冥界への来訪者と、3連戦行い、部屋に籠もって対話をしていた。勝敗は2-1、こんな所まで来て疲れているだろう事を思えばやはりこいつは強い。
「あの時、相棒を守ってくれてありがとう。」
お陰で現世に干渉する事が出来て、皆を、世界を救うことが出来た。先に相棒が消されてしまっていたらそれは叶わなかった。
「何の話だ。」
「お前なら、相棒が倒れても自分でディーヴァを倒せばいいと考えるだろうと思っていたんだ。」
「カードで倒すことに異論はないがな。俺は化け物退治など専門にした覚えはない。」
そんなことを言いながら、世界を守る為に真っ直ぐ敵を見据えて、真っ先に戦うことを決めていたのはこの男だ。
「だが、最初に立ち向かったのはお前だったじゃないか。」
「俺の目の前で好き勝手が許されると思うか?」
「それは、お前はそういう奴だが。じゃあ何で相棒まで巻き込んだんだ。」
何事も人の手は借りず、1人で立ち向かうタイプの男だったから、タッグを持ち掛けたのは意外だったのだ。
しかし目の前の男はさも当たり前のように言う。
「言っただろう。俺は化け物退治は専門ではない。目には目を、歯には歯を。オカルトにはオカルトをぶつけるのがセオリーだ。そんなものは貴様がやればいいと判断したまで。」
オカルト、と言いながら指される。
流石は海馬瀬人。聞いていれば、全て合理的な思考による行動だ。相変わらずブレない奴。
「俺が、オカルトだって?」
「それ以外に何の専門なんだ。」
「専門はないが。」
オカルト枠か。随分な扱いをしてくれるものだ。
「銃では意味がないことは分かっていた。先に消される。意志の力で対抗すべきだったがためにカードで引きつけたまでだ。」
「ああ!そうだ、銃だ。お前あんなもんこの世界に持ってくるなよ。」
あろうことかこの男は銃を携帯して冥界へやって来たのだ。
久しぶりだからのんびり顔を眺めていたら耳の横スレスレに一発撃ち込まれた。玉座にはヒビが入り、新しいものが急ぎで作られている。
殺しに来た訳では無い(既に死んでいるし)だろうが、あんなに呼ばれたのに顔も合わせず冥界へ戻ったので流石に怒らせ過ぎたのかと思った。
たが、それも違うようだ。
「古来より、戦いではより強い武器を手にした方が勝つ。青銅が鉄に敵わないようにな。知りもしない異国へ行くのに丸腰なわけがなかろう。」
銃を持ってきたのは合理的な理由によるものらしい。
「じゃあ、何で撃ったんだよ。」
「ご挨拶だ。当てていないだろう。」
ああ相変わらずだ。この男はちっとも変わっていない。
結果的には急いで降りていく羽目になった。合理的だ、考えて行動している。
だがあんな挨拶は脅しと言うものだ。
「そんな挨拶があるかよ。まあ、腕が確かなのは分かったがな。」
「安心しろ、貴様に向けたものに装填してあったのは一発だけ。後は空砲だ。」
やっぱり脅しではないか。
しかも、暗にまだ武器を持っていると言っている。
「俺にも再会の余韻とかそういうセンチメンタルなものに浸る時間ってものがあるんだ。」
「その間に周りが攻撃してきたら俺は戦わねばならん。回り回って、貴様の為になるわけだ。」
「流石に銃撃戦を前に感傷に浸れる程じゃないぜ、俺は。」
「銃撃戦?一方的な殺戮の間違いだ。そんなことをさせるつもりはないだろう。そのためのご挨拶だ。」
ああそうだ。より強い武器を手にした方が勝つ。
意思決定が合理的すぎて手段がおかしい。
まあこの男の手段がおかしいのは今に始まったことではない。
「今度来る時は周知しておくから銃は置いてきてくれ心臓に悪い。」
「死人が今更何を気にすることがある。」
オカルト枠の次は死人扱い。こいつ曰く『化け物退治』の際、いいように使ってくれたくせに言ってくれるものだ。
戦いの際に煽るのは得意とする所だが、普通に会話をして口で敵う事はないだろう。その印象も変わらない。
ただ、雑談に付き合ってくれる余裕が出来た所は変わったのだろうか。それとも元からこういう奴だったのだろうか。
