ボールを投げるしかない。
「その、だな…」
しかし直球は、届くまでに落ちる。
そんなアテムを見て、瀬人は一歩距離を詰めた。
「随分、待たせてしまったな。」
投げられず、落ちてしまったボールは、瀬人に拾われた。
元よりアテムが直球で言える筈もなく、こうなるだろうと予測済みでいたのだ、拾う準備は出来ていた。
瀬人の穏やかな視線にも、口調にも、じわりと心が温かくなった。同時に、顔が熱くなった。想いが届いた瞬間を、アテムが確信した瞬間であった。
対して、瀬人の方はずっと想いを受けていた上に、この関係をどうするのか決めていて、トリガーを待っていただけなので落ち着いたものだ。
「それは…お前…なら、もう、言わせるな。」
赤くなってアテムがそっぽを向く。
「最後の最後で仕方のない奴だな。…では、俺が引き取るぞ。」
「…勝手にしろ。」
「勝手にさせてもらおう。」
アテムはよそ向いたまま振り返ることが出来ない。
今、この場の決定権は瀬人に移った。
瀬人は唇の端に微かに笑みを浮かべた。
「言葉は不要だ。全て分かっている。」
ゆっくりと距離を詰め、瀬人の腕がアテムの肩から背中に回る。
息がかかるほど近づいた顔を、アテムは見上げられない。
その代わり、瀬人の指先がそっと頬を撫で、唇の端に触れる。
「お前の全てを俺に預けろ。」
そんな方法はずるい。ときめく。アテムは小さく息を漏らした。言葉にできない想いが胸に溢れ、クラクラと目眩がする。
そっと抱き寄せられると、アテムは初めて、言葉なしで心も体も満たされる甘さを知った。
瀬人の手の重みと温もりが、全てを包み込み、2人の関係は、静かに、確かに成立した。
ボールを持たせたら、剛速球で決められた。実に、スマートだった。
「これで分かったか?」
アテムが頷けば、腕が解かれる。
視線だけ動かして確認した瀬人の顔は、いつもと変わらない。
これだけ親しい関係を長く続けている、相性は悪くない筈だ。
「いつから…知ってた。」
「1年前。」
「最初から…。」
相性ではなく、相手が悪かった。
まず観察眼がエグい、ブレがない、ずっと知っていて表情や態度に出ない、距離の詰め方は実に自然だった。
「お前は?」
「4ヶ月程前か。俺自身の感情を予測した、時間の問題だとな。決めたのは2、3ヶ月前だ。タイミングを待った。」
感情に飲まれない、勝算はしっかり計算済み、最後は秒速だった。
世界を決めたのは瀬人の方だった。
相手が悪い。レベルが違う。
もう、掴まえることが出来たのか、拾われたのか、よく分からない。
選ばれた。というのが多分正しい。そこから生まれる、喜び、悔しさ、誇り、安心感、達成感。
アテムが感じるそれらは、瀬人が意図してアテムの感情が溢れる寸前まで満たされるのを待った結果から来るものでもあった。
なんて相手に挑んでしまったのだろう、とも思うが、挑んで良かったと心から思う。
「返事をしてみるか?どちらでも構わない。いつでもいい。」
瀬人は相変わらず余裕を崩さない。
アテムは唇を震わせ、目を逸らす。
「好…。」
言葉は出ない。だが胸の奥で、想いは確かに燃えていた。
瀬人はそんなアテムをじっと見つめている。
「そうか。言わなくても分かっている」
アテムは小さく頷き、体を委ねるが、まだ胸の奥で言いたい気持ちを抱えたままであり、瀬人の腕の中で体を震わせる。
「言わなくても分かっている」と言う瀬人の言葉が、逆にアテム自身の想いを確認させるようで、胸がじんわり熱くなる。
少しずつ呼吸が落ち着き、目を開けて瀬人を見た。
「お前。本当に、分かってくれてるのか?」
声は小さく、震えが残る。
瀬人は優しく微笑み、そっとアテムの頬に手を添える。
「分かっている。それで十分だ。」
その言葉に、アテムの心の堤防は少しずつ崩れた。意を決して、小さな声で呟いた。
「す…好きだ…ぜ…。」
瀬人はそれを聞き逃さず、アテムを抱きしめる。
「分かっている。」
アテムは胸に顔を埋めて、言葉を続けた。
「…俺は…ずっと、側に…いたい…。」
言葉は途切れ途切れだが、気持ちは完全に届いている。
瀬人はその言葉に微笑み、顔を上げさせるとそっと額を寄せる。
「当然だ。お前は俺の1番近くにいる。」
こうして、言葉にできない想いを抱えていたアテムは、少しずつ瀬人に自分の気持ちを伝えることが出来た。
言葉も、触れ合いも、心も、全てが繋がった瞬間だった。
1人では成し遂げられなかった。
アテムの長いアプローチは、瀬人に拾われてやっと実を結んだ。

アテムからすれば「長い間追いかけ続けて、やっと手に入った粘り勝ち」
実際は瀬人による「最高に熟した瞬間を選んだ収穫」
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