13 王、アイドルになる


写真集が発売されてから、数週間。
冥界旅行の記事の熱も冷めやらぬまま、アテムは“うっかり”有名人になっていた。
SNSでは「美貌王モデル」として拡散された。
街を歩けば誰かが「あれ、あの人じゃない?」と振り返る。
だが当の本人は、まったく気付いていない。
いや、気付いても気にしていない。



そんなある日、久しぶりに遊戯と再会することになった。
待ち合わせはもちろんサ店。
アテムが姿を見せた瞬間。
「アテムっ!? え、ちょ、えぇぇぇぇ!?」
通行人がざわつき、数人がスマホを構えてシャッターを切る。
まるで芸能人の遭遇現場の様相だった。
アテムは堂々と笑顔を向ける。
「よ、相棒!」
「よ、じゃないよ!?何でカメラ向けられてるの!?」
「さあ。皆、俺と瀬人の冥界外交に感動したんじゃないか?」
「いやそれ、記事読んだ人しか分かんないから!」
周囲がざわざわする中、遊戯は慌ててアテムの腕を引っ張り、タクシーに押し込んだ。
行き先は、当然ながら安全地帯・海馬邸。
海馬邸の広間に着くなり、遊戯はソファに腰を下ろして頭を抱えた。
「アテム。キミ、一体何やってんの?」
アテムはハーブティを飲みながら得意げに答える。
「海馬コーポレーションの社員だぜ。クビにされていないからな。」
「いや、そういう問題じゃないんだよ!」
「なら、どの問題だ?」
「有名人になってるんだよ!キミが!ニュースで見た人が“本物だ!”って騒いでたよ!」
アテムは一拍置いて、
「…そうか」と軽く頷いた。
「まあ、問題ない。瀬人もいつも見られているからな。」
「いや、海馬くんは…元からああいう人だから…!」
その時、奥から瀬人が姿を現した。
淡いグレーのスーツ、涼しい表情。
完全に“いつもの社長モード”。
「遊戯か…。何を騒いでる。」
遊戯が立ち上がり、訴える。
「海馬くん!アテムが変わっちゃったんだ!」
瀬人は静かにコーヒーを置き、アテムを見やる。
「変わった?こいつは昔からこうだ。」
「えっ。」「だろ?」
遊戯とアテムの声が重なった。
瀬人は続ける。
「目立つ、堂々としている、他人の反応を気にしない。そして“悪気がない”。もう1人、であった時から何1つ変わっていない。」
「だが瀬人、お前も充分目立ってるぜ。」
「俺は自覚している。お前は“うっかり”だ。」
「…誉め言葉と受け取っておこう。」
「そのように受け取るから性質が悪い。」
遊戯は2人のやりとりを見て、頭を抱えながらもうっかり少し笑ってしまった。
「…ああそうか、安心したよ。変わったんじゃなくて、変わってないんだね。」
「勿論だ。」
アテムは微笑み、瀬人の隣に腰を下ろす。
瀬人は肩をすくめながら、何も言わずカップを渡した。
遊戯は溜息を吐いた。
「まったく…。アテムは王様のままで、海馬くんは社長のままだね。」
アテムは楽しそうに笑う。
「そしてお前は、相変わらず“心配性の勇者”だな。」
遊戯は苦笑した。
「…もう、そういうことにしておくよ。」

その夜、ネットニュースのトップにはこう書かれていた。
『冥界外交の英雄・アテム氏、街でファンに神対応!』
そして瀬人のコメントとして、短く一言。
「本人に“対応している”という自覚はない。」





それから更に日は経ち、アテムは“うっかり有名人”から“すっかりアイドル”へ進化していた。
街を歩けば、
「ちっちゃい…可愛い!」
「尊い…!」
と、どこからともなく聞こえてくる。
本人はというと、そんな視線など一切気に留めず、堂々とした足取りで歩くばかり。
因みに瀬人は、隣を歩きながら呆れている。ちっちゃいの比較対象になっていることに気付きもしない(もしくは無視している)。