そこまで深くは相手のことを知らない。
この男と普通に会話をする機会などなかったからだ。
「お前と話してると自分が何なのかよく分からなくなるぜ。」
オカルト、死人、化け物退治係。王だなどとは思われていないに違いない。
「俺の宿敵、永遠の好敵手アテム。それ以外に何が?」
迷わず返ってくる答え。だからこれも真実なのだろう。
好敵手。それがあったか。
「そう言えばお前に名前を呼ばれるのは初めてだな。」
「当然だ。目の前に居らずいつ呼べと?」
それもそうだ。現実的で、事実に基づいた言葉ばかり。説得力の差があり過ぎる。口で敵わないわけだ。
「もうお前、一体何しに来たんだよ。」
勝ってしまえば、あの執着もなくなって去って行くものだと思っていた。
「戦いに来た。話でもしようと誘ったのは貴様の方だろう。」
そう言えばそうだった。流石に4戦目突入への気力がなくて誘ったのは自分だ。
スタミナのお化けみたいなこの男は、3戦目が終わった後にも涼しい顔をしてデュエルディスクを構えていた。
「忘れてた。」
正直にそう言うと、吹き出すようにフッと笑っただけだった。呆れた、多分そんな所だろう。
「それに付き合ってやっているんだ…」
「あー、有り難いぜ?有り難いと思ってるさ。」
それは事実だ。誰かと対等に会話を出来る機会などないに等しい、この世界では王だ。仲間たちもいない。
「殊勝なことだ。」
「俺の話に付き合ってくれてるんだ、それはお前もだぜ。」
「ものは言い様だな。」
以前、一度倒してしまえばその興味など失って新しい敵を作り出す。そう言っていた。
2戦目がこの男の白星。なのに帰らず3戦目を続行した。
『好敵手』から『永遠の好敵手』に昇格していたわけだからその行動は筋が通っている。
「永遠の好敵手、か。」
「不服か?」
「いや、光栄だぜ?」
実力は伯仲。この戦いが面白くない筈がない。
「珍しく素直だな。」
「お前には口では敵わないことに気付いたんだ。大発見だ。」
「現世では誰もが知っているが、この古代の世界で気付いたのは貴様が初めてだろう。見事な功績だ、称えよう。」
ああ言えばこう言う。絶対こいつは口から生まれてきたタイプだ。
「へえ、何かくれるのか?」
「ほしいのか?」
「興味はあるな。お前が誰かに何かをやるなんてイメージからは程遠い。」
「そうか。」
言いながら、コートの内ポケットに手を入れた。
銃なんか要らないんだが。そう思っていると、出てきたのは白いカードが1枚。
差し出されたそれを受け取って、裏を見る。
「あ、これっ…!」
仲間たちの写真だ。
相棒、城之内くん、本田くん、杏子、獏良に御伽。懐かしい面々が満面の笑みでピースしている。
「遊戯が寄越したものだ。俺はそんなものはいらん。奴め、俺を何だと思っている。」
確かにこの男にはこんな写真など不要だ。
あの時、存在を信じて自分を犠牲にしてまで相棒にパズルを託したのはこの男。
だから間違いなくこれは相棒が、いつか邂逅するだろう、と託したもので、それを大事にここまで持ってきてくれたのだ。
よく考えれば、滅びそうな世界を身を挺して守ろうとするような人間なのだ。それがオカルト専門家の死人に引き継ぐためであったとしても。
根は親切で面倒見がいいのかもしれない。実際、面倒見はいい。兄弟を見ていれば分かる。
「お前、本当にブレない奴だぜ。」
「俺を誰だと思っている。」
「海馬…。」
「なんだ。」
「ありがとう。」
「礼はいらん、功績を称えただけだ。」
仄かに、笑ったような気がした。
この男は、またここへ来るのだろうか。
現世に居場所がある。敵を求めるなら相棒だって居る。いくら永遠の好敵手だと言ってもここは本来の世界ではない。
「お前の写真はないのか?」
そう言えば、少し驚いたように目を見開いて瞬きをする。
そんなにおかしな事を言っただろうか。
「本人では不足か?まあいい、デュエルディスクにログ機能がある。そこから引っ張り出せば俺の映像を出現させることが可能だ。」
示された手順通りに操作すれば、さっきの海馬瀬人の像が出現した。
「等身大か。すごいな。」
静かに佇む像を眺める。
「ログは正確だ。」
「お前さ、黙っていればかっこいい。って言われないか?」
「黙っていなくとも世界中が俺に心酔している。言葉は武器だ。」
「まだ武装するつもりかよ。」
自意識過剰。そう思ったが、この男は事実しか口にしない。だから恐らく事実なのだろう。
「必要なものなら実装するのみだ。」
それはそうなのだろうが。
遺跡発掘。軌道エレベータ。新型デュエルディスク。この1年で現世の科学技術は飛躍的に進歩した。この男のせいだ。
「何で俺だったんだ。」
「何がだ。」
「いや、だから、お前の好敵手。」
あからさまに呆れた顔をされて、それから目を閉じて肩を震わせて笑っている。そんなにおかしな事は言っていない。
「…勝ち逃げしておいて、貴様以外に、誰が務まる。…どれだけ探したことか。」
声が、笑っていない。本気で探されたらしい。
成し遂げた事を思えば有り難くその座につかなくてはならないのだろう。
「それは、悪かった。一言くらい言っていけば良かった。」
「一言言えば逃げられるとでも思ったか?」
別に逃げていたわけではない。
パズルの復元。別次元へのシフト。執念とは恐ろしい。こんなのに追い回されて、逃げ切れるわけがない。
「逃げたわけじゃない。ここが俺の在るべき場所なんだ。お前が現世に存在するように。」
「俺は現世にもこの世界にも存在するが?」
「そんな上手いこと出来るかよ。」
「出来るから今ここに居るのだろう。」
ああこれも事実だ。出来てしまったからここに居る。頭脳と適性と意志が見事にマッチしてここを見つけ出し乗り込んだ。とんでもない奴だ。
また来るのだろうかという先程の疑問なら、答えはまた来る、になりそうだ。
「それもそうなんだが。」
「ならばそれで良いだろう。」
どうして来れたのか、理屈は分からない。
この男の中ではそれもきちんと理論として成り立っているのだろうが到底理解することは出来ないだろう。
「お前さ、頭が良すぎて何を考えているか分からない。って言われないか?」
「今度は何だ。世界中がその感想を持つことは確かだろうがな。」
「やっぱり。」
自意識過剰、ではないのだろうこれも。
「そんなに褒め倒して何のつもりだ。」
「褒めては…いや、褒めてるな。」
「珍しいものを見た。」
「それは良かった。」
話してみれば、この男のことが何となく分かってきたような、何も分からないままのような不思議な感じだ。
好敵手と認めているし、見果てぬ先まで続く戦いのロードも信じていたが一度は縁が切れてしまった。
この関係の継続も、一人では実現出来なかったことは確かだ。尋常でない色んなものを組み合わせてここへやって来た。
そこは素直に申し訳なさもあれば感謝もあるし、認めている。
「お前の功績は永遠に語り継がれるだろうな。3000年どころじゃ利かない。」
「好きなだけ称えるがいい。だがあれはいつか破壊されることになっている。例えば俺が死ねば自動的に崩壊だ。」
「また破壊するのか。好きだな、破壊するの。」
アルカトラズも不要だからと破壊してたしな。
「要らぬものを残しておく道理もない。それまでにはオカルトグッズも回収して持って来るつもりだ。原理は分かってきたがあれもまた要らぬものだ。」
「解析するなよ。ロマンのないやつだな。」
「あんなものにロマンだと?」
「いや、だから俺にとってはセンチメンタルなポイントでだな。」
「知ったことか。」
多分、こないだ持って帰って来たこのパズル以外全て集めて持って来るんだろう。有言実行タイプだ。
「……お前さ、死んだら、とか、持って来る、とか言ったか?来るのか、ここに?」
「人の体などいずれ滅びる。その時も来るだろう。何が問題なんだ。」
「ここはお前にとっては3000年前の冥界だぜ?」
「その何が問題なんだ。」