そんなある日、海馬コーポレーション広報部。
ざわつく会議室の中央に、ひとつの議題が置かれた。
『アテム氏を広告塔にしたい件』
「だって、もう半分自然に広告塔になってるんですよ!」
「SNSの“#アテム様と同じスマホケース”タグ、毎日トレンドですよ!」
「“#尊い海馬コーポレーション製”のバズり率も異常です!」
部長は唸った。
「…だが、最終許可は社長だ。許可を取らねばならん。」
沈黙が流れる。
皆、思う。
(…絶対にあの人、“煩わしい”って言う。)
案の定、その予感は的中した。
広報部の報告を聞いた瀬人は、デスクに肘をついて静かに言った。
「…放っておいても、あいつが自社製品を使えば、勝手に宣伝効果が出る。」
その事実を、瀬人はもう痛いほど理解していた。
過去に何度も、“アテムが使った”というだけでサーバーが落ちた。
だが今回は違った。
広報の熱量は滾っていた。
そして何より、瀬人にはもう“諦め”が混じっていた。
そして。
「…好きにしろ。」
瀬人が、許可を出した。

その日の夜。
アテムはリビングで資料を眺めながら、嬉しそうに言った。
「瀬人、聞いたぜ。俺、広告塔になるんだな。」
「お前が知らない内に、だろうがな。」
アテムはにこりと笑う。
「広告塔になる。瀬人もやっているし、俺もきっと出来る。」
「…やる気はあるようだな。」
「当然だ。俺にも実績がある。『愛と理論』シリーズは、俺の命名だからな。」
「命名は“なかったことになった”方を言え。」
「“量子婚”か? あれは諦められないな。」
「…口止めした所で、うっかり漏らすのだろう…。もう好きにしろ。」

そして数週間後。
海馬コーポレーション新CMの放映が始まった。
画面いっぱいに広がる、光の粒子。
量子のように舞い、中央に立つアテムが、穏やかな笑みで語りかける。
「愛も理論も、手の中にある。」
海馬コーポレーション『愛と理論』シリーズ
その背後には、瀬人の低く響くナレーションが重なる。
「理論は証明できる。愛もまた、然り。」
映像が終わる瞬間、2人が並んで見つめ合うカットで画面がフェードアウト。

SNSでは放映直後からトレンド入り。
#量子婚CM
#尊すぎて理論崩壊
#Kaiba夫婦
など、もはやタグの数は天文学的。

翌朝の社内チャット。
広報部の1人が震える指でメッセージを打った。
「社長…アテム様、フォロワー数が一晩で1億人増加しました…。」
瀬人は短く返した。
「把握済みだ。サーバーが悲鳴を上げている。」
そしてアテムは、そんな社内の混乱を知らぬまま、今日も堂々と出社していた。
「おはよう。今日も愛と理論の宣伝日和だな。」
「…お前が歩くだけで、もう宣伝だ。」
瀬人は溜息を吐きつつも、口元だけは、少しだけ笑っていた。



「広告塔」という肩書きは、王にとって未知の領域だった。
アテムは最初こそ堂々と受け入れ、「俺なら務まる」と胸を張っていたが、すぐにそれが想像以上に大変だと気付くことになる。
まず、身に付けた"生活感"を出してはいけない。
“王の朝ごはん”どころか、“王の寝ぐせ”すらNGである。
だが本人は朝、普通に寝ぐせをつけたまま出社しようとする。
「アテム、髪の角度が微妙に違う。やり直せ。」
「瀬人、王の寝ぐせも神々しいと思わないか?」
「…そういう発想がズレているんだ。直してやる、来い。」
そして、自然体で充分魅力的なのに、隙を見せすぎてもいけない。
撮影中、カメラマンが「もう少し柔らかい表情を」と頼んだ瞬間、アテムは瀬人を見る。
途端に表情が一変。
柔らかいを通り越して「惚気た顔」になる。
「…カット。いや、いいけど…なんかすごい破壊力だな…。」
(翌日、“瀬人を見るだけで表情が変わる王”がトレンド入りした。)

更に、アイドル的人気も問題だった。
通勤途中、ファンに捕まる。
「アテム様!王のご加護をください!」
「アテム様!一緒に量子婚ポーズを!」(※量子婚ポーズ=本人が冗談でやった仕草がファンの間で定着したもの)
結果、出社が遅れかける。
「遅刻理由が“ファンに囲まれた”など、お前くらいだ。徒歩をやめろ。」
「王の務めだ。断れない。」
「今は会社員だろう。」
瀬人は溜息を吐きながらも、アテムが楽しそうに話す姿を見ると何も言えなかった。