「お前の魂の還るべき場所ってのもどこかの次元にあると思…」
分かった。どちらにも存在するつもりだ。
上手いこと現世とこの世界に存在するように。
「逃げられると思うな。」
「分かってるさ、俺は逃げも隠れもしない。お前相手に鬼ごっこや隠れんぼは分が悪い。」
とんでもない好敵手を持ってしまった。
生きている相手と、死んだ後までもを約束してしまうとは。
もうこの男には好きにさせておこう。
でなければ逃げ切れず捕まった上、この世界を要らぬものと破壊されてどこかの世界に存在させられるのがオチだ。
「それでいい。」
どこの世界に王に向かってそんな態度を取る奴が居るんだ。この世界を選ぶならせめて上から目線は程々にしろ。
口では敵わないから言わないが。
「お前と話してると、俺はもう王を退位した方がいい気がして来た。」
「退位はするな。続けろ。」
「何でだよ。」
「貴様が降りたら化け物退治は誰がやる。」
「俺を戦闘要員としか見てないのはお前ぐらいだぜ?」
だが、結果だけ見れば戦闘要員でしかなかった。これも事実か。
「適材適所だ。たまには働け。」
「毎日働いているさ。お前が乗り込んでくる前だって謁見があったんだ。」
「……。」
「なんだよ。」
「磯野辺りを放り込めば上手く篩分けするのだが、流石にこの世界へ来るのは無理だろうな。」
磯野さん。自我が強くなくて助かったな。
「他人を巻き込むな。」
「貴様、王ではないのか?この世界は、いつまでも非効率なままのつもりか。」
一番王だと思ってない奴が何を言っているんだ。
思っていなくても事実だから口にしただけなのだろうが。
「まあ上手いことやるさ。」
「効率的なマニュアルを作ってやる。一日のタイムスケジュールを教えろ。」
「ゆっくり働かせてくれ。」
「それでいつ俺の相手をするんだ。業務時間を圧縮する必要はあるだろう。」
「お前だって忙しいだろ。そこはお互い様だ。」
「俺の仕事はここからでも出来る。到着した時に通信可能なことは確認済みだ。会議も意思決定もここからすればいい。」
「そんな馬鹿な。」
冥界に来てまで仕事するやつがあるかよ。
まあでもするんだろう、言っているのだからやるに違いない。
ここなら戦えるし仕事も可能。合理的すぎる。
「観念するんだな。」
なにせ技術力は化け物だ。その化け物は退治出来ない。この冥界が近代化するのも時間の問題だろう。
発展を喜ばない者は多分居ない。
「仕方ない、お前の部屋作るか。」
「良い判断だ。」
傀儡の王。世界に執着のないこの男が、まさかそんなことはしないだろうが気分としてはそれだった。
口では敵わない。
千年アイテムも解析を進めているらしいから近い内に科学の力でやられる。
「お前をそこまで駆り立てる目的はなんだよ。」
「それはアテム、お前だ。」
そうだろうと思った。
ずっと、逃さないと言われている。言ったらやる男だ。
「俺を倒したら満足するんじゃなかったのか?」
「しない。見果てぬ先まで行こうとも満足しないだろうな。」
「俺もとんだ好敵手を持ってしまったもんだ。」
「喜べ。」
素直に喜んでしまって良いのだろうか。
とりあえず平穏は諦めよう。
「まあそうだな。また来るんだしな。これからもよろしく。」
「ああ、よろしく。」
手を差し出してみたら、そこはきちんと握手が返ってきた。大きな手で、がっしりと掴まれた。
「ただし、銃は置いてこい。」
「何ならいいんだ?」
何で楽しそうなんだ。
「何って?」
「前身は軍需産業、武器の知識なら並外れている。」
「武器はやめてくれ。周知しておくから。」
「持ち込みはやめてやる。」
「作るのもやめてくれよ。穏便に行こう。平和で寛容な世界を目指してるんだ。」
「競争のない世界か。」
しまった藪蛇だったか。
「変なこと考えないでくれよ。」
資本化の波なんてやって来たら手に負えない。
「せいぜい法整備でも進めることだな。仕方ない、意を汲んで、海馬ランドぐらいにしておいてやろう。」
それも別になくていい。民は喜びそうだし、言うからにはやるから止められないのだろうが。
世界が、侵食されていく。海馬瀬人に染まっていく。
自分自身も時間の問題かもしれない。近代化や文明の発展は人類の避けられない流れだ。
「分かった、それで手を打とう。」
「今日のところはそれで良しとしてやる。」
「今日のところ…まだ何かするつもりなのか。」
「手を付けられそうな所はいくらでもあるだろう。」
「現代人に言わせるとそうだろうけど。」
この世界だっていいもんなんだがな。
「少し前には貴様も現代人をしていただろう。」
確かに。
社長さんはそろそろ帰るらしい。立ち上がるのでそれにならって立ち上がる。
「帰るのか。」
「一旦な。」
「部屋は今度までに用意しとく。」
来るのも仕事するのも決定事項だ。受け入れてしまうしかない。
「ならば部屋の礼だ、これをやろう。」
「スマホ?」
「そうだ。連絡、動画視聴から通販、仕事にまでお前が使うかは分からんが好きに使え。」
「誰かの連絡先とか知らないぜ?」
「貴様の顔見知りの連絡先程度は把握している、登録済みだ。」
それは、個人情報がどうとかいうやつではないだろうか。ああ、そんなこと考えるなんてまだ現代人が抜けていないのかもしれない。
そして親切だが、やっぱりこいつはマトモじゃない。
「それは…助かる。」
穏便な答えはこれしかない。何せ口では敵わない。
「すぐに来る。部屋のリクエストはお前の部屋の隣だ。」
隣は空間があるだけ。まあそのくらいならいいだろう。目の届かない所で海馬コーポレーションの技術力を発揮されたら他の者はすぐにコロッと行ってしまうに違いない。
「分かった。気を付けて帰ってくれ。また。」
「ではな。」
乗り込んで銃口を向けてきた時と違って、すごく穏やかな表情で、あいつは帰って行った。
誰かと次の約束が出来るなんて、これは少し嬉しい。
自分が還るべき場所があると知った時から避けていたことだ。
それをいとも容易く言ってくれるものだ。
いい好敵手を持った。
部屋の用意をして、臣下達にしっかり周知して、来訪の支度を整えなければいけない。
未だ映し出したままのあいつの立体映像は、やっぱり黙っていればかっこいいタイプだ。根はいい奴なのは確定だし。色々もったいない奴。
まあ、何を考えているのか分からない所もあるけど。
すぐに来ると言っていたがいつ来るつもりだろうか。待ち遠しいと思う自分もいる。
ちょっと話しただけだが、あいつのことは、気になる奴になった。世界中が心酔、まあ事実だろうな。
心酔はしていないが興味深いとは思っている。
技術力がやたらめったら高い大企業の社長は、宣言通りよく来るようになった。
なんなら現世にいる時間より冥界にいる時間の方が長いんじゃないかってぐらいだ。
よく仕事をしている。案外捗るらしい。
「よう。本当によく来るな。」
「ここはよく眠れる。向こうにいると暗殺なんぞに気を遣らねばならん。」
なるほどそれは穏やかではない話だ。
「ここは避難所じゃないんだぜ?」
「似たようなものだ。」
利用者からすれば似たようなものかもしれないが、いやそもそも利用するという考え方がおかしい。
本当に避難所を兼ねて来ているとしたら、合理的だし言っていることも事実なのだが。
「今日も、やるのか?俺は準備出来てるぜ。」
一度くらいは、と押し付けられたマニュアルに沿って働いたらものすごく効率的に片付いて、以来それはこの世界でのスタンダードになってしまった。
冥界はいきなり海馬瀬人に侵食された。
「当然だ。」
当人はスーツのジャケットを脱いで、デュエルディスクを装着している。
この男にとっては普通なのかもしれないが何度見ても見慣れない。
「そのスーツ男子スタイル、動きにくくないのか?」
「学ランの方が動きにくいだろう。」
そう言われてみれば似たようなものか。
「ずっと動きにくそうとか思われていたのか俺は。」
「何を今更。動きやすさで言えば城之内の方がマシだな。」