そして、もう1つ。
商品説明をするという試練が待っていた。
海馬コーポレーションの広告塔として、各製品の特徴を説明するために、アテムは広報部からみっちりと教育を受ける。
記憶力は完璧。
理論も理解している。
ただし、出力が独特すぎた。

「このスマートウォッチは、時間を超越する感覚を与えてくれる。」
「違う。“正確な時を刻む”と言え。」

「このイヤホンは、魂の声を聞くためのものだ。」
「違う。“高音質で自然な音を再現”だ。」

「この空気清浄機は、神官の祈りと同じだ。」
「…もうそれでいい。説明出来ているような、出来ていないような…。」

逐一瀬人が居ないと通訳が追いつかない。
だが、問題はひとつあった。

それでも、商品は売れる。

アテムの言葉が分かる人間は少ない。
だが、“分からないけど欲しくなる”人間は山ほどいた。
その結果。
海馬コーポレーション製品の売上は、瀬人が広告している分野も、アテムが広告している分野も、どちらも異常な右肩上がりを記録する。

SNSの声はこうだ。
「社長のCM=2個買う」
「王のCM=色ち買い」
「夫婦CM=実用・保存用・予備を買う」

瀬人は、報告書を見ながら静かに言った。
「…結局、どちらがやっても売れる。」
アテムは笑った。
「瀬人、売上が上がるのはいいことだろ?俺の説明も効いたな。」
「“魂の声を聞くイヤホン”で売れる世界か、末期だな。」
「つまり、理論は愛を超えたんだな。」
「逆だ。愛が理論を歪めている。」
2人の会話に、広報部はもう何も言わなかった。
結論だけは明確だ。
この2人が居る限り、海馬コーポレーションは無敵である。





コンサート。
その言葉が、アテムの耳に届いたのはある日のことだった。
「アテム様、いつコンサートされるんですか?」
「え、あの王のオーラで舞台に立ったら絶対すごい!」
「冥界と現世を繋ぐ音楽イベントとか最高じゃない?」
人々の熱が高まるほど、アテムは首を傾げた。
「コンサートとは何だ?」
隣にいた瀬人が、深く息を吐く。
「…歌や演奏を、観客の前で披露する場だ。」
「民の前に姿を見せるのと、何が違うんだ?」
「違うのは音響設備と照明と演出と金のかかり方だ。」
「なるほど、金がかかるのか。」
「そういう理解の仕方をするな。」

一方、瀬人はそれどころではなかった。
量子婚効果。
愛と理論が市場を揺るがし、海馬コーポレーションの製造ラインは限界に近い。
注文は天井知らず、倉庫はフル稼働。
「…このままでは現世だけでは回らん。」
瀬人は、端末を操作しながら静かに決断した。
「海馬コーポレーション冥界支部、本格稼働。」
神官たちは既に教育済み。
礼儀も、理論も、技術も、瀬人式に叩き込まれている。
(ただし“王の話を最優先する”という忠誠心は、未だ健在だった。)



冥界支部の開所式。
現場は整然としており、報告書通りに完璧だった。
瀬人は端末越しに映像を確認し、僅かに頷く。
「問題はない…筈だ。」
そして“その時”が訪れる。
アテムが言った。
「瀬人、俺が行く。代理として。」
瀬人は眉をひとつ上げる。
「…お前を行かせたら問題が起こると分かっていても、行かせるべきか。」
「信頼されたと受け取っておく。」
「学習効果の観察だ。」
「つまり、実験台だな。」
「そうだ。」

アテムが冥界に到着すると、支部の神官たちは整列して待っていた。
「王、冥界支部は稼働率128%でございます!」
「物流も滞りなく!」
「愛と理論スイーツは既に品切れで!」
完璧。
あまりに完璧だった。
瀬人が教育したのだから当然完璧である。
アテムは顎に手を当てて考えた。
「…おかしい、することがない。」
暫くの沈黙の後、アテムは言った。
「では、KCカフェ冥界支店を作ろう。」
神官たちは一斉にざわめいた。
「さすが王だ!」
「王が動けば冥界も動く!」
「再び光が冥界を照らす!」(※今回は比喩ではなく、実際に光るスイーツの話である。)