やっぱり思われていた。
「まあ、そうかもしれないが。なんか見慣れないんだよな。」
言ってることは尤もなので言い返せない。
というか、言い返したところで上手くいく気はしない。
「普段はこの格好だ。テストをすることもある。わざわざ着替えたりはしない。」
「着替えは、面倒だよな。」
いつものあれは着るのが大変そうだ。
「面倒ではないが効率と影響力の問題だ。」
確かにあの白いコートはこの男のトレードマークではある。
一度借りて着てみたが見事に似合わなかった。こいつは背が高いからまず長い。
映像と並んで立ってみたらスタイルは惨敗した。天はこいつにいくつ与えたんだ。
「パブリックイメージってやつか。」
だがスーツ姿でも同じプレイスタイルでガンガン攻めてくるのはやめてほしい。
何となくだが勝率が悪くなる気がする。
「今から戦うというのに今日は威勢が悪いな。」
恐らく服装のせいだ。
自分のせいだと気付いていない。
「まあ、なんというか、攻撃力上がって見えるんだよな。」
「武器なら所持していない。」
「そうしておいてくれ。」
またぶっ放されたら堪らない。
一発目は耳の横を通って、その次は銃口が真っ直ぐ向けられて。
それが空砲であったとしても酷い話だ。急いで応じさせるには効率的ではあったが。
「法整備くらいはしたのか?」
「した。銃刀法ってやつだ。持ってくるなよ、禁止だ。」
「死人に効くかは不明だが、細菌兵器や毒は?」
「まさかお前…。」
「所持していない。」
「それならまあ良かった。」
広間に着いて、早速ゲームを開始したが、やっぱり攻撃力が増して見える。
いつものコートの方が威圧的な筈なのだが不思議なものだ。
「どうした、そんなものか!」
いや、だからそのテンションとのミスマッチが追い込んでくるんだよ。これがギャップと言うやつか。
手元のカードは裏切らないのだが。
ただなんていうか、煽る気力を削がれるのだがこの男はそんなこと構いやしない。
いやでも、スーツはまだマシだ。
「お前さ、白衣だけはやめくれよ。」
「何の話だ。」
一度だけ、白衣で来られた事がある。
「服装で負ける。」
「ほう、そんなもののせいにするか。」
あの日は白衣に防護用のゴーグルを装着したままやってきて、流石にゴーグルは外して首からかけてたけど。
あれは精神衛生上よろしくなかったらしく、負け越した。
「最近、急に城の中に現れるが、あの乗り物はどうしたんだ。」
「ナノマシンだ。」
「ナノマシン?」
「いつ、どこでも使えるよう体に入れた。言わば俺が装置そのものだ。」
それはどうも、なんて情熱的な好敵手だ。
「礼を言った方がいいのか?」
「いつでも取り出せる、気にする事はない。」
気にすることはないと言うからにはそうなのだろう。だが無理だ、気にはする。
「もう少し手段を選べよ。」
「その結果だ。」
目の前のスーツ男子はやっぱりガンガン攻めてくる。バーストストリームはやめてくれ。
カードだけが裏切らない。安らぎをくれる。
スーツだから裏切られているとかそう言うわけではないのだが。
「まあ、お前が考えての結果なら仕方ないか。」
なにせ何を考えているか分からないぐらいに頭はいい奴だ。
ネクタイがはためいて気になると言ったら、以来タイピンで留めてくれたから親切なのは親切なのだろうけど。
「注意力散漫だぞ。」
集中はしている。そう見えるとしたら誰のせいだと思っているんだ。
黙っていればかっこいいのが悪い。
自分が面食いだったのかと雑念が混じって負けた事もある。
「お前もな。」
精一杯の煽りだ。
「俺の思考はクリアだ。」
カードの応酬は止まない。
もっと集中しなければやられる。
4戦やって何とか引き分けたがスーツ男子は目の毒だ。
「引き分けか。」
「余計なことを考えているからだ。」
勝っても負けてもその調子なのは一体何なんだ。
スーツ男子はネクタイを解いて結びなおしている。やる前に外しておいてくれればいいのに。