そして、王の思いつきは即座に現実になる。
神官たちはカフェのための資材を調達し、「光を湛えた飲み物」の試作を始めた。
照明班は異様なテンションで「神々しきライティング」を研究。
アテムは満足げに視察して回る。
「良いな。ここは“落ち着く”というより、“浮遊感”がある。」
「素晴らしいお言葉を賜りました!」
「浮遊感とは?」
「理論で言えば、魂が軽くなる現象だ。」
「理解不能ですが尊いです!」
「それでいい。」



現世・海馬邸
瀬人の端末には、“冥界支店進行報告”のログが届く。

『王が直々に監修』
『支部に光るカフェ誕生』
『スイーツ開発、王主導』

瀬人は頭を押さえた。
「…やはり、問題は起こった。」
それは予想通りだった。というか、予想より早かった。
端末の通知音が続く。

『王が現地住民にレシピ講義』
冥界SNS (ネフェル・リンク)で“神王カフェ”トレンド入り』
『冥界支部、客入り過剰で混乱』

「…アテム、お前は本当に楽しそうだな。」
溜息混じりに笑いながら、瀬人は指を滑らせる。

『冥界支店:一時的に社長権限で承認』

そして呟いた。
「どうせ止めてもやるのだろう。ならば、いっそ完璧にやらせてみるか。」
その口元には、ほんの少しだけ満足げな笑みが浮かんでいた。





冥界支店の噂が現世に届くまで、時間はかからなかった。
SNSには「冥界行きたい」「アテム様のカフェに行きたい」の声が溢れ、
中には「死後の観光ツアーって可能ですか?」という問い合わせまで来る始末。
だが現実問題として、冥界に行ける人間などいない。たとえ行けたとしても、帰って来られる保証はない。
海馬コーポレーションの冥界担当部署は、連日問い合わせ対応に追われていた。

「…アテム様のカフェの場所はどこですか?」
「…現世からの交通手段は?」
「…魂だけでも見学できますか?」

担当者たちは次第に心を削られていく。
瀬人がその報告を受け取ったのは、そんな頃だった。
「つまり、アテムのせいでまた忙しいわけだ。」
デスクに肘をつき、瀬人は静かに目を閉じた。
冥界の支部は順調。
冥界カフェは爆発的人気。
そして現世では“古代エジプト特集”が各国のメディアを席巻していた。

王の名を出せば視聴率が取れる。
王の言葉を引用すればバズる。
王の笑顔を載せれば売れる。

「商業利用の概念を知らぬ王が、一番の経済効果を生んでいるとはな。」
軽く溜息を吐いた後、瀬人は端末を操作しながら言った。
「冥界博物館を建てる。」
部下たちは目を見開いた。
「は、博物館…ですか?」
「そうだ。冥界に行けないのなら、学べばいい。」
「場所はどちらに?」
「世界中だ。」
「…世界、ですか?」
「面倒だ、この際まとめてやる。」
その“面倒だ”には、恐ろしい説得力があった。
何しろ海馬瀬人の“面倒”は“やる価値がある”の裏返しだ。



数週間後。
世界各地に、黒と青を基調とした近未来的な建物が出現した。
【KaibaCorp Underworld Museum】冥界博物館である。
ソリッドビジョンによるアテムと瀬人の立体映像が、来館者を迎える。
館内では、冥界の文化・技術・神官たちの働きを再現。
冥界支店のカフェメニューも限定提供され、
来場者は「魂の泡立つカプチーノ」を手に笑顔を浮かべた。
さらに、非公式で氾濫していた「アテムグッズ」「社長グッズ」も、公式ラインで堂々と販売開始した。

・海馬社長フィギュア(“冷静Ver.”、“説教Ver.”、“微笑Ver.”)
・アテム王立ティーカップセット(神官監修)
・冥界支店カフェ香水(実際に光る)

完売。即日。全世界。



博物館開館初日。
各国のニュースが一斉に取り上げた。
「冥界を知らずして現世を語るな」
「アテム王と海馬社長、再び世界を動かす」

そして、王と社長のソリッドビジョンが並び立つ光景に、多くの人々が涙した。

「…本物を見た気がした」
「生きててよかった」
「次は本当に冥界に行きたい」

夜。
瀬人は自室で静かにデータを眺めていた。
開館初日で入場者数1千万を突破。
売上も想定の20倍。
完璧。
誰も文句のつけようがない成果。
だが、瀬人の表情は穏やかだった。
「これで少しの間は静かになるだろう…アテムが、何かしない限りはな。」



冥界支部が安定して稼働し始めて数週間。
瀬人が久々に静かな時間を得たのも束の間だった。
端末が一瞬だけ光る。
『冥界支部より報告。王が、冥界フェス開催を検討中。』
「…5分だったな。」
瀬人は無言で頭を押さえた。
そして小さく、笑った。
『…冥界支部より緊急連絡。王が“フェス”を開催予定、とのことです。』
「2分で開催予定?」
瀬人は静かに眉を顰めた。
「音楽イベント…だと?」
『はい。詳細は、“皆に愛を伝えるため”とのことです。』
沈黙。
海馬コーポレーションの会議室には、異様な緊張が走った。
「…放っておくと本当にやるな。」
『どうされますか?』
「検討する。」
瀬人はすぐに冥界へ向かった。
会場予定地とされる神殿跡では、既に神官たちが音響設備を設置している。
“冥界初の音楽フェス”は、既成事実化の一歩手前だった。
「アテム。歌えるのか?」
「歌うのは心だ。」
「踊れるのか?」
「踊りなら任せてくれ、音楽が聞こえる、体は踊りだす。」
つまり未経験、ということだ。
瀬人は深く息を吐き、スタッフを集めて試験的なステージを組んだ。
そして、アテムを立たせた。

結果。
歌えば冥界の空気が震え、
踊れば神官たちが光に包まれて涙した。
この世のものとも冥界のものとも思えぬ可愛さ。
だが、同時に瀬人は悟った。
「…ステージに立たせるまで鍛え上げるのは無理だ。」
何故なら、アテムは観客が居ると100%「個別対応モード」に入ってしまう。
一人ひとりの視線に愛を返そうとするため、全体の演出が成立しない。



冥界支店のカフェでハーブティを飲んでいたアテムが、ふと呟いた。
「フェスは諦めるとして、握手会というのがいいらしい。」
その単語を聞いた神官の1人が、静かに筆を取った。そして、遺書を書き始めた。
「王、無礼を承知で申し上げます。…王に触れるなど、言語道断でございます…!」
「愛を分かち合うんだぜ?」
「はっ…!しかし、触れるとは…!」
「触れる許可をするのは俺だ。」
「いえ、あの、せめて…触れた者の命の保証を…。」
結果。
“握手会”は却下された。
だが、アテムは諦めなかった。
「では、“愛を語る会”にしよう。」



神殿の一室に、抽選で選ばれた数百名の冥界民が集まった。落選した者たちは、会場の外で音漏れ待機。結局冥界全土規模のイベントになった。
アテムは壇上に立ち、語った。
「愛とは、観測と同じだ。見ることで形になる。だが、見る者の心が揺れれば、愛も揺らぐ。愛と量子は似ているんだ。」
最初は哲学的な講義だった。
質問も理論的で、神官たちも真面目に記録していた。
が。

「王、瀬人様との日常はどのような…?」
「王、初めて“好き”と仰ったのはいつですか?」
「王、社長の寝起きはどんな感じですか?」

流れが変わった。
アテムは一瞬だけ考え、いつものように率直に答えた。

「朝は機嫌が悪い。だが、俺を見れば穏やかになる。」
「好きだと気づいたのは、冥界で再会してからだ。」
「瀬人は怒る時ほど優しい。」

冥界が震えた。
翌日には、冥界通信のトップに大々的に掲載された。

【王、愛を語る】
【瀬人社長、朝は機嫌が悪いが王にだけ微笑む】

そして、そのまま現世へ流出。
ピンクの表紙の雑誌。◯クシィの編集部の目に止まった。



「王が、海馬社長との馴れ初めを語ったらしいわ!」
「今度は現世で特集を組みたい!」

特集タイトル:
『量子婚ふたたび ~冥界が震えた愛の方程式~』

記事は瞬く間に世界を駆け巡った。
街の書店では、発売初日に完売。
ネットでは“王の語録”が名言集として拡散。
そして、瀬人のもとに新しい通知が届く。
『【冥界支部より報告】王、次回“光と愛のデュエットライブ”構想を発表』
瀬人は、静かに端末を閉じた。
「…もう止めても無駄だな。」
だがその口元は、どこか嬉しそうに緩んでいた。
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