「なんか俺は、お前のことがよく分からなくなってきたぜ。」
「薄情な奴め。俺はある程度分かってきた所だというのに。」
この男のある程度がどの程度かは分からないが、分かってきたと言うのだからかなり分かっているんだろう。
確証なく憶測で分かったとは言わない奴だとは知っている。
「それは、悪かったな。」
無言で頭をぐちゃぐちゃに撫でられた。この頃よくやられる。
まあ気にするな、って、ところか。
「今に始まったことではない。」
いや、寧ろ酷かった。
「今日はこっちに泊まって行くんだろ?」
「ああ。明日は日本に行くからちょうどいい。」
「どこから来たんだよ。」
「先程までカナダに居た。」
「飛行機使えよ。」
「それこそ面倒、時間の無駄だ。」
どこにカナダから冥界を経由して日本に移動する奴がいるんだ。
効率的なのは分かるが色々なものが欠如している気がする。この男に限って言えば極端だからいつものことだが。
「そんなこと言えるのお前だけだぜ。」
「その俺が言うのだ。問題なかろう。」
「まあ、それもそうか。」
「夜は空いているのか?」
「ああ、あのマニュアルのお陰でな。」
「結構なことではないか。」
結果としては、良い、なのだろう。
お陰でもっと働けるのでは、とか、もっと効率よくできるのでは、なんて動きが出ている。
この世界はばっちり侵食されている。
「何か新しいゲームでも?」
「ああ、重量級の、開発されたばかりのものだ。と言ってもプレイヤーは二人。所要時間はせいぜい2時間程度だろう。」
こいつは手が早いからその速度で2時間は充分重い気がするのだが。
「それはインスト込みでか?」
「貴様にそれらしいインストは不要だ。」
「いやそこは俺にもしっかりやってくれよ。」
「センスの問題だ。少し進めれば理解する。」
そう言うからにはそうなんだろう。
こちらのことはある程度分かってきたと言っていたし、実際にルールが分からなくて困った事はない。
ある程度、というのはかなりを占めていると思われる。
「お前がそう言うのなら、恐らく俺は理解できる。任せたぜ、社長。」
「…そうだな、お前を雇うのも手か。」
ああこれ、顔がマジだ。この社長マジで王を雇おうとしてる。
死人を働かせるな。
「間に合ってる。俺はオカルト専門の死人で化け物退治屋だ。」
これ以上働かせないでくれ。
お前みたいなスタミナのお化けとは違うんだ。
いや、効率化のお化けか。何にせよこいつは確定人外だ。
「その割にこの世界の奴らは俺を働かせるがな。」
「は?」
そんな話は聞いていない。
「知らんのか。主にインフラ整備の際だろうが、海馬建設部門のものが好評だ。」
「もしかして、俺より、働いているのか?」
「現場に出ているのはお前より多いだろう。まあ、飛行機に乗るよりは有意義な時間だ。」
その基準が分からない。
とりあえず、社長自ら有り難いことで。
「なんか、この世界をありがとう。」
「海馬ランドを建設するためだ。」
「まだ諦めてなかったのかよ。」
「俺が何かを諦めるとでも?」
この男に限ってそれはありえない。
妥協手加減一切なし。それが海馬瀬人だ。
「いや。もう許可は出してる。海馬ランドに限っては好きにしてくれ。」
現場に出ているスーツ男子。
この世界に溶け込んでいるのかいないのか、想像すればかなりシュールだ。
「工事は始まっている。」
そんな話も聞いていない。
「いつの間に。」
「許可を得た翌日からだ。」
相変わらず仕事が早いなこの社長。
夜中までゲームをして、寝て、起きて、そしたらあいつの姿はなかった。
日本に行ったのだろう。
日本。皆、元気にしているだろうか。
仲間達に連絡を取った初日は大変だった。
思った通り個人情報をどうにかして連絡先を把握していたらしく、それから仕方ない事ではあるが表示名が『海馬瀬人』になっていたようで、電話に出た側から
相棒には「もう、海馬くん!」とぷんぷん怒られ、
城之内くんには「てめぇ海馬!」と怒鳴られ、
本田くんは普通に出てくれたけどかなり驚いてはいたし、
杏子は暫く出てくれないからメッセージ入れたし、まあそれは時差があったせいだが、
獏良は薄情にも暫くこちらを表示名通り海馬瀬人だと思っていたし、
御伽だけはいつもの調子だったな、
この世界のインフラより連絡先辺りの整備をしておいてほしかった。
初めに言っておけばやっておいてくれたのかもしれないがそこまで想像出来る筈がない。
ログから映像でも出して文句の一つでも言ってやろう。
選択は昨日のスーツ男子、ビジュアルは大事だ。
デュエルディスクから昨日のスーツ男子のログを引っ張り出して文句を言っていたら、光の粒子が集まってきて、うわ、本人が来てしまった。
昨日とは違うけどまたスーツ男子だ。目の毒だ。
「アテム?何をしているんだ?」
「お前こそ、日本に行ったんじゃないのか?」
スーツ男子が二人。黙ってればかっこいい男なんだ。だから黙らないでくれ。
「こちらの海馬ランドに対応させるための装置を取りに。それで、昨日の俺がどうかしたのか?」
「顔を見る…用があって。」
なんだよこの恥ずかしい所見られた感。
「……。」
いや、だから、頼むから黙らないでくれ。恥ずかしい。
「海馬?」
もうダメだこれ、こいつ肩震わせて笑いを堪えてる。
いっそ高笑いして笑い飛ばしてほしい。
「ふ、なるほど、そういう事か。」
「どういう事だよ。」
「分からんか。貴様、とうとう俺に落ちたな。」
「落ちた?俺はお前に惚れたのか?まさか。」
「薄々、気配に気付いてはいたが。」
薄々?いつからだ。
まさか。いや、でもこの男は事実しか言わない。
そして確かに黙っていればかっこいい。
「くそ、なんだよ俺、ただの面食いじゃねーか。」
「安心しろ、それは違う。アテム、お前が気に入っているのは俺の行動面だ。意思決定から行動力を含めてな。」
「嘘だ。顔じゃないのか?」
「俺は事実しか言わん。だが容姿も気に入っているのなら良い事ではないか。存分に喜べ。」
事実しか。まあ、それはそうだとよく分かっているんだが。
それが事実だとしても、仕方ない。
仕方ないのだけれど。
まずやることがある。抵抗だ。
「少しだけ、自分の気持ちに抵抗させてくれ。」
「何のためにだ。」
「いきなり過ぎて混乱している。整理したい。」
「無駄な抵抗だがな。好きにしろ。」
「ほら、俺たちは世界が違うし。」
「俺はどちらの世界にも存在する。」
多分、他の色んな問題を持ち出しても解決されるんだろう。
なにせ口では敵わない。
「俺は王でお前は社長で、2人とも男だし。」
「平和で寛容な世界なんだろう。」
それ確かに言った。記憶力もお化けかよ。
「お前がまだ俺に惚れてないし。」
「いつの話だ。とっくに好いている。」
やばい、即解決してしまった。
「そんな、いつの間に。」
「撃ってみたら気付いた。何事も実験してみるものだな。」
それは酷くないか。
「流石にそういうのはもっと何気ない場面が良かった。俺はお前と違って繊細なんだ。」
「そうだろう思って何気ない場面は用意してやっただろう。」
ああ確かに。喋りながらゲームしたり、何気ない場面は沢山用意されていた。
「俺はまんまと策略にはめられていたってわけか。」
「どうだろうな。さあ、無駄な抵抗は済んだか?」
諦めよう。認めよう。
抵抗は無駄に終わった。
何せこいつに追い回されたら逃げ切れないのは分かっている。
「ああ。もう投降する。今後ともよろしく。」
「ああ、よろしく。」
手を差し出したら、やっぱりがっしりと掴まれた。
まあ、スーツ男子は嬉しそうにしているし、もういいか。
見習って開き直ろう。
春が来た、ってやつだ。
死んでいるのに生きた恋人が出来てしまった。それくらいは許されるだろう。
ビジュアルは頗る良くて好みのどストライク。頭が良すぎて何を考えているのか分からない。実は親切で面倒見がいい。最も気に入っているのは行動面だそうだがその自覚はない。そんな恋人だ。